第九十七席 頭を切り替えて前進
天地の間に柱として立つ世界樹。
その根元にある祠。
と言っても、洞があってその中身を祭壇に整えて、というわけではない。
特に広く開いた根の又の一つに、木造の神殿が建てられている形である。
数多くの魔法燈を掲げたこの建物は、改築と修復を繰り返してきた数千年の歴史あるもの。
であるがしかし、最初にエルフが己の始祖に感謝を捧げた場ではない。
エルフの歴史が始まったその時、原初のエルフたちが最初に住み家を建てたのが、現代神殿のとなっているこの土地、この場所であるらしい。
長い耳のアダムとイヴたち幾組が産み落とされたそのころ。アミエノミンハスラも天を衝くほどの巨木であることは変わりないが、今よりも細く低かったのだという。
つまりその当時にはこの土地に世界樹が接してはおらず、祭壇を置いていた根元とも離れていたのだと。
エルフ黎明の時分よりも天が高くなっていったのか、世界樹がさらなる成長を遂げるに従って、祭壇は度々に作り直しを余儀なくされた。
そして数千年前。原初のエルフたちが住み家を作ったとするその場所に、合わせての神殿を建立。
以後はこの建物を聖地における重要な祭祀の場として、巫であるクウスの一族の住居も兼ねて管理させてきたのだという。
そんな由緒正しい歴史の刻まれた神殿。その広間。
艶めいた塗り板張りの祭壇の間に、利康は風炉を傍らに正座している。
今その身を包む衣は、当然旅装から換えての正装。
これまでどおりの日本から着てきた紋付羽織袴――ではなく、妻の手製。この世界で作り出された紋付袴、の手探り模造品である。
自分の着物を作るのに慣れたところもあって、随分と質の上がったフミニア製の和服。
淡い緑と白を基調にした綿含みの秋冬用。
コガの木の低さに合わせてか、腰からその下にかけて、羽織と袷の色はその濃さを増すように染めて。袴は幹と土をイメージしてか、どっしりとした濃い褐色。
そして紋はもちろん。白地に緑糸の刺繍で作った、エルフ字と漢字のハイブリッドのコガ家紋。
手探り故、やや仕立ての甘いところはあるものの、懸命に作られた和装は暖かく利康を包んでいる。
そんな利康が前に臨むのは、エルフ式の祭壇。
否、祭壇と言うよりは、柱そのものか。
利康の目の前にあるのは、太く高いアミエノミンハスラを模したらしい飾り柱が一本。
他の物に比べて明らかに太く、原木のうねりや節くれをそのままにした柱。その周りには枝ごと手折ってきたものや、茎から摘み取ったものなど種々の花ばな。さらに形も色も様々な果実をも加えて、縦横に彩りを添えている。
柱を中心に、森の実りと彩りを散らしたこの図は、いわば大森林の縮図か。
少なくとも利康は、一目見た印象からそのような創意を読み取った。
利康は当然、森の全てを理解できている訳では無い。
しかし利康の座している近く、飾り散らされた花実を地図と見立てた場合の南東部。
そこには、利康が森の恵みを授かりに、フミニアと分け入った際に見てきた、馴染み深い品々が。
それもその配置は、フミニアが群生地と案内してくれた位置関係とピタリ一致。まさにはぐれ者の村近辺の実りの地図であった。
そんな飾り柱と奉納品の配置の妙を楽しみながら、利康は風炉「破れ鍋」にかかった鍋の立てる音を聞く。
「……本当に、飾りつけをそのままで良かったのかね?」
そこへかすれた男の声が。対して利康は、その垂れ目がちな彫り浅顔を笑みに和らげてうなづく。
「もちろんです。私はお茶を差し上げるだけですから」
にこやかな利康の言葉にうなるのはクウスの祭司。この祭壇を管理するエルフ一族の長老である。
見た目は、早くに総白髪となった初老の男といった風体である。だが老いが目に見えるということは、九百歳は越えた老人であることに間違いはない。
そんな彼の言うとおり。祭壇たる柱回りの設えに、利康の意思は絡んでいない。
