表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
86/120

第八十六席 きな臭い話なんて聞きたくはないんです

「いま、なんと?」

 ウテアから告げられた話。直接訪問してまで持ってきた本題。

 そのあんまりな内容に、利康は頭を抱えそうになるのをかろうじてこらえて、強ばった声で聞き返す。

 見ればフミニアもめまいを抑えるように額に支えを添えて。エルネストにいたっては顎を落として両手を床についている。

「セシル殿下を村で預かってほしい。と、そう言ったのですわ」

「ですからどうしてそんなことに!?」

 青い茶碗に点てた薄茶をぐいと飲んだウテアの言葉に、エルネストがたまらず声を上げる。

「……事の起こりは半月前の陛下の崩御。それからですわ」

 茶を啜りきって一息おき、ウテアは静かな声音で語り始める。

 ウルタニア帝国皇帝、カーティス三世死去。享年五十七歳。

 夏から秋にかけての移り目に体調を崩し、そのまま回復することなく亡くなられたのだという。

 皇帝が病に倒れたこと。そのこと自体は、生来体が強い方ではなかったこと。加えて近年は体調を崩しがちだったこともあり、天寿であったのだろうと見られている。

 皇室付きの医者にも呪い師にも見抜けぬ、毒や呪いの類があれば話は別であるが。

 ともあれ崩御それ自体は、カーティス三世が六十をまたぐかまたがないかの頃にあるいは、と見られていたことであるので大きな問題は無い。

 事はそのあとである。

 カーティス三世の葬儀を終えてしばらく。皇太子ニコラスがまた後を追うように亡くなったのである。

 現代地球は日本の感覚でいえば、カーティス三世でも早い部類に入るだろう。

 だが皇帝の場合とは異なり、こちらはまだ三十路の健康な男子。戦乱の世ならばともかく、これは明らかに異常なことである。

 この亡くなった皇太子ニコラスこそ、セシル皇子の実の父。

 そしてセシル皇子にもまた凶刃が迫っていたのであるが、それは紙一重のところで回避。

 専属護衛であるアルベルトを始めとしたわずかな近習と共に、ミカノ侯爵領へ転がり込んだのだという。

「そんな、陛下が……!? 殿下たちも、なんという、なんということだ……ッ!?」

「おそらくは、第二皇子派の仕業ですわね。ニコラス殿下のことは残念でしたわ」

 生まれ育った国に起きた変事を聞かされ、床についた手を拳と固めるエルネスト。

 絞り出すようなその声を背に、ウテアもまた痛みを堪えるように眼を伏せる。

「いまは私の屋敷に匿っているところなのですが……」

「しかし、帝国領内では安全とは言いきれません。そこで、どこかしらからつまはじきになった者たちの集まる村に避難してもらいたい、と?」

 先んじて話の中身を語る利康。するとウテアは小さなため息と共にこの解釈を首肯する。

 手元で保護した方が、対象に降りかかる火の粉を払うには容易い。

 しかしその一方で保護護衛のために動きを縛られ、逆撃には不向きである。

 ならば、凶刃の間合いから外れた遠くに守るべきものを預けた方が良いというのはひとつの真理である。

 もっともそれはそれで逆に、いざ魔手が伸びたときには必ずしも自分の力が及ぶとは限らず。

 また、預けた先の者がそそのかされたりなんだりして、裏切りに及んだ場合には目も当てられない事態に転ぶことは必至。

 しかしその懸念は、はぐれ者の村にとっては取り越し苦労であろう。

 なぜなら故国に見捨てられ、あるいは見切り、流れ着いた先を第二の故郷として生きるものとその子孫たちに、高く密告するような伝手などあるはずがない。

 よしんば向こうから接触。エサをちらつせてきたとしても、食いつくことは無いだろう。

 国家という存在そのものに対して、義理以上に不信感を持っている者の方が多いからだ。

「では最終的には位を奪った第二皇子とその一味を排するということで、セシル皇子には時が来るまでここで、と?」

「いえ。それがそう単純な話ではなく、聞いたところによるとどうも、セシル殿下の脱出を手引きしたのは第二皇子、セドリック殿下自身であるようなのですわ」

 簒奪劇の決着の形を確認する利康の問い。しかしそれに対してウテアは頭を振って、思いがけぬ情報を口にする。

「どういうことです?」

 それには問いかけたフミニアのみならず、この場に集まる一同全員が揃って首をひねるばかり。

「どうもこうも、私も聞いた話ですので。ただ、殿下とその近習に危急の事態を知らせたのが、第二皇子の側近であったのだと。なんでもあくまで派閥の者たちの独断で、幼い甥の命が散らされるのは忍びない。と言っていたそうですわ」

