索敵②
翌日、学園の正門をくぐると、いつもと変わらない制服姿の生徒たちの笑い声が響いていた。
しかしシオンの話を聞いた後のカズトたちには、その平和な光景さえ、薄氷の上に成り立つ危うい日常のように感じられる。
「なんだか、皆の顔がいつもと違って見える気がしますね」
「確かに。でも、俺たちがここで怯えていたら奴らの思うツボです。零、まずは何をすればいい?」
「第一に、口にするものを徹底的に選別すること。しばらく食堂は避けて、保存食中心になるわね」
「思ったんだけどさ、シオン会長に毒を盛ったのって誰なんだろうな。公爵家の人間がそんな簡単に油断するとは思えないんだけど」
カズトの言葉に、零はふっと足を止めた。
「いいところに気づいたわね。シオン会長は公爵令嬢としての教育も受けている。毒への警戒なんて、本来なら身体に染みついているはずよ」
「ええ。お姉様、学園ではいつも決まったお店の茶葉しか使わないし、淹れるのもそれなりに信頼している人か、限られた使用人だけだったはずなのに……」
セレナの声が震える。
それはつまり、外部ではなく、彼女たちが安全だと信じていた内側の誰かが関わっていることを示していた。
「シオン会長がお茶がきっかけだったと断言しているなら、犯人は彼女が一口も疑わずに飲める相手。あるいは、生徒の中にいる友人の顔をした誰かよ」
零はカズトを真っ直ぐ見つめた。
カズトの脳裏に、シオンを慕って集まっていた生徒たちの顔が次々と浮かぶ。
その中の誰かが、笑顔で毒入りのカップを差し出したのかもしれない。
「許せないな。犯人を見つければ、9位に繋がる手がかりになるはずだ。8位が使用人を操っていた可能性はないのか? シオン会長を操っていたみたいに、お茶を淹れた相手も操って毒を盛らせたとか」
「可能性としてはゼロじゃないけど、たぶん違うわ。
憑依の魔法はそんな気軽に使えるものじゃない。
複数に同時憑依もできないし、乗り換えるのもリソースの無駄。つまり、その人物は自分の意志か、弱みにつけ込まれたか、薬物によるマインドコントロールで動いていた可能性が高いわね」
自らの意志、あるいは巧妙な罠によって裏切った者が学園にいる。
その事実が、三人の胸に重い緊張を落とした。
三人は生徒会室へ向かい、徹底的に調べ上げた。
机の上から茶器、ゴミ箱の隅に至るまで確認したが、不自然なほど何も残っていない。
「チッ……完璧に掃除されてるわね。薬物の痕跡どころか、魔力の残滓すらない。ムカデが簡単に痕跡を残すはずもないか。」
「8位が死んだ時点で、9位が証拠を消した、そんなところでしょうか。徹底してますね」
手掛かりを断たれ、重苦しい沈黙が落ちる。
誰を信じていいか分からない状況での調査は、敵に動きを悟られる危険もあった。
「もう一度、シオン会長に直接聞いてみたほうがいいかもしれません」
カズトの提案で、一行は再び王立病院を訪れる。
シオンは必死に記憶の断片を繋ごうとするが、決定的な「名前」には辿り着けない。
「……ごめんなさい。あの日、意識が霞んでいく直前の光景は、霧がかかったみたいに白くぼやけていて。どうしても顔が思い出せないの」
「無理しないで、お姉ちゃん。些細なことでもいいから、何か覚えてることはない?」
「……そうね。一つだけ確かなのは、お茶を差し出された時、わたし少しだけその人を見上げた記憶があるの」
「見上げた?」
「ええ。わたしより明らかに背が高かった。視界が肩のあたりだったもの。おそらく、180センチ近い大柄な男性だったと思うわ」
シオンの身長は170センチ。
その彼女がはっきり見上げたとなれば、犯人はかなりの高身長だ。
「なるほど。公爵令嬢の部屋に警戒されず入れる長身の男性。生徒会役員か、教師か、あるいは公爵家の人間……候補は絞れてきたわね」
「180センチ近い男性か。確か生徒会のメンバーにも該当する人がいたような。」
カズトの脳裏に、学園内の数人の顔が浮かぶ。
犯人が身近な存在である可能性が、いよいよ現実味を帯びてきた。
「まぁ、ある程度絞れたとしても簡単に尻尾は出さないはず。なら、罠を仕掛けましょう」
シオンはベッドの上でゆっくりと上体を起こし、二人を見据える。
「私が犯人の顔を思い出しそうだと噂を流すの。そうすれば、焦った犯人が口封じに来る可能性が高いわ」
「でもお姉ちゃん!それじゃまた危険な目に遭っちゃうよ!」
セレナが身を乗り出すが、シオンは穏やかに首を振った。
「今の私は公爵家の警備が付いた病院にいる。まぁ身内はもはや信用し切れないわけだけれど、側にはあなたたちがいてくれるのでしょう?」
その視線がカズトへ向けられる。
そこには、彼なら必ず守り抜いてくれるという揺るぎない信頼が宿っていた。
「囮にするのは気が引けますが、確かに一番確実に尻尾を掴める方法です。……分かりました。シオン会長の身は、俺が命に代えても守ります」
「悪くない作戦ね。ただし、噂の流し方には細心の注意が必要よ。露骨すぎると警戒されてしまうわ。
あくまで記憶が徐々に戻りつつあるという自然な流れを装わないと」
静かな病室に、戦いの気配だけがゆっくりと満ちていった。




