戦技祭 その後
二人がようやく自力で歩ける程度にまで回復した頃、闘技場の中央で厳かな表彰式が執り行われた。
数多くの観衆が固唾を呑んで見守る中、優勝者として表彰台に上がったのはカズトである。
その目の前には、アステリアの頂点に立つ国王が威風堂々とした佇まいで待ち構えていた。
「……見事であった」
王の重厚な声が、静まり返った場内に響き渡る。
「絶えて久しい雷を、これほどまでに猛々しく、そして美しく操る者よ。
不遇の身でありながら、己を研鑽し、並み居る強者たちを圧倒したその武、王として高く評価しよう。
汝のその力は、古の伝説が今この瞬間に蘇ったことを、我が国民の目に焼き付けたのだ」
「……勿体なきお言葉です。期待に応えられたのであれば、光栄に存じます」
カズトは事前に繰り返した練習を思い出しながら、慎重に言葉を返した。
式典の作法には不慣れだが、最低限の受け答えで失態を演じぬよう細心の注意を払っている。
優勝者には賞金のほかに、その称号として特別な勲章が授与された。
非常に貴重な素材で作られており、つけていると所有者に幸運をもたらしてくれるらしい。
もし闇ルートで売り捌けば一生遊んで暮らせるくらいになるらしいが、バレれば打ち首になるのでまともに生きるつもりならリスクに見合わないだろう。
一通りの儀礼が済んだところで、王がさらなる報せがあることを宣言した。
王の言葉に、国民たちは期待と緊張を込めて耳を傾ける。
「長きにわたり待ち望んでいた悲願が、ついに果たされた。既に噂で聞き及んでいる者も多いだろう。……かつて闇組織『百足』によって連れ去られた第二王女クレア(ルリ)が、幾多の困難を経て、第一王女セレナの手により無事この地に帰還した!」
連れ去られたという過去の失態。
王はそれを隠すのではなく、より強い力を保持して取り戻したという事実を強調した。
隣に立つ優勝者――カズトの存在そのものが、その力強い言葉の裏付けとなっている。
カズトがセレナの奴隷なことは周知の事実であり、第二王者奪還にはカズトも関わっていた事は明白と受け取られた。
「彼女の帰還は、アステリアが理不尽に屈せず、再び揺るぎない繁栄を歩む契機となる。
どうか心からの歓喜をもって、彼女を温かく迎えてほしい」
宣言と同時に、セレナに手を引かれたルリが場内へと姿を現した。
その瞬間、会場は爆発するような喜びの歓声に包まれる。
ルリは今までにないほど緊張した面持ちで、セレナの手に縋るようにして歩いていた。
「ルリ、皆さんあなたの帰りを喜んでくれています。手を振ってあげてください」
隣でセレナが優しく促す。
ルリは戸惑いながらも、ぎこちない動きでどうにか手を振った。
そのささやかな動作により、会場には先ほどまでを遥かに上回る、地鳴りのような祝福の嵐が吹き荒れた。
あまりの歓声の大きさにルリの身体がビクッと跳ねた。
「怖がらなくても大丈夫ですよ。みんな、ルリの無事を喜んでくれてるのです」
セレナは人前に立つことに慣れていないルリの手を強く握って安心させる。
ルリの前にマイクが持ってこられ、国民への言葉を促された。
セレナ、カズト、そして周囲を見渡して、深呼吸をした後に慣れない言葉で話し始める。
「アステリアの国民の皆さま。
私は、第二王女として、今日この場所に帰ってこられたことを誇りに思います。
私がこうして皆さまの前に立てるのは、お姉様が、どんな時も私を諦めずに助けてくれたからです。
失ってしまった時間は取り戻せないけれど、これからは逃げたりしません。
私は、この国を愛し、皆さまを愛せるような、強い王女になります。
私を助けてくれたお姉様に恥じない自分になれるように、今度は私が国民を助けることができるように、一生懸命に歩んでいくことを、ここに誓います」
最後の一節を言い終え、ルリが深く頭を下げると、場内は一瞬の静寂ののち、温かな拍手と歓声に包まれた。
即席では喋れない演説を聞き、俺達が勝つことを信じてたくさん練習してくれていたことが伺える。
観客席ではルリの立派な演説姿に、号泣しながら拍手をしているゴンゾさんの姿が見えた。
連れ去られた王女の帰還。
それは単なる美談ではなく、この国が新たな一歩を踏み出すための、確かな号砲となった。
◇◆◇
国を挙げた熱狂と喧騒がようやく落ち着きを見せ始めて少し経った頃、アステリアの城内には穏やかな、けれど以前とは確実に違う日常が流れていた。
ルリは正式に王女としての身分を回復し、城での生活を開始した。
しかし、奔放に育ってきたルリにとって歴史学の講義や宮廷マナーの修練は、どんな過酷な修行よりも苦痛なものだったらしい。
「勉強はもう嫌だー!助けてカズトー!」
毎日、何かしらの理由をつけてはカズトの元へ泣き言を言いに来る彼女を、カズトは苦笑しながら慰めるのが日課となっていた。
ルリにとっての唯一の解放感は、食事と、そして皮肉にもかつての日常であった修行だった。
一度、彼女にどうしてもとせがまれて行われた本気の模擬戦では、カズトは一切の加減をせずに圧勝した。
地面に転がり、泥だらけになって泣きべそをかいていたルリだったが、その瞳には挫折ではなく、カズトという高い壁をいつか超えようとする強い意志が宿っていた。
一方で、カズトと零の立場も劇的に変化した。
二人の首を縛っていた呪わしい魔導首輪は取り外され、彼らは『犯罪者奴隷』ではなく、第一王女セレナ直属の『近衛護衛官』として正式に雇用されたのである。
セレナと一緒に学園へ通う生活スタイルこそ変わらないものの、薄暗い奴隷部屋とはついに決別することとなった。
新たな居室は、セレナの自室からある程度近い区画にあてがわれた。
本来ならそれぞれに個室が与えられるはずだったのだが、ここで零が地味にごねた。
「同じ部屋の方が情報は一度に伝わるわ。護衛の効率を考えれば、別々の部屋に分かれるのは合理的じゃない」
無表情を装いながら、零は断固として同室を主張した。
結局、一部屋に二つのベッドを横に繋げて並べるという、奇妙な共同生活が継続されることになった。
ベッドが一つじゃなくなった分だけ、以前より距離は離れたが、正直あれは近すぎて色々と落ち着かなかったので助かる。
引越しが一段落した夜、カズトは月明かりに照らされた隣のベッドを見て、冗談めかして
「零も案外、寂しがり屋なんだな」と言ったら、零は背を向けたまま、消え入りそうな声で返した。
「……もう、一人じゃ寝られなくなったのよ」
その言葉に、暗がりの中でも二人の顔が急速に赤くなっていくのが分かった。
言葉にならない沈黙が、かつてないほど甘く、そして気恥ずかしい空気となって部屋を満たした。
異世界に飛ばされて以来、命を削るような戦いばかりを続けてきたカズトにとって、それは信じられないほど安定し、満ち足りた日々だった。
このまま、この穏やかな時間が永遠に続けばいい。
そんな根拠のない希望すら抱き始めていた。
――この不親切な世界で、そんな筈がない事は分かっていたのに。