 それを聞いて利康は浅く息をついて視線を膝に。

 少しばかり怪しい話では無いだろうか。

 第二皇子の主張を伝え聞いた利康の第一の感想は疑念であった。

 明らかに暗殺の疑いのある皇太子の死。それが第二皇子の後押しをするものたち一部の勇み足であった。

 それはいい。

 止めようにも、力関係やら行動の素早さ。そうしたもののために間に合わなかったということもあるだろう。

 だが甥だけは助けられたというのはどういうことか。

 セシル暗殺は阻んでも良いのなら、なぜ父であるニコラス皇太子暗殺を止められなかったのか。

 また逆に、ニコラスを排する計画阻止が間に合わなかったのなら、並行して進んでいたはずのセシル暗殺をどうして止められたのか。

 辛うじて甥だけは逃がせた。絶対にありえない話では無い。確かに無いが、どうしても不自然な点が目につくのである。

 そして幼い身内への情を理由にするにしても、この状況ではやはり歪に見える。

 父を奪われ、国を追われた幼い皇子。そして奪い取った玉座に座る者。

 実情はともかく、外から見れば、帝位を奪い返す物語の序章そのものである。

 自分の地位どころか、命を脅かす大義名分を備えた存在を、生かしたままに済ませるというのは、あまりに不自然に過ぎるだろう。

 仮にも生き馬の目を抜く権謀渦巻く中に生きる、皇族のやることとしては甘すぎる。杜撰だとさえ言ってもいい。

 これはやはり、第二皇子の行動と言葉を額面通りに受け取るべきではないだろう。

 利康がそう考えをまとめて周りを見れば、フミニアもエルネストもほぼ同じ結論に達したのか、神妙な顔をしてうなづく。

 ルタはどうしたのか?

 政治がらみのややこしくきな臭い話が始まった段階で、すでに寝転がり始めている。

 その手には利康のメモ書きと、フミニアのエルフ日翻訳メモが。そしてそれ首っ引きに、翻訳する作業に没頭している。

 半ば予想はついていたことだが、いわゆる興味のない話は聞く気すら起きないタイプであるらしい。

 そんなルタの様子に、一同は諦め交じりに首を横に。

「これは、受け入れるには少々厄介なことになりそうですね」

 ともあれ、話に参加する気のない一人は横において、利康は話を戻す。

「そんな、トシヤスさん!?」

 受け入れを渋るような夫の言葉に、フミニアは驚きのまま弾かれたように目を向ける。

 だがエルネストも、話を持ってきたウテア自身もその判断を責めることは出来ないと、苦し気にうなづく。

 エルフの領域にある村に武力をもって攻め込むこと。その可能性自体は低いだろう。せいぜいが暗殺者を差し向けるくらいだろう。

 第二皇子の手助けを受けて窮地は脱したとは言え、ここまで転がり込めば国の外。

 そこで改めて始末してしまえば、少なくとも国内においては知らぬ存ぜぬを押し通すこともできるだろう。

 なぜなら一度は暗殺を防いだ事実があるのだ。

 それを盾にすることで、疑いの目の苛烈さを和らげることは出来るだろう。

 むしろ下手人を村人と断ずることで、報復行動からエルフ側と認めた領土を切り取りにかかることも考えられる。

 そうでなくても反第二皇子の派閥にとってこれ以上ない神輿が運び込まれるのである。

 セシル自身に罪はなくとも、問題の火種になることは間違いない。

 村の安全を考えれば、安易に抱え込める人物ではない。

「まあ、仕方ありません。どこの誰かは知りませんが、行き場を失い流れてくる者を。それも十にも満たぬ子どもを爪弾きにしては村の先人に顔向けができません」

 だが利康の判断は皇子の受け入れであった。

「トシヤスさん……」

「良いのですか?」

 信じていたと胸を撫でるフミニアと、対照的におずおずと念押しするウテア。

「ええ。場所が変われば、随分と暮らし向きが違って苦労することでしょうが、それは流れてくる者みなが同じこと。同じはぐれ者として迎え入れるまでです」

 あくまでもはぐれ者たちが増えるだけ。

 元の身分も何も配慮は出来ないがそのつもりでならば、と、利康は落としどころを示す。

 皇子を匿うのではなく、落ち延びてきたどこぞのお坊ちゃまを村人と受け入れるだけ。

 元の身分など村人は誰も知らない。帝国内部の騒ぎには関わるつもりもない。

「付け加えて言わせてもらえるなら、ここはたかが森の小村一つ。皇子の暮らしを支えられるだけの財は、村中の蔵をひっくり返してもとてもとても……」

「まあ」

 冗談めかして言う利康にウテアは顔を綻ばせて。

「籠の中で怯え暮らすばかりの命に、安らかに居られるよう迎え入れて頂けるだけで充分です。感謝いたしますわ」

 そうしてウテアが頭を下げたことで、村にセシル皇子を受け入れる話はまとまった。

 ふとそこで利康は、自然と一緒に亡命話を聞いていたエルネストへ目を向ける。

「ところで、エルネストさんにもなにか御用があったのではありませんか?」

「おお、そうそう! ミカノ先候とそのお話ですっかり吹っ飛んでた!」

 水を向けられたことでエルネストは、取り落としていた用件を拾い直してうなづく。

「我が神から御告げがあった。光輝神の手の者が、茶なるものを見極めに、この村にやってくる。と」

「え?」

 エルネストを通じて神から伝えられた来客の存在。

 それには利康もフミニアも、呆けた顔を見合わせるばかりであった。

今回もありがとうございました。

次回の更新日時でありますか? いつになるかは僕にも分かりません。申し訳ありませんが、気長にお待ちいただければ幸いです。

今後とも拙作をどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