第九十一席 なんでまたこんなめんどうくさいのを寄越すのか
『申し訳ありませんでしたぁっ!』
闇を押し返すたき火の灯りの中、レティシアが深々と腰を折って詫びる。
頭を下げたその先には、革袋を椅子に座るセシルが。
レティシアが盛大に鼻血を噴いてから、自由になった一行は改めて野営の支度を。
鼻血を垂れ流しに、しかし恍惚とした顔で気を失い横たわったレティシアも、火の傍に寄せて。
そして利康の手がけた夕食が、全員の腹を満たしたところで、女神官は目を覚ました。
そしてまた暴走を始めるより早く、セシルの口から事情説明。そうしてこのとおり。レティシアが頭を下げることになったのであった。
『早とちりとはいえ、お連れの方に縄を打つなど、大変な迷惑を……』
『謝るなら僕にじゃなくて、トシヤスさんとエルネストさん。それにアルたちにしてください』
『そ、それは……』
頭を下げる向きが違うと言うセシル。それにレティシアは姿勢はそのまま、首だけを巡らせて利康らに目を。
鼻に止血用の布を詰めたその顔は、元が背も高くスラリとした美女なだけに、間の抜けた感がまたひどい。
『……従者の方々はともかく、破壊神の使徒に頭を下げては……』
『なんですって?』
セシルには謝罪することが出来ても、レンボルテオラスの関係者には無理。
そう渋るレティシアに、セシルは首を傾げて。
『う、ぐぅ……』
笑顔ながら、しかし断固として渋るのを認めないという態度。
幼子らしからぬ、厳しく強気なその姿勢。それに女神官は苦しげなうめき声を。
この一国の明星とも呼ばれているらしい光輝神官は、確かにこの場にいる誰よりも強い力の持ち主なのかもしれない。
だがその嗜好のために、この場でもっとも弱いであろうセシルに対して、強く出ることが出来ない。
この相対的な強弱は、まるでじゃんけんの相克関係のよう。
『エルネストさんが、いったい、どんな神の使徒だというのです?』
『ぐぬぬ……』
理由のすべてはともかく、この強弱関係をセシルは察知。ここはみんなのために、自分が矢面に出るべきところだと一歩も引かぬ姿勢で臨んでいる。
もし本気で怒らせてしまえば、七歳の男の子などひとたまりもないことは分かっているだろうに。
なおその怖さを呑んで立ち向かうその姿勢に、利康はセシルの中に宿った、正しく高貴なる魂を見る。
小さな体に秘められた帝王の資質。
幼いながら、すでに立派に心構えを備えていること。そこはさすがに生粋の貴人であると、利康は内心に手放しの賞賛を送る。
『……可愛い男の子にぐうの音も出ない感じで抑え込まれるのって、意外に悪くない……いやむしろ良いかも知れない。私の中に新しい扉が開かれそうだわ……うひひ』
しかし返す言葉もなく唸っていたはずのレティシアは、頭を下げた姿勢のままウヒウヒとにやけていて。
その現在進行形で新たな趣味を開拓しているさまからは、怒り出す心配もまるで杞憂で合ったことがありありと。
だが幼い貴人の態度にまるで堪えていない様子に、利康は正直呆れてため息しか出ない。
『あー、でん……セシル、くん。我が神から御声かけをいただいた時から、グロレオウス教団に絡まれるのは分かってたわけで。だから俺としちゃ別に無理に詫びてもらわなくたって……』
『いけませんよ、そういうのは。僕がお世話になっている相手に対して無礼を行う。それは僕とその周り、全部を軽んじているってことです』
そのように利康が思う一方、エルネストは自分に向けての謝罪は不要と。
であるがしかし、セシルはその言葉を遮ったうえで変革神官の申し出をぴしゃりと却下。
『もちろん元の身分がどうだからってことじゃありません。僕を軽んじているっていうことは、先の謝罪の言葉も嘘になるということです。そういうことにはしたくありません』
そんなセシルの言葉には、傍から聞いている利康もなるほどと。
ただ軽んじる、ナメられているという点からすれば、手遅れと言うべきか、見立て通りと言うべきか。