この場を整えたのは、すべてクウスの長老と、その傍らに並ぶ一族の者たちなのである。
茶を点てるだけの自分から、特に言うことはない。利康のそんな言葉に対して、彼らは怪しむようにうなり、首をひねる。
だが利康にとってはいつもどおりの事。なぜ怪しまれているのか分からないくらいの、普段どおりのやり方なのである。
これまで利康は村の祭事に請われて、奉納茶を取り入れたりしてきた。だが儀式全体のの取り仕切りに嘴を挟んだことは一度もない。
冠婚葬祭全体の運営はエルネストに一任。もちろん茶を挟む上で打ち合わせはするし、意見を聞かれればその点は遠慮も惜しみも無しに。しかし儀式を自分好みに塗り替えさせようとしたことは無いのである。
むしろ利康としては、異文化の風情そのものと、そこに茶の湯を差し込むおかしみを楽しんでいるくらいだ。
この森の恵みの縮図たる、エルフ式の奉納も単純に新鮮で面白く見ているだけなのだ。
「いまさら何を遠慮することが? 気に入らないところがあるのなら、変えろとまっすぐに言ってくだされば良い」
だがクウス一族の疑念は晴れることなく。一人の若者からごまかすな、との声が。
「これ! よさんか」
それにミッテウルの近くに座っていた弟子のエルフたちが腰を浮かせて。するとクウスの長老は、言葉を発した若者を叱り諌める。
だがクウスの若者は発言を取り下げる事なく。鼻を鳴らしただけで利康を見据えている。
それを真正面から受け止めて、利康は彼らが自身に対して、なにゆえにか敵意を抱いている事を理解する。
彼らの口ぶりからするに、元々あった、先祖伝来のエルフ文化を軽んじている風に誤解されていると見える。
なるほど。確かに利康による茶の湯伝道の勢いは凄まじい。エルフという種族が持つ文化に対して、すでに根からがっちりと食い込んでしまっているほどに。
利康としては茶の湯文化を受け入れてもらう過程で、伝統様式との融合と最適化を、と考えている。
それはアイアノを皮切りに、手ほどきをしたエルフたち全員に伝えてある。
だがその成果が目に見えて表われるようになるのはまだまだ先の話だろう。である以上は単なる文化侵略と解釈されるのも無理からぬこと。それだけの力と勢いを持って進めてきてしまったということである。
誤解されてしまっていることは悲しい。
だがそれは利康の不徳が招いたこと。身から出た錆である以上、ただ嘆くでなく、省みて心に留めなくては。
しかし誤解からとは言え、すでにこじれてしまっているこの現状。もはや後に引くことは出来ない。
そんな思いと共に、利康は小さくあごを引く。
「……では一つ」
そして一呼吸ののち、努めて抑えた声を放つ。
するとミッテウルら推進派も、反発派を抱えたクウス一族も、揃ってぶつけていた視線を利康に。
いつでも、どうとでも動けるように。と、身構える義父と弟子たち。
対してそれ見たことか。と、茶人を睨むクウスの若者。
態度は対照的に。しかし両陣営どちらもが、何を言い出すのかと言葉の続きを待つ。
張りつめたその空気の中、利康はさらに一息。右手を動かす。
「……そこのと、これ。あとそれも……」
動き出した手は、柱まわりに置かれた品々のうち、いくつかを次々に指し示していく。
「どれも生花に、生の果物ですが、乾いて瑞々しさに欠けます。葉を下敷きに霧を吹きかけると良いでしょう」
「は?」
身構えたところへ投げかけられた、ただのアドバイス。
その肩透かしに、反骨の一派は姿勢を崩し、呆けた声を。
そうして目を瞬かせる彼らに、利康は話は終わったとばかりに点前の仕度を再開する。
後には引けない。
そして方針を変えるつもりも、いまさら自重するつもりも無い。
利康にできることは、ただ自分の思いのままに茶を差し上げるだけなのだ。
今回もありがとうございました。
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