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第九十八席 茶が美味しく飲めることが第一です

 静まり返った祭壇の間。

 その中心にある、御神体たる飾り柱の南側。そこに正座した利康は、背すじを伸ばして柄杓の具合を確かめる。

 利康が捧げ物の中に、乾いて見目を損なっているものがあると指摘してからしばらく。

 気を取り直したクウスの者たちは、利康の言葉通りに、床を濡らさぬように葉や板を皿として挟んだ上でしめりけを被せた。

 この水気はもちろん、精霊を頼って周囲から集めさせたものである。

 その作業が終わるまでの間に、風炉にかかった鍋の中身はほど良い温度に。

 合わせて帛紗ふくさでの拭き清めも終わり、いざ湯を使おうというところに。

 エルフたちの淡い色をした目が集まる中、利康は息を乱すことなく沸いた湯を漆器「赤星」へ注ぐ。

 底に一点、星のごとく打った朱が湯に揺らめく中、利康は音を立てることなく茶筅へと持ち替えて湯の中へ。

 そして手首を返し、茶筅を湯の中に躍らせる。

 椀と茶筅。その双方の芯にまで湯の熱を含ませよう、馴染ませようと。

 やがて充分に温まったと判断した利康は、準備の整った茶筅を膝前に。本番に控えさせる。

 ゆぅるゆると。

 湯を湛えた赤星を両手に包み持って回す。

 そうして役目を置いた湯を別の木椀に流すと、残った水分を白い茶巾にて拭い、取り除く。

 これで全ての準備が整い、いよいよ豊穣神へ捧げる一服のため、棗に茶杓を。

 ひとつ。ふたつ。

 そこまではこの場にいる誰もが、ただ固い顔で点前が進むのを見守るばかり。

 しかし次の瞬間、見つめるその眼が驚き見開く。

 三つ目。

 利康は抹茶を三度に分けて赤星へ入れたのだ。

 しかし、これは特別おかしいことではない。

 それなりに人数がいる場合の濃茶では、やはり相応に抹茶を使うのだ。

 だがこの一服は豊穣神一柱に捧げるもの。

 先日村祭で濃茶を捧げたので、今度もまた濃茶を。と考えたにしても多い。

 しかしそんなことはない。

 利康はただ小刻みに抹茶を入れただけ。茶杓を動かす回数を増やし、量は薄茶を点てる程度しか用いていない。

 ならばわざわざ、習い熟練したやり方から外したのは何故か。

 それは回数そのものの故に。

 「三」という数は、エルフの文化の中においておめでたい、良い数だとされている。

 日本でいえば、末広がりとして縁起がいいとされる「八」。あるいは幸運の数字と言われる「7」などのようなものと考えれば分かりやすいか。

 三は縁起が良く、また気軽に使っても咎められない。

 そうした数であるとエルフ文化を学んでいた利康は、この一席にて取り入れて見せたのである。

 これまでアイアノら、利康の手ほどきを受けた弟子たちがやって見せた、基本に忠実な点前にしか馴染みのないであろう者たちにとって、この気軽な改変はまさに衝撃であった。

 その衝撃も抜けきらぬ間に、利康は漆器椀に湯を注ぐ。

 ほわりと湯気を浮かべる椀に、すかさず茶筅を。

 手早くかき混ぜ、抹茶と湯を一つに合わせていく。

 やがて表面にほんのりと泡を帯びたところで、抹茶から道具を引き抜き、傍へ。

 そして精魂込めて点てた一服をおし抱くように持ち上げると、柱を前にまた三度奉げ、拝む。

 続いて椀の中身を揺らさぬように立ち上がる。するとそこから、柱を中心とした奉げモノで出来た地図の南東部へ向けて二歩、音もなく。

 また無音で正座すると、三度の礼を挟んで床へ置く。

「森と大地がもたらす恵みに感謝を」

 エルフ式の感謝の祈り。それと共に置いた場所は、柱から見て南東の外れも外れ。地図の縁と言っていい所。

 すなわちはぐれ者の村の在りかであった。

「……なん、と……」

「私の住処。身の上からしても、妥当なところかと思いましたが、おかしいですか?」

「いや、そんなことは……ない。完璧な手際で、ありました」

 学んでいたエルフ式の作法を織りまぜての献上。それも奉納品の配置の意味を、説明も無しに見切った上で。

 その奉納点前に、クウスの長老は、辛うじてかすれた声を返す。

 長老の傍らに控えた若い者たちに至っては、絶句してしまっている。

「それは良うございました。なにぶん不調法者でありますので。当て推量の見立てで動いた事が作法やぶりをしでかしていないか気が気でありませんでした」

