異変③
「ただいま。一匹、威勢のいいのを捕まえてきたわよ。さあ、あんた。誰に言われてあの子を襲ったのか、白状しなさい。嘘ついたら指を一本ずつ折るわよ」
冗談めかした口調とは裏腹に、零の目は一切笑っていない。
その視線に射抜かれただけで、抵抗という選択肢は最初から存在しなかった。
「ひ、ひぃぃっ! 俺たちはただ、雇われただけなんだよ! 人前であいつを虐めてからペンダントを持ってくれば、大金貨十枚くれるって言うから! 簡単な仕事だと思って、ちょっと脅して奪うだけのつもりだったんだ!」
「大金貨十枚!?」
思わず声が漏れる。
(日本円なら一千万円相当だぞ)
「なるほどね。下級貴族の娘が持ってるお守りに、大金貨十枚。難易度もほぼゼロ。中級貴族程度なら、引き受けるバカはいくらでもいるわね」
零は心底くだらないものを見るような目で上級生を見下ろし、襟首をさらに締め上げた。
「で? その金を出すって言ったのは誰よ。まさか、知らないなんて言わせないわよ?」
「し、知らない! 本当だ! こんな金額は初めて見たけど、金を出すから誰かを虐めろって依頼自体は珍しくないんだ! 匿名掲示板みたいな場所を経由してて……成功したら指定の場所に置けって書いてあるだけで、顔も見てない!」
カズトはマリーへ視線を向けた。
一千万という異常な成功報酬は、このペンダントが“ただの家宝”であるという前提を否定していた。
「奪った後はどこに持っていくように指定されてたんだ?」
「少し離れた場所にある遺跡の祠だ。大したモンスターもでないから学生でも簡単に行ける場所なんだよ。」
(匿名の依頼、多額の報酬、遺跡の遺物……嫌な要素しか揃ってない。誰が情報を流した?)
セレナも険しい表情で、マリーの胸元を見つめている。
「マリーさん。このペンダントの存在を、最近どなたかに話したり、見せたりした覚えはありませんか?」
マリーは少し迷った後、静かに頷いた。
「一ヶ月ほど前に、古物商を名乗る方が家を訪ねてきたと聞いています。父が鑑定を頼んだようですが、期待したほどの値が付かず。父も家宝を手放す罪悪感もあったからなのか、結局売らなかったそうです」
そこで一度、言葉を切る。
「我が家は領地も小さく、最近は不作が続いていて……父が母に黙って借金をしている、という噂もありました。だから、少しでも足しになればと、曾祖父様の遺品を売ろうとしたのかもしれません」
「なるほどな。その古物商が怪しいわけか。真価に気づいたけど、安く買えなかった。だから裏から手を回して奪おうとした?」
そこまで言って、カズトは眉をひそめる。
「いや、それなら改めて金額を吊り上げて交渉した方が早い。一千万を払う覚悟があるなら、なおさらだ。なのに学生を雇って、しかも派手に騒ぎを起こす?」
違和感が、はっきりとした形を取り始める。
「公に買うことができなくなった理由がある?」
「一番おかしいのは、なぜ学生にやらせたか、ですね」
セレナが静かに言葉を継ぐ。
「盗賊を雇って家に忍び込むことも、帰宅途中を襲うこともできたはずです。それをせず、学園内で、しかも目立つ形で事件を起こす理由が見えません」
「そう。しかも一千万なんて派手なエサをぶら下げる。騒ぎにしてくれって言ってるようなものよ」
零の言葉に、カズトの中で思考が一本の線になる。
「派手に奪わせること自体に意味があった、と考えたらどうだ?」
指を一本立て、整理するように言葉を続ける。
「マリーさんが学生に襲われれば、普通なら生徒会に相談する。あるいは誰かが通報する。派手にやれば目撃者も多く、生徒会が動きやすくなる。貴族相手の暴力と窃盗沙汰なら、今は特別執行委員――つまり俺たちが出張る可能性が高い」
「そうなれば事件を起点に、セレナ様を特定の場所、特定の状況に誘導できる。俺たちが執行部に入って、そう時間も経ってないこのタイミングで起きた不可解な事件だ。複数の目的を同時に果たすため、あえて回りくどいやり方を選んだ……考えすぎか?」
「いいえ」
零は即答した。
「むしろ“ムカデ”のやり方そのものよ。一つの行動に二つも三つも意味を持たせる。ペンダントを回収しつつ、セレナ様を引きずり出す。意外といい線いってるわ」
「もし、それが本当なら」
セレナは静かに息を吸う。
「わたしがマリーさんを助けようとする性格そのものが、利用されているということになりますね」
沈黙が落ちる。
「ですが……敵は、どこでわたしたちを待つつもりなのでしょう」
「一番あり得そうなのは、奪ったペンダントを運ぶ予定だった遺跡ですかね。俺たちに取り返させる為に向かわせる予定だったとなると、罠の可能性がかなり高いですけど。」
カズトは額に手を当てる。
「ただ一つ確かなのは、相手は学園内部の事情に詳しすぎる。セレナ様の性格も、執行部の動きも、全部分かった上で仕掛けてきてる」
(セレナ様が執行委員になったことを知っていて、性格も理解していて、なおかつ行動を誘導できる人物……)
思考を重ねた末、カズトは一つの結論に行き着きかける。
(……まさか。いや、でも。ありえない。
それが事実だとしたら――目的は何だ?)




