表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

58/125

正体

 カズトは周囲を警戒しながら、慎重にその手鏡を持ち上げた。

 零と並んで覗き込むが、鏡面は長い年月に曇り切っており、映るのは自分たちの輪郭が歪んだ、頼りない像だけだった。


「これが、一千万の懸賞金をかけて、セレナ様まで巻き込んで奪おうとしたものなのか?

どう見ても、ただの古い鏡にしか――」


「いいえ。これは“ただの鏡”じゃないわ」


 零の声は低く、慎重だった。


「説明はできないけど、変な感じがする。魔力の質が、これまで触れてきたどんな遺物とも違う」


 その“異質さ”に、零が背筋を粟立たせた――その瞬間だった。


 背後の闇から、この場にはあまりにも不釣り合いな、軽やかな声が転がり出る。


「あーあ。せっかく上手く誘導できたと思ったのに。

セレナはお留守番、かぁ」


 くすくすと笑うその声は、甘く、楽しげで――

 同時に、心臓を直接握り潰されるような冷たさを孕んでいた。


 カズトと零は、反射的に振り返り、マリーを背後に庇う。


 そこに立っていたのは、つい先ほどまで学園の校門で微笑みながら手を振っていたはずの人物。


「……シオン……会長?」


 そこにいたのは、公爵令嬢としての完璧な仮面を脱ぎ捨てたシオンだった。

 気品ある微笑は消え、退屈そうに首を傾げるその瞳には、底知れぬ暗い悦楽が宿っている。


 慈愛など、欠片もない。

 ただ、他者を弄ぶことを楽しむ捕食者の眼だった。


「せっかく“お姉ちゃん”が、遊び場まで用意してあげたのに。まあ、いいわ」


 シオンは軽く肩をすくめ、楽しげに言う。


「カズトさん、それから零さん。

その鏡――わたしがずっと探していたものなの。

素直に、渡してくれるかしら?」


 彼女が指先を小さく振る。


 すると、周囲の影が蠢き、『ムカデ』の面を付けた構成員たちが、音もなく這い出してきた。


「……っ!」


 カズトは歯を食いしばり、鏡を握る手に力を込める。


「やっぱり、あんたの仕業だったのか!

シオン会長! なんでだ!?

セレナ様は、あんたのことを本当の姉みたいに信じてたんだ!さっきだってあんたを庇って、過呼吸になるまで取り乱してたんだぞ!」


 だが、その叫びに、シオンの表情は微塵も揺れなかった。

 むしろ、心底可笑しそうに、唇の端を吊り上げる。


「あら、気づいていたの? 意外と鋭いのね」


 彼女は肩をすくめる。


「でも、そんなことどうでもいいの。

理由なんて説明したところで、あなたたちには理解できないでしょうし」


 シオンは、退屈そうに手をひらりと振った。


「まずは、それを渡してもらうわね」


――次の瞬間。


 カズトの視界を、影が切り裂いた。


「なんだ!?」


 手応えを感じる暇すらなかった。

 握っていたはずの鏡が、忽然と消えている。


 見上げると、シオンの肩に、奇妙な小型の猿のような生き物が飛び乗っていた。

 その小さな手には、先ほどまでカズトが持っていた古びた手鏡。


「……あれは!」


「ただのサルじゃないわ!合成獣キメラよ!」


 零が即座に判断する。


「カズト、気をつけなさい!

あの動き、完全に生き物の常識外よ!」


「ふふ。賢いわね、ウー」


 シオンは、肩に乗ったキメラの頭を、愛おしそうに撫でた。


「この子は“気配を断つ”ことに特化した子なの。

獣の割には、なかなか優秀でしょう?」


 そう言って、鏡を覗き込み、つまらなそうに溜息をつく。


「……うーん。やっぱり動かないわね。

やっぱり、セレナがいればよかったのに」


 その言葉に、カズトの胸に怒りと困惑が渦巻く。


「どういうことだ!?

なんで、そこでセレナ様の名前が出てくる!?

鏡が動かないのと、彼女に何の関係がある!」


「簡単な話よぉ」


 シオンは、鏡をくるりと回し、その禍々しい縁取りを指でなぞった。


「これは《黎明(れいめい)照鑑(しょうかん)》。

女神を現世に引きずり出すための装置なの」

 

 零が、息を呑む。


「女神を、、実体化?」


「そう。概念に近い存在の女神を、この鏡に映すことで、物質として顕現させるの」


 シオンは楽しそうに語る。


「でもねぇ、起動には条件があるの。

なぜか――強い王家の血を引く者の魔力が必要なのよ」


 彼女は、にたりと笑った。


「だから、わたしの可愛いセレナに来てほしかったんだけど」


 零の背筋に、冷たいものが走る。


「……そんな話、聞いてないわよ」


「あら、それはあなたが信用されてなかったからでしょうね」


 シオンは即答した。


「強さは認められていたけど、あなた、甘いもの。

どれだけ優秀でも、不安要素は処分対象よ」


 その視線が、カズトの背後――マリーへと向けられる。


「それで、マリーさん、だったかしら。

あなたの家系、辿れば王族の端くれなのよ。

血は薄いけど……《黎明の照鑑》を“一時的に”起動させる生贄には、ちょうどいいわ」


 その言葉と同時に、圧倒的な魔力の圧が空間を満たした。


「でも、血が遠すぎて失敗するかしら?まあ、試せばいいわよね」


 シオンは、今日の献立を考えるような口調で言う。


「一番魔力が通るのは、生き血。

全身の血を搾り取って、全部浴びせれば……動くかもしれない。もし動かなかったら? その時は、また別の方法を考えればいいわ」


 マリーの顔から、完全に血の気が引いた。


「ひっ……あ……ああ……」


 その場に崩れ落ちるマリー。


「ふざけるな!!」


 カズトの全身から、青白い電光が爆ぜ、遺跡の壁を照らし出す。

 怒りで視界が赤く染まりそうになるのを必死で抑え、一歩前へ踏み出した。


「本当に……本当に、あんたはシオン会長なのか!?

命をなんだと思ってる!

セレナ様を実験道具にしようとして、今度はマリーさんを殺すだと!?」


「カズト、落ち着きなさい!」


 零もまた、凄まじい殺気を放つ。


「こいつ、わざと煽ってる。

その余裕、いつまで続くかしらね。

キメラもムカデも、まとめて叩き潰してあげるわ」


「ふふ、怖い怖い」


シオンは肩をすくめ、指を鳴らした。


 その合図で、キメラの『ウー』が牙を剥き、

 同時に影の中から『ムカデ』の構成員たちが一斉に武器を構える。


「さあ――まずは、その女の子をこちらへ。

抵抗するなら、死体でもいいわよ」


神殿内の空気が張り詰め、一触即発の火花が、静かに散った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