 利康がそう微笑めば、御神体である柱が輝きを。

 続いて奉納に並べた品々が次々に消えて、後には赤星をはじめとした器や下敷きの葉だけが残る。

 絵に描いた龍に仕上げと目を打てば、たちまちに実体となり、空に昇ったという物語がある。

 これはまさに利康の点てた茶が、画竜点睛を欠いていた奉納儀式に、仕上げの目玉と収まったということか。

 そうして薄茶も含め、捧げ物が無事に受け入れられたらしいことを認めて、利康は改めて大樹を模した柱へと三たび頭を下げて拝。

「なぜ、なぜだ……!?」

 その声に利康が向き直れば、わなわなと震えるクウスの若者が。

 エルフ向けの作法を身に着けていたことか。

 それとも利康の点前で、儀式が劇的に動いたことか。

 くり返される疑問の声。それがどこへ向けてのものなのか利康には区別がつかず、ただ黙って言葉の続きを待つ。

「どうしてだ……我らエルフの祭事を塗りつぶそうという人間が、なぜ我々の伝統作法を身に着けて……!?」

 悪夢を見ているかのように頭を振るクウス一族の若者。

 このあんまりな誤解に、仕方がないことと割り切っていたとはいえ、利康は内心でため息を。

「……確認したいのですが、茶の湯をどのように理解していらっしゃいますか?」

「どのようにもなにも……! 格調高く気取った礼儀作法であろうが!? 我らとミンハスラとの間にまで割り込んできて遠慮を知らない!」

 困り笑いを添えて確認を取る利康。

 それに返される、床を踏み鳴らしながら、なおその音に勝る怒鳴り声。

 覚悟していたことながら、叩きつけるようにして明かされたこの認識に、利康はたまらず額を抑える。

「まるで違います」

 辛うじてため息は堪えて。しかしきっぱりと見当違いな誤解であると。

「なにを……!?」

 いきり立ち、怒鳴り返そうとするクウスの若者。

 だがそれは腕を広げた長老によって遮られる。

 話がつまづかないように止めてくれたこと。

 それに利康は感謝の黙礼。そして一呼吸挟んで改めて口を開く。

「茶の湯とは、結局のところ茶を美味しく味わい楽しむこと。それだけのことなのです」

 異世界ちきゅうにおいて、利康が師から耳にタコができるほどに仕込まれた基本にして極意である。

 作法にのっとり整えた所作も。名だたる傑物道具も。

 全ては、茶を気持ちよく服し、その味わいを高めるためのもの。

 格式や権威。そんなものにいたっては、外から後付けにされたおまけに過ぎない。

 織田信長、豊臣秀吉らが有名であるが、権力者が茶の湯を勲章化。政に利用するようなことは、歴史から在り様の一つとして成り立ってしまっている。

 利康も生きるため、文化浸透発展のために、秀でた礼法として利用しているのは自覚しているので、否定することは出来ない。

 だが、これは茶の本義ではない。

 贅ではなく、心を尽くしてもてなすこと。そしてその心に礼をもって応えること。

 これが茶のまごころであり、利康はこの心に則って、人々にも神々にも美味なる茶を届けようとしてきただけなのだ。

 だから、エルフたちがより美味に茶を味わえるようにと、彼ら好みのやり様を試みてみたのである。

 これは本来、エルフの茶人たちがそれぞれに見出し、追及してもらうべきこと。そして利康もそう考えて、伝道を進めていた。

 利休が弟子たちに己の茶の湯を追い求めるように伝えたように。

 だが誤解から推進派と反対派に割り、その間での軋轢を生むのは利康も本意ではない。

 なので計画を曲げて、ここで一つ試してみたというわけである。

「エルフの皆さまが何の心配もなく茶を味わってくれること。それから自分たちらしい茶の湯を生み出して、楽しんで欲しい。それが第一ですから」

 利康はそう締めくくって、飲み干された赤星を手の内に。

 すると、何か固いものが落ちるような音が続いて。

 その音を辿り振り向けば、力を失った膝を床にぶつけてへたり込むクウス一族の若者の姿があった。

今回もありがとうございました。

次回の更新はいつになるかまるでわかりません。どうか気長にお待ちいただければなによりです。

今後も拙作をどうぞよろしくお願いいたします。

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