表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

73/125

戦技祭③


放課後、生徒会室。


 シオン会長から特別執行委員としての活動内容が伝えられた。


 戦技祭は予選から本戦までおよそ一週間に渡って行われる。


 そのため、出場のない時間帯は治安維持のために執行部も配置されることになる。


「つまり、戦うだけが仕事ではないということですね」


「ところでシオン会長、高等部の特待生で強い人っていますか?」


 カズトの問いに、シオンは少しだけ考える素振りを見せた。


「うーん、特待生もそれなりに人数がいますからね。

一応強いかも、という意味でしたら何名か名前は思い付きます。」


 零が軽く眉を上げる。


「へぇ、やっぱり把握してるんですね」


「同じ高等部ですし、戦技祭が近い時期はどうしても噂は入ってきますから」


 特別な情報ではなく、あくまで学生としての認識という温度。


「ただし、公式な戦力評価を見ているわけではありません。

あくまで授業や模擬戦で実力があると判断される人、という程度の話になります」


カズトが頷く。


「それで十分です。どんな人がいますか?」


 シオンは少し視線を上に向ける。


「今年は実技評価の高い特待生が数名いますね。

全員を把握しているわけではないですが、近接戦闘が得意な方、魔術制御が非常に精密な方……」


 そこで一瞬だけ言葉を区切る。


「特に、基礎身体能力が高い方が一人います。

派手さはありませんが、安定感が群を抜いていると聞いています」


 カズトの脳裏に、昼の衝撃の感触がよぎる。


「高等部ってことは、これまでも戦技祭に出てたりしますよね?」


 カズトの確認に、シオンは頷いた。


「ええ。上級生であれば過去の戦績が話題になることもありますね」


「ただ――」


 一拍置く。


「特待生の場合は少し事情が違います。

特待生は実力が認められた段階で、相応の学年へ入学します。

ですから、今年が初出場という方も珍しくありません」


 カズトは小さく息を吐く。


「なるほど……」


 シオンは続ける。


「そういった意味では、今年入学の特待生で戦闘面の評価が高い方となると、ある程度絞り込めますね」


 零が少し身を乗り出す。


「そんなに分かるもの?」


 シオンは柔らかく微笑む。


「学内の噂は意外と正確ですから。

特に戦技祭の時期は、誰が強いかという話題が自然と出ます。普段は特待生を気にかけてない貴族でも、足元を掬われない為に正確な情報を集めますからね。」


 カズトの頭の中に、昼の出来事がもう一度浮かぶ。


 安定した足運び。

 ぶつかった瞬間の体幹。


「……そうですか」


 その短い返事に、零が横目で見る。


「なんか引っかかってる?」


「いや、ちょっと気になっただけ」


 シオンはそれ以上踏み込まない。

 ただ静かに言った。


「もし気になる方がいるなら、すぐに分かりますよ。戦技祭は、実力が一番分かりやすく現れる場ですから」


「シオン会長も出場されるんですか?」


 カズトの問いに、シオンは少しだけ考える素振りを見せた。


「生徒会の仕事もありますから、正直かなり悩ましいですね。去年は出ていませんし」


「そうなんですね。会長ともぜひ戦ってみたかったのですが」


 素直な言葉。


「ふむ……」


 一瞬の沈黙。

 シオンが何かを思いついたような顔になる。


「では――私が勝ったら、一日デートしてくれるなら出場しますよ?」


 その場の空気が止まった。


 それと同時に後ろで優雅に紅茶を飲んでいたセレナが盛大に吹き出す。


「ちょ、お姉ちゃん!? この間カズトに振られたのにまだそんなこと言ってるの!?」


「お茶を吹き出すなんて、はしたないわよセレナちゃん。」


 シオンはまったく動じない。


「それに振られはしましたけど、諦めたとは言っていませんよ?」


(他に誰もいないとはいえ、あんまり“公爵令嬢を振った”とか口にしてほしくないのだが……)

 カズトは内心で小さく頭を抱える。


 シオンは続ける。


「まぁ、試合とはいえ私がカズトさんに勝つのは、たぶん無理ですけどね」


 さらりと言うが、声色はどこか楽しげだ。


「でも、カズトさんの“戦ってみたい”という希望に応えて出場するのだから、お礼くらいあってもいいんじゃないかしら?」


(いつの間にか条件が“勝ったら”から“出場したら”に変わってる……)


 零は口を挟まない。


 ただ――

 静かにカズトを見ていた。


 感情を露わにするわけではない。

 けれど温度の下がった視線が、はっきりとそこにある。


 カズトからの好意を疑っているわけじゃない。

 でも、ほんの少しだけ、面白くない。

 そんな年頃相応の乙女心が隠し切れないでいた。


「じゃあ万が一、私が勝ったら――デートの後に私の家にお泊まりに来てもらいましょう」


 さらりと、とんでもない条件が追加された。


「なんでそうなるの! デートより条件増えてるし!」

 セレナが即座に机を叩く勢いでツッコむ。


「だってデートだけでは物足りないじゃないですか」


「そういう問題じゃない!」


 ギャーギャーと騒ぐセレナを、シオンはどこ吹く風で受け流す。


「ではお泊まりは無しにしましょう」


「そういうことじゃないの!」


「代わりに一緒にお風呂を」


「ダメに決まってるでしょ!私だって一緒に入った事ないのに!」


 完全にシオンのペースだ。


 会話の主導権を握られたまま、セレナはあれこれ条件を削らされていく。


 カズトは横でそのやり取りを眺めながら思う。


(交渉っていうか、ほぼ詰め将棋だな……)


数分後。


「……じゃあ出場したら、二人で食事に行く。そこまで」


 セレナが半ば疲れたように結論を出した。


「ええ、それで十分です」


 満足そうに微笑むシオン。

 完全に落としどころを作らされた形だった。


(いや、俺の意見は?)


 一瞬だけ口を開きかけて――やめる。


(まぁ、奴隷なんで無いですよね。はい)

 内心でだけ小さく頷く。


 その様子を、零が横目で見ていた。


 呆れ半分、そしてほんの少しだけ――

 面白くなさそうに。


「楽しみだわ〜」


 背後から聞こえる上機嫌な声を残して、生徒会室を後にする三人。


 廊下に出た瞬間、セレナが小さく息を吐いた。


「ごめんなさいね、零。結局言いくるめられてしまいました。お姉ちゃん相手だとどうしてもペースが狂ってしまうんです……」


 肩を落とすセレナ。


 零は軽く首を振る。


「仕方ないですよ。私も口ではあの人に叶う気がしませんから」


 淡々とした口調。

 けれど責める色はない。


「それに食事くらいなら、カズトがしっかりすればいいだけです」


 さらっと矛先が向く。


「え、俺?」


 零は足を止めずに続ける。


「あんたが変に期待を持たせるような態度を取らなければ、それで済む話でしょ」


 言葉は冷静だが、なんだか棘を感じる。


 カズトは苦笑するしかない。


「……気をつけます」


「ええ」


 短く返す零。


 その横で、セレナがくすりと笑った。


「でも、零がそう言ってくれるなら少し安心しました」


「安心するところですか?」


「だって零、怒ってませんから」


 一瞬だけ、零が言葉に詰まる。


「……怒る理由がありません」


 そう言いながら前を向くが、耳の先がほんのわずかに赤い。


 カズトはそれを見て、何も言わずに歩幅を合わせるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