止血に詰めた布を新鮮な赤に染めつつ、セシルに見えない角度でニヤついていることからも明らか。
実際レティシアにしてみれば、詫びたのは好みの少年に嫌われたくないがためだけ。
要は謝って見せたのは形だけ。機嫌取りのごまかしでしかなく、真剣に謝罪したわけではないのである。
利康のみならず、エルネストの側からもそれは見えてしまっているわけで。と言うよりも、グロレオウス神官がセシル以外に隠すつもりがないので、最初から丸見えなわけであるが。
『セシル……くんの言いたいことは分かる。もっともなことだとも思う。だが……その、なんだ……光輝神の高位神官が、変革神の木っ端神官相手に頭下げるのは耐え難いのもまた確かだろうし、本当に俺からはいらない……』
『はぁあッ!? 破壊神の使徒ごときがなぁ! 情けかけるだとかふざけているのかッ!? そんなもん受け取るくらいなら頭ぐらい下げてやるわぁッ!』
しかしエルネストが、再度謝罪無用との意思を伝えようとしたその時に、レティシアが突然沸騰。
脳天から蒸気を噴きかねない勢いそのままに、エルネストに向けて礼を。
「うわぁ……」
めんどうくさい。
いきなり怒鳴り散らしながらのやけっぱちな反応。それに対する利康の感想はと言えば、「めんどうくさい」のただ一言。
謝罪などしたくないと渋っていたかと思えば、しかし、こちらが気づかって歩み寄って見せればそれを断固拒否。
こんなあまのじゃく、いったいどうすればいいのか。
そんな思いに、利康がため息を吐きつつ周りを見れば、エルネストもアルベルトら護衛たちも、セシルすらも同感だと苦笑混じりに頭を振る。
『あ、あらいやだ私ったらついカッとなって……』
セシルを含む全員からの冷ややかな反応。それに気づいたレティシアは恥じらい、先の暴発した有様を取り繕う。
『誤解しないでね。私、普段からこんなに怒りっぽいわけじゃありませんからね? ちょっと、いくつか……引き金というか、逆鱗みたいなところを突かれると、どうしても暴力的な気分になってしまうの』
『そう、ですか』
『そう。そうなのよ!』
しかしフォローに向かう先はセシルただ一人。
このブレの無さ。そして面の皮の分厚さは、もはや呆れを通り越して感心する他ない。
「それで、あなたはこのあとどうするのです? 誤解であったということは納得していただけたのでしょう?」
それはさておきと、利康はこめかみを抑えつつ、レティシアがこれからどう動くのかの確認の問いを。
そこには村を訪ねてくるはずの光輝神官が、彼女であってほしくはないという思いが。
『もちろんしばらくは貴方たちに同行させてもらいます。まだ完全に信用したわけではないもの』
エルネストの通訳を受けて、女神官は堂々と言い放つ。
真っ向から言い放つのはともかく、まだ話自体は分からないでもない。
彼女に言わせれば、変革神官は国家社会の転覆と破壊を願う悪の権化。
監視に留めている分、レティシアの感覚ではこれ以上ないくらいに譲ってくれているのだろう。
ここは疑いが残っていても、良しとするしかない。
『それにどのみち、我が神の命によってこの先には行かなくてはならないのよ』
「……差し支えなければ、どのような使命が下されたのかお聞きしても?」
続くいやな予感をさせる一言。
ゾクゾクと背骨を襲う、悪寒にも似たそれに耐えながら、利康はダメもとで問いを重ねる。
『この先にある村の一つ。そこに破壊神が集めさせたものたちが住みついているとのこと。その狙いと、原因である「チャドー」なるものを見極めること。それが私の使命よ』
しかし隠し立てすることなく、また堂々と明かされたレティシアの目的。
告げられたその内容に、利康とエルネストは顔を見合わせ、揃って頭を抱えるしかなかった。
今回もありがとうございました。
次回の更新予定はやはり未定です。どうか気長にお待ちください。
今後とも、拙作をどうぞよろしくお願い申し上げます。




