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索敵

 事件から一週間。


 シオン会長が一命を取り留め、ついに意識を取り戻したという知らせが届いた。


 セレナたちは弾かれるように王立病院へと駆けつける。


 病室の重い扉を開けると、そこには全身に包帯を巻き、痛々しくも穏やかな表情で窓の外を眺めるシオンの姿があった。


「お姉ちゃん!」


 セレナが駆け寄ると、シオンはゆっくりと視線を向け、弱々しく、けれどいつもと変わらない笑みを浮かべた。


「セレナちゃん!あはは、死に底なっちゃった。あんなにかっこつけたのに、なんかしまらないね」


 冗談めかして笑おうとするシオン。

 しかし、その声は掠れており、無理に笑うことで生じる痛みにわずかに眉を潜める。


「もう、バカなこと言わないで! 本当に、本当によかった。お姉ちゃんがいなくなったら、わたし、わたし……」


 セレナはシオンの手を握りしめ、再び涙を流した。


 シオンは自由の利かない手で、そっとセレナの指を握り返した。


「……ごめんね。でも、あなたたちの声がずっと聞こえていたわ。セレナちゃんが諦めずに名前を呼んでくれたことも、カズトさんや零さんが助けようとしてくれてたことも」


 シオンの視線が、後ろに控えていたカズトや零へと移る。


「シオン会長、無理はしないでください。身体の具合はどうですか?」


「ええ。回復魔法が効き辛いせいで身体中の節々がまだ悲鳴を上げているけれど、意識ははっきりしているわ。守ってくれてありがとう。……セレナちゃん。わたしがあいつに意識を乗っ取られていた間、断片的ではあるけれど、奴らの会話が記憶に残っているわ。きっと負けることは考えてなかったのでしょうね。次にあなたたちの前に現れるのは、おそらく『9位』。今回の8位とは、また性質の違う戦いになるはずよ」


 カズトは驚きに目を見開いた。

 意識を乗っ取られていた間の記憶が残っているなど、想像もしていなかったからだ。


「記憶があるんですか? あんなに酷いことをされて、意識まで奪われていたのに」


「ええ、断片的だけどね。前から時々、意識がふっと遠のいたり、記憶が曖昧になることがあったのだけれど。完全に乗っ取られてからは、逆に深層意識が共有されたみたい」


 シオンは遠い目をして、自分の中に残る異物の残滓を辿るように言葉を続けた。


「奴らはわたしを単なる使い捨ての器としか思っていなかったから、情報の遮断が甘かったのでしょうね。

カズトさん、気をつけて。ムカデは、わたしたちが思っている以上に、この学園の深くに入り込んでいるわ。

わたしが操られたのも、きっかけは学園内で出されたお茶だった。意識を朦朧とさせて、魔力抵抗を下げる薬が入れられていたみたい。

飲んでも全く違和感を感じなかったから、9位は薬物に精通しているはずよ」


「お茶? それじゃあ、給仕の人や、あるいは生徒の中に協力者がいるっていうこと!?」


 セレナの問いに、シオンは微かに頷いた。


「そうよ。残念ながら顔は覚えてないのだけれど、9位は、たぶん直接剣を振るうようなタイプじゃない。

今はまだ、誰が味方で誰が敵か分からないわ。

セレナちゃん、あなたたちだけが頼りよ」


 シオンはそう言って、再びゆっくりとベッドに身を沈めた。


(薬物の専門家か。9位が直接シオン会長に毒を盛ったのか? 学園に戻ったら、まずは身の回りのものを徹底的に洗う必要があるな)


 病室を後にし、静かな廊下を歩きながらカズトは隣のセレナに語りかけた。


「シオン会長が意識を取り戻してよかったですね、セレナ様。あなたの必死の呼びかけと回復魔法が、会長の命を繋ぎ止めたんですよ」


「……はい。お姉様の声が聞けて、目が合って、本当に……夢じゃないんだって思えました。カズトと零がずっと支えてくれたおかげです。わたし一人だったら、お姉様は助かりませんでした」


