オンボロ道場④
「おーい、帰ったぞ。」
買い物袋を提げたゴンゾが戻ってくる。
「今日は入門祝いだ。一緒に夕飯を食べていけ。」
(あまり夜遅くなるのは良くないのだが……)
少し迷うが、今日は初日だ。
多少は付き合いも必要だろう。
「分かりました。
門限があるので、あまり遅くまではいられませんが、
ご馳走になります。」
「そうか!遠慮はいらんぞ!元はお前の金だしな!ガハハ!」
夕飯は、鶏肉がたっぷり入った大きな鍋だった。
ぐつぐつと湯気を立てる鍋から、カズトが肉を掬い上げたその瞬間。
「おいこら!それは俺の肉だぞ!」
「甘い!」
ルリが素早く箸を伸ばし、カズトの掬った肉をお玉の上からかっさらう。
「カズトは弟弟子なんだから、お肉は姉弟子に献上するものだ!」
はむっ、と勢いよく頬張る。
「こいつ……」
カズトの眉がぴくりと動く。
(ちょっと痺れさせて動けなくしてやろうか……)
「ルリは大喰らいでな。」
隣で、ゴンゾがため息をつく。
「食費が嵩んで、家計は常に火の車なんじゃよ……」
ゴンゾは半ば泣きながら鍋を突いていた。
(まぁでも……)
カズトはふと周りを見渡す。
賑やかな食卓。
笑い声。
鍋を囲む温かい空気。
(こんな食事、いつ以来だろうな……)
ふと、元の世界の家族を思い出す。
(あいつは元気にしてるのかな)
ルリを見ながら、妹の姿が重なった。
その視線に気づいたのか、ルリが顔を上げる。
「なんだ?肉ならあげないぞ?」
そう言いながら、さらにバクバクと肉を食べていく。
「こいつは……」
カズトは額を押さえた。
(やっぱり痺れさせてやろうか……)
その生意気さは、かつての妹を彷彿とさせる。
妙に感情が揺さぶられてしまう。
その時、玄関から声がした。
「ごめんくださーい!」
カズトの手が止まる。
(この声は……)
「はーい!」
ルリが元気よく立ち上がり、玄関へと走っていく。
カズトも慌てて後を追った。
入り口でルリを捕まえると、そこに立っていた人物が呆れたように言った。
「何してんのよ、あんた。」
腕を組んで、じろりと睨む。
「今度は児童誘拐犯にでもなるつもり?」
「とんでもない誤解だ。」
カズトは即座に否定した。
「こいつは、道場の姉弟子だよ。」
「この子が?」
訝しげにルリを見る。
「ふふん!姉弟子だぞ!」
「それで、どうしたんだよ?」
「あなたの帰りが遅いから、セレナ様に迎えに行くように言われたのよ。場所は聞いてたからね。」
「あー……」
カズトは頭をかく。
「思ったより遅くなっちゃってたか。手間をかけさせて悪かったな。」
そこへゴンゾがやってきた。
「お迎えの方か。彼を引き止めてしまったのは儂なのだ。申し訳ない。」
「あ、いえ。責めてるわけではないので、お気になさらず。」
軽く頭を下げる。
「それで、結局ここに入門することにしたのね?」
「ああ。」
カズトは頷く。
「ゴンゾさんは良い師匠になってくれたよ。おかげで基礎の方もなんとかなりそうだ。」
「それなら良かったわ。
とりあえず、今日はもう帰るわよ。」
「そうだな。」
カズトはゴンゾに向き直る。
「今日はこれで失礼します。楽しかったです。誘ってくれてありがとうございました。」
「そうか。気をつけて帰るのだぞ。」
ゴンゾは満足そうに頷いた。
「えー!カズトもう帰るのか!?泊まっていけばいいのに!」
ごつん。
次の瞬間、ゴンゾの拳骨がルリの頭に落ちた。
「あでっ!」
「無理を言うな。カズトが困っておるだろう。」
「また明日来るよ。
夜更かしせずに寝るんだぞ?」
「わかった!待ってるからな!」
姉弟子と弟弟子のはずなのに、やり取りはまるで兄と妹のようだった。
「それじゃあ、お邪魔しました。」
道場を出た二人は、城へと向かう。
しばらく歩いたところで、セレナが口を開いた。
「たった一日で、随分懐かれてたじゃない。」
「たった一日で、色々あったんだよ。本当に。」
今日の騒がしい出来事が脳裏に浮かぶ。
「そういえば、あなたには少しガサツな妹がいたんだったかしら?なんだか、前に聞いた子と似ているわね。」
零は思い出すように言った。
「いや、さすがにあそこまで破天荒ではないけどな。
でも、妹を思い出したのは確かだな。」
「セレナ様が聞いたら嫉妬しそうね。」
「おまっ!」
カズトは慌てて振り向いた。
「絶対言うなよ!?」
「無理ね。
報告義務があるもの。自分で弁明しなさい。」
無慈悲である。




