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正体④

「お姉ちゃん!!!」


 背後から飛び出してきたのは、城で寝かせていたはずのセレナだった。


 彼女は目の前の光景に絶句する。


 大好きな姉の体が不自然な方向に折れ曲がり、血を流しながら、それでもカズトに襲いかかろうとしている凄惨な姿に。


「お姉ちゃん! なんで……何があったの!? その体……そんな、嘘でしょ!!」


「ハァ、ハァ……申し訳ありません」


 遅れて、息を切らしたマリアが駆け込んできた。


「こちらの目を掻い潜って、逃げ出してしまい……急いで追いかけたのですが、間に合いませんでした」


 セレナの瞳は、絶望と恐怖で大きく見開かれている。


 それを見たシオン(8位)は、顔面を歪ませて歓喜の声を上げた。


「あはははは! 来た、来たわ! セレナ! 最高のタイミングよ! ねえ見て、あなたの大好きなお姉ちゃんが、今どんなに気持ちいい思いをしているか!」


そう言いながらシオンの指が、ぐしゃりと曲がる。


「ぐぁぁっ、セレ……ナ……。来ちゃ……ダメ……逃げて……お願い……ッ!」


 実の姉の口から漏れる、地獄のような悲鳴。


 セレナはその場に崩れ落ち、震える手でシオンへ手を伸ばした。


「お姉ちゃん……どうして…ねえ、誰か助けて! カズト! お姉ちゃんを助けてよ!!」


「(まずい!このままじゃセレナ様の精神がもたない!)零!セレナ様を 」


 カズトが声を上げるよりも早く、セレナは我を忘れて走り出していた。


ただ、大好きなお姉ちゃんを助けたい――その一心だった。


「あはは、いいわよ。さぁおいで、私の可愛いセレナ!」


 8位は歪んだ笑みを浮かべ、あえて攻撃をしない。


 折れた腕をだらりと下げたまま、駆け寄ってきたセレナを優しく、蜘蛛が獲物を捕らえるように抱きしめる。


「しまった!」


「安心して、セレナ。今すぐ楽にしてあげるから。まずは、あなたのその綺麗な首を、お姉ちゃんの手でへし折って絶望させてあげるわ!!」


 シオンの指先に力を込め、セレナの首に手をかけようとしたその瞬間――セレナの体から、眩いばかりの黄金の光が溢れ出した。


「……お姉ちゃんを、返して!!」


 セレナが無意識に放った、純粋で強大な光属性の魔力。


「ぐぁっ……!? 眩しい……何よこの光は! くそっ!忌々しい王族の血がぁ!!」


 一時的に支配が緩み、8位の意識が奥底へ押し込められる。


 その隙を突いて、本来のシオンがボロボロになった自分の体でセレナを抱きしめ返した。


「……あ、あぁ……セレナ……。よかった。ごめんね、わたし、情けないお姉ちゃんで……」


「お姉ちゃん! ?よかった、元に戻ったんだね!今すぐ傷を治すから、だから!」


 しかし、シオンの瞳は冷静であった。


 自分の内側で再び闇の魔力が膨れ上がり、光を食い破ろうとしているのを誰よりも理解していたからだ。


「ダメよ、セレナ。こいつは私が死ぬまで止まらない。……カズトさん、零さん、聞こえますか」


 シオンは震える声で、必死にカズトたちを見つめた。


「今すぐ、私を……この身体ごと、跡形もなく焼き払ってください。中途半端では、この化け物はまた身体を動かします。……お願いです、セレナが再び傷つく前に」


「嫌! 何を言ってるの!? お姉ちゃんが死んじゃうじゃない! やだ、絶対にやだ!!」


 泣き叫び、シオンに縋り付くセレナ。


 しかし、シオンは折れていない方の血だらけの手で、優しくセレナの頬を撫でた。


「いいのよ、セレナ。……あなたが無事なら、私はそれで十分なの。カズトさん。セレナをお願いします。さあ、早く! 時間が……っ!!」


 シオンの胸の刺青が再び赤黒く光り始め、彼女の瞳が濁り始める。


 セレナの悲痛な叫びと共に、彼女が握りしめた拳から赤い血が滴り落ちた。


 その血がシオンの懐にある鏡の表面に触れた瞬間、祠全体が割れるような音を立てて震動した。


「だめぇぇぇっ!! お姉ちゃんを連れていかないでぇーーーっ!!」


 王族の純潔な血、そして大切な人を守りたいという切実な想い。


それが鏡に眠る古代の力を、完璧な形で起動させた。


「鏡が光り出した!? なんだ、この力!?」


 鏡の表面が波打ち、そこにはボロボロになったシオンではなく、彼女の肉体に食い込んでいた醜悪な化け物が鮮明に映し出された。


「なにっ!? なぜ鏡が動く!? 止まれ、止まりなさい! バカなっ、わたしの意識が……引きずり出されるっ!?」


 鏡の中から無数の光の鎖が伸び出し、シオンの影から8位の本体を無理やり引き剥がしていく。


実体を持たないはずの憑依霊が、鏡の「真実を具現化する」力によって、物理的な肉体を持ってこの場に引きずり出された。


 ドォォォォン!!!


 凄まじい衝撃波と共に、シオンの体から黒い霧が完全に抜け落ち、床には8位が実体化して転がった。


 支配を解かれたシオンの体は、糸の切れた人形のようにセレナの腕の中に倒れ込む。


「やったわ! 鏡がシオン会長と8位を切り離したんだわ! カズト、今よ!!」

「ああ、分かっている!!」


 カズトは立ち上がり、全身の魔力を右拳に集中させた。

今、目の前にいるのはただの叩き潰すべき醜い怪物である。


「よくもシオン会長を、セレナ様を苦しめてくれたな。ここで跡形もなく焼き払ってやる!!」


 カズトの周囲で、青白い稲妻が咆哮を上げる。


 カズトは激昂を力に変え、右手に凄まじい密度の雷を収束させた。


 それは鋭利に研ぎ澄まされた雷の刃と化していた。


「これで、終わりだッ!!」


 カズトが踏み込むと同時に、雷の刃が実体化した8位の胸を深々と貫いた。


 そのまま内部へ全魔力を流し込み、青白い稲妻が神殿を真っ白に染め上げるほどの爆発を起こす。


「ギ、ガァァァァァッ!! ……そんな……このわたしが、ガハッ……!」


 断末魔を上げる間もなく、醜悪な化け物の体は内側から焼き尽くされ、灰すら残さず虚空へと消滅した。

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