 彼女は自分の手のひらを見つめた。

 かつては守られるだけだったその手が、今は誰かの命を救う力になったことを噛み締めているようであった。


「でも、お姉様の話を聞いてもっと怖くなりました。

学園の中に、わたしたちが毎日過ごしている場所に、当たり前にムカデが紛れ込んでいた。わたし、お姉様を傷つけた奴らを、絶対に許しません」


 セレナの瞳に強い意志が宿る。


 カズトもまた、懐の鏡を上から押さえ、決意を新たにした。


「ええ、同感です。次は9位、そして逃げた10位。奴らがどんな手を仕掛けてこようと、今度はこちらから暴き出してやりましょう。」


3人は病院の出口へ向かう。カズトは歩きながら、ふとした疑問を零に投げかけた。


「零って元5位なわけだけどさ。単純に考えれば、6位から下……今度の9位とか、この前の8位よりは強いってことでいいのか?」


 後ろから付いてきていた零が、やれやれといった様子で肩をすくめた。


「……基本的にはそうね。幹部の数字は、組織への貢献度もあるけど、基本は純粋な脅威度で割り振られているわ。だから順位が上なほど、正面切ってやり合えばまず勝てないのは確かよ。でも、注意しなさい。幹部の恐ろしさは単なる力量の差だけじゃない。それぞれが特化した何かを持ってるわ。例えば、今回の8位なら憑依。9位なら薬物。わたしより戦闘力が低かったとしても、不意打ちで毒を盛られたらわたしでも死ぬ可能性がある。

5位っていう数字は、あくまでまともにやり合ったらの話に過ぎないのよ」


「それじゃあ、零がいても油断はできないっていうことですね」


「はい。それに、私は今、組織のバックアップも設備もない、ただの脱走者です。一方で奴らは組織の資産をフルに使える。特に9位みたいな裏方が本気で学園を毒し始めたら、正面突破が得意なカズトにとっては、ある意味8位より戦いにくい相手になるはずよ」


「前にも聞いたけどさ、俺って今何位くらいの強さなんだ?」


「あんた結構そう言うの気にするわよね?

あんまり順位とか意識すると変な先入観が出ちゃうから良くないのだけれど、、そうね……」


 その問いに、零は足を止め、少し品定めをするようにカズトをじろじろと眺めた。


「正直に言うわよ? 純粋な攻撃力だけなら、いまや私すらも超えていると思うわ。全力の一撃をまともにもらえば、幹部格だってタダじゃ済まない。でも、戦いは破壊力だけじゃないの。この前の8位みたいに人質を取るとか意識を乗っ取るみたいな絡め手、あるいは10位のような立ち回りの上手さや逃げ足の速さ。そういう経験値や狡猾さを含めた総合力で言えば……今のあんたは、10位に勝てるかどうか、ってところじゃないかしら」


「えっ、カズトならもっと上に行けると思いましたが……」


「セレナ様、甘いです。カズトはまだ優しすぎます。幹部は、勝つためなら手段を選ばない連中です。今のままだと搦め手を使う相手には、力が出る前に封じ込められる可能性が高いです。この間の8位も、最初からカズトを殺すつもりでメタを張られていたら、負けていたかもしれません。

でも、伸び代だけなら私より上、と言うか異常なレベルよ。あんたがその雷の力を完全に制御して、どんな卑怯な手にも動じない精神力を手に入れたら、その時は、私だってうかうかしてられないわね」


 零の言葉に、カズトの足がふと止まった。


「そういえば俺、初めて人を殺したのか……」


 呟いた言葉が、自分の耳に妙に生々しく響いた。


 今までは魔物や、あるいは訓練での対戦。


 けれど、あの時焼き尽くしたのは意識を持った人間であった。


 自分の手が、一つの命を完全に終わらせたという事実が、遅れて心に重くのしかかる。


「今更気が付いたのね」


 零は呆れたように、けれどどこか保護者のような複雑な眼差しをカズトに向けた。


「戦いの中にいた時は必死だったでしょうけど、それがムカデと戦うってことよ。あんたが殺さなければ、シオン会長も、セレナ様も、学園の全員があいつに食い潰されてた。あんたがは罪を背負ったんじゃなくて、命を救ったのよ」


 セレナが心配そうにカズトの袖をそっと引いた。


「カズト。お姉様を救うために、あなたがその手を汚してくれたこと、わたしは一生忘れません。辛い思いをさせて、ごめんなさい」


「……いえ。後悔はしていません。あいつはそれだけ醜悪な存在で、ここで殺さなきゃいけないってはっきり思ったので。ただ、そうか、っていう実感が今来ただけです。零が言ってくれた通り、俺にはまだ足りないものだらけだ。立ち止まってなんかいられないな」


 零は、カズトの横顔を盗み見ながら、胸の内で密かに独白した。


(ま、不可抗力で今回殺しを経験できたのは大きいわ。この先、一瞬の戸惑いが命に関わる世界なんだから。本人が自覚したなら、それでいい)


 零はカズトに同情の言葉をかけることはしなかった。

 甘やかすことが彼を死に追いやるのだと、彼女は誰よりも理解していたから。

カズトの成長の為だったりで、これまであまりまともに戦えてないけど零はクソ強いです。

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