正体②
「カズト、雑魚とマリーのお守りはわたしが引き受けるわ。あんたはシオンを捕らえなさい!」
零の力強い言葉が、雷鳴のように響いた。
カズトは奥歯を噛み締め、真正面からシオンを睨み据える。
零はマリーを庇うように一歩前へ出ると、滑らかな動作で拳銃を抜いた。
その立ち回りには迷いがない。
「頼んだ、零! シオン会長、あんたの思い通りにはさせない!」
瞬間――
青白い雷光がカズトの全身を包み込み、足元の石床が弾け、火花が散る。
(邪魔が入る前に止める。あいつの動きを、潰す!)
「雷装――!」
爆ぜるように地面を蹴る。
雷魔法による神経加速と筋出力の強制上昇。
視界が引き延ばされ、世界が遅くなる。
次の瞬間には、シオンの懐。
雷を纏った右手が一直線に伸びる。
だが。
彼女の瞳は退屈そうに、ほんのわずかも揺れなかった。
――揺らいだ。
カズトの拳が触れる寸前、シオンの姿が蜃気楼のように歪む。
雷が空を切った。
「学園のポンコツ相手なら、それで通用したでしょうね。でも――安直すぎるわ」
耳元で囁く声。
いつの間にか、真横にいるシオン。
(消えた!? いや、違う――)
「炎魔法の応用よ。熱で空気を歪ませる。簡易的な蜃気楼。そこに肉体速度を重ねれば……貴方の目は簡単に騙される」
指が軽く鳴る。
次の瞬間、死角から黒い影が落ちた。
キメラの『ウー』。
関節の可動域を無視した軌道で、爪が振り下ろされる。
(しまっ――)
カズトの腕が引き裂かれる。
痛みに顔を歪めると、後ろから零の叫びが聞こえた?
「カズト、後ろ!!」
だが間に合わない。
バキッと言う嫌な音と強い衝撃に、内臓を潰すような重圧。
視界が白く弾け、身体が吹き飛ぶ。
「ガハッ!」
壁に叩きつけられ、肺から空気が強制的に吐き出される。
背骨が軋む。
(まずい、今の音...折れたか?)
呼吸が戻るまで数秒。
それが永遠のように長い。
顔を上げる。
そして――異様な光景を目にする。
「……なんだ、それ……?」
シオンの右足。
明らかに、あり得ない方向へ折れていた。
骨が皮膚を押し上げ、今にも突き破りそうな角度。
なのに。
彼女は平然と立っている。
「あら、ちょっと威力を上げすぎたかしら」
困ったように首を傾げる。
「出力調整って、苦手なのよね」
バキッ。
自分の足を、素手で掴み、無理やり元の位置へ押し戻す。
骨が擦れる音。
肉が軋む音。
血が床に滴る。
だが、悲鳴はない。
痛みに歪む気配もない。
零が息を呑む。
「……正気じゃない。自分の身体が壊れるほどの力で蹴ったっていうの!? 人間のやることじゃないわ!」
シオンは歩き出す。
折れた部分は高密度の魔力で強引に繋がれている。
歪みながら不自然に動く足。
「人間はね、本来の力の数パーセントしか使っていないらしいわ。脳が勝手に制限しているの。壊れないようにね」
彼女は自分の腕を撫でる。
「でも、私は違う。リミッターを無視できる」
一歩。
「筋肉が千切れようが」
二歩。
「骨が砕けようが」
三歩。
「最大出力を引き出し続けられる」
その瞳に宿るのは、誇りでも狂気でもない。
――空虚。
「これって、戦士の理想だと思わない?」
「……狂ってる。そんなこと続ければお前が先に死ぬぞ!」
しかしシオンは、楽しそうに笑った。
「あはははは!」
無邪気な笑い声。
「死ぬ? わたしが?」
首を傾げる。
「別に構わないわよ?」
さらりと。
「わたしの身体じゃないんだし」
時間が止まった。
「……なんだって?」
カズトの声が低く落ちる。
「言葉通りよ。これは器。仮初めの肉体。壊れたら替えればいい」
微笑みながら発せられるその言葉は、あまりにも軽い。
「だからリミッターなんて、意味がないの」
足元の血だまりが広がる。
それでも彼女は、痛みを知らない顔で笑っていた。
「さて――どこまで壊せるかしら? 貴方も、わたしも」
狂気は、静かに微笑んでいた。




