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戦技祭②

 教室に足を踏み入れた瞬間、いつもと同じはずの空間に、質の違うざわめきが満ちているのを感じた。


 それは単なる雑談ではなく、互いの出方を探り合うような、細かな視線の交錯だ。


 誰がエントリーし、誰が真に脅威となるのか。


 そんな話題が、あちこちで密やかに、けれど熱を帯びて交わされている。


 三人が自分の席に着くと、周囲の生徒たちの視線が一瞬だけ集中し、弾かれたように逸らされた。


 あからさまな拒絶ではないが、今の自分たちが「戦うべき対象」として強く意識されているのは明白だった。


「……分かりやすいわね、みんな」


 零が周囲の空気をなぞるように独り言をこぼす。


「まぁ、これだけ目立つ立場なら仕方ないだろ」


 カズトは特に気負うこともなく、自分の机へと視線を落とした。


 隣のセレナは周囲の喧騒など耳に入っていないかのように、手際よく教材を整えていく。


「気にする必要はありません。余計な雑音は、結果で黙らせればいいだけのことです」


 淡々とした、しかし芯の通った声音。


 その一言が、まるで冷水を打ったかのように教室の空気をわずかに引き締めた。


 ホームルームでは、担任から戦技祭の詳細が改めて告げられた。


 例年通りのトーナメント方式であること。


 そして、この大会が単なる学内行事ではなく、騎士団や宮廷魔術師団が未来の戦力を品定めする「選考会」の側面を持っていること。


 将来の道がこの一戦に懸かっている。


 教室内には、誰もがその重みを噛み締めるような、重苦しくも熱い沈黙が広がった。


「参加は任意だが、出る以上は相応の覚悟を持って立て。審判はつくが、毎年怪我人は出るし、過去には死亡事故も起きているからな」


 淡々と告げられるリスクに、生徒たちの表情が一段と険しさを増す。


「出場の申請用紙を配る。希望者は後で私か生徒会へ提出するように」


(俺たちは、放課後にシオン会長へ直接渡せばいいか)


 カズトは手元に回ってきた用紙を眺め、放課後の予定を頭の隅で組み立てた。


 昼休みの鐘が鳴ると、張り詰めていた空気は一気に弛緩した。


 とはいえ、話題の中心が戦技祭であることに変わりはない。


 あちこちでトーナメントの予想や有力候補の名が飛び交う中、三人はいつも通り食堂へと足を向けた。

 食堂内はすでに混雑しており、金属の食器が触れ合う高い音と、大勢の話し声が重なって熱気を作り出している。


「今日は一段と賑やかだな」


「みんな戦技祭のことで頭がいっぱいなのよ。お祭り騒ぎが好きなのは、どの世界でも変わらないわね」


 零が周囲の熱気を受け流すように応じる。


 料理を受け取った三人が、空席を探して歩き出した、その時だった。


 通路の角を曲がった瞬間、前方から来た人影と鉢合わせる。


「っ――」


 軽い衝撃が伝わり、カズトのトレイの上でスープの表面が大きく波打った。


 ぶつかった相手も同じように一歩、足元を揺らしている。


「「すみません!」」

 重なった声。


 顔を上げると、長いポニーテールを揺らした女子生徒が、すぐさま一歩下がって深く頭を下げていた。


「前をよく見ておりませんでした。申し訳ありません」


 落ち着いた、淀みのない敬語。

 不測の事態にも必要以上に慌てない、整った所作。


「いえ、俺の方こそ急に曲がって悪かったです。大丈夫ですよ」


 カズトが気にしていないことを伝えると、彼女はこちらの顔を改めて確認し、何かに気づいたように表情を引き締めた。


「あ、セレナ様の……」


 周囲の視線が集まるのを感じ取ったのか、彼女の態度はより厳かなものへと変わる。


「申し訳ございません。私のような平民の身で、王女殿下の護衛の方に接触してしまうとは」


 彼女はセレナの方へ向き直り、再び礼を尽くした。


 奴隷の立場とはいえ、王女の傍に仕える者に粗相をしたとなれば、この学園の特待生にとっては看過できない事態なのだろう。


「特待生の方でしたか。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。お互いに怪我がなくて何よりです」


 セレナが柔らかな微笑みを向けると、周囲から「王女殿下の護衛」「生徒会執行部の」といった囁きが漏れ聞こえてくる。


 彼女は背筋を真っ直ぐに伸ばし、過度に媚びることもなく、礼儀としての一礼を三人に捧げた。


「改めて、失礼いたしました」


「混んでるから仕方ないわ。気にしないで」


 零が短く言葉を添えると、彼女の表情にわずかな安堵が混じった。


 それ以上踏み込むことなく、彼女は流れるような動作で道を譲り、横へと下がる。


「では、失礼いたします」


 すれ違う瞬間、カズトは無意識に彼女の背中を追いそうになったが、思い直してそのまま歩き続けた。


 席に着き、ようやく一息ついたところで零がぽつりと口を開く。


「……感じのいい子だったわね」


「そうだな。特待生の人たちは、高圧的な一部の貴族と違って、みんなしっかりしてるイメージがあるよ」


「高等部の生徒ですからね。


 この学園特有の立ち回りに、それだけ習熟しているのでしょう」


 特待生は基本的に庶民の出身だ。


 権力者たちが集まるこの場所では、些細な不手際が致命傷になりかねない。


 先ほどの彼女も、内心では相当な緊張を感じていたはずだ。


 視線を向けると、少し離れた席で彼女が静かに食事を始めているのが見えた。


 ただ、カズトの意識には、ぶつかった瞬間の不思議な感触が残っていた。


 驚くほどにブレのない、強固な体幹の感覚だ。


「高等部の特待生って、やっぱり相当強いのかな」


「? どの分野の特待生かにもよりますが、能力を認められて入学している以上、基本的には優秀ですよ。ただ、彼女たちは目立つことを避ける傾向にあるので、表立って話題になることは少ないですが」


「急にどうしたの?」


 零の問いに、カズトは自分の手のひらを軽く握り、先ほどの感覚を確かめるように答えた。


「いや……さっきぶつかった時、随分と体がしっかりしていた気がしてさ。ひょっとしたら、かなりの実力者なんじゃないかなって」


 大会の開催が発表された直後ということもあってか、普段なら見過ごしてしまいそうな細かな違和感にまで、意識が鋭敏に反応していた。

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