異変④
カズトの顔色が、みるみるうちに悪くなっていくのを見て、零が不審そうに眉をひそめた。
「どうしたのよ急に?何か気づいたの?」
カズトは答えず、マリーの手にあるペンダント、床に転がる上級生、そしてこの場に集まっている面々を、順に、確かめるように見渡した。
(もし、俺の推測が当たっていたら……。
いや、でも……)
このタイミング。このやり方。この状況設定。
偶然で済ませるには、あまりにも出来すぎている。
無意識のうちに、視線が壁や天井へと泳ぐ。
「カズト? 何か気になることがあれば、遠慮なくおっしゃってください。今はどんな些細な違和感も、無視するべきではありません」
セレナの真剣な瞳が、まっすぐに向けられる。
だがカズトは、その視線を受け止めながらも、すぐに口を開くことができなかった。
脳裏に浮かんだ一人の人物の顔。
それを言葉にすれば、取り返しのつかない一線を越えてしまう。
喉の奥が、ひどく乾いた。
「さっき、俺たちが執行部に加入したタイミングと、事件のタイミングが良すぎるって話をしましたよね。そして、内部に精通している人物が怪しい、とも」
一拍、置く。
「…………俺たちを執行部に誘って、加入させたのって。
――誰でしたっけ」
その瞬間、零が息を呑み、目を見開いた。
セレナの顔色も、はっきりと変わる。
「……シオン生徒会長。
あんたまさか!?」
「考えたくはない。でも、、」
カズトは、言葉を選びながら続ける。
「セレナ様の性格を熟知していて、俺たちの実力も把握していて、このタイミングで事件を起こせて、なおかつ学園内の情報を自由に操作できる立場にいる人間。……シオン会長なら、その全てが可能だ」
セレナは、信じられないというように、首を強く横に振った。
「そんな!ありえません!
シオンお姉様が、わたしを罠にかけるようなことをするはずが!」
彼女の声には、怒りよりも、必死な否定が滲んでいた。
「あの方は、わたしが最も信頼している方の一人です。それに、公爵家がムカデなどと繋がる理由がありません!」
「……そうですよね。俺だって、そんなこと思いたくないです」
カズトは、一度目を伏せてから、ゆっくりと視線を上げる。
「でも、もし。その信頼すら計算に入っていたとしたら?実際、セレナ様の選択肢からシオン会長の可能性は初めから排除されてしまっていた。」
静かに、だが逃げ場のない言葉だった。
「俺たちにこの事件を解決させるよう仕向ける。
そうすることで、俺たちを完全にシオン会長のコントロール下に置く――それが目的だとしたら?」
保健室の空気が、重く沈み込む。
「それが本当なら、事態は最悪よ」
零の声もわずかに震えていた。
「わたしたちは、生徒会と言う敵の懐に、自分から飛び込んだってことになる。セレナ様、最近のシオン会長の様子で、何か変わったことはありませんでしたか?」
問いかけられても、セレナはすぐに答えられなかった。
疑うという行為そのものが、彼女の心を深く傷つけていた。
「ただの……憶測です!」
ついに、感情が堰を切る。
「確かにカズトの、、いえ、まだ証拠も何もありません!
生徒会長は、この国に長年貢献してきた公爵家の令嬢です!
お姉様が……『お姉ちゃん』が、そんなこと……ありえませんッ!!」
普段は決して人前で使わない呼び名。
それが飛び出した瞬間、彼女の理性が限界に達していることは、誰の目にも明らかだった。
もしシオンがムカデに関わっていれば、公爵家は取り潰され、彼女自身も極刑を免れない。
それは国家そのものを揺るがす大罪だった。
「はっ..はっ……ひゅっ……う、嘘です……そんな、の……」
呼吸が乱れ、視界が歪む。
「ちょっと、セレナ様! 落ち着いてください!」
零が慌てて支え、カズトもすぐに歩み寄る。
「すみません、セレナ様。証拠はありません。全く関係ない可能性もあります。
あるいは、会長自身も何か事情があって、利用されているだけかもしれない」
“白”の可能性を口にした瞬間、
張り詰めていたセレナの糸が、ぷつりと切れた。
「……お姉、ちゃん……」
そのまま、彼女の身体から力が抜け落ちる。
崩れ落ちる寸前で、カズトが抱きとめた。




