第八十七席 多神教の主神様ってどうして、こう……
光輝神グロレオウス。
かつて破壊神であったレンボルテオラスと戦った、秩序の神々たちの盟主。始源の大神が一柱である。
司るところは法律と契約。
法によってもたらされる平和と安定。それらを守護する、まさに秩序の神々の長に相応しい権能を備えた御柱である。
その神格から王候貴族に信者が多く、国教への認定など篤い保護を受けている。
民衆に身近なところでは、重大な約束事を定める際の宣誓にグロレオウスの御名が出されることが多い。
当然信者の数も多く、その勢力もまた神々の盟主、秩序の主神の地位に恥じぬところにある。
ただしかしその一方。私的な面を知る神々からの評価はいまひとつ。
曰く、色狂い。
曰く、嫁泣かせ。
曰く、着飾った時に会うと振り払うのが面倒。
要するに見境なしの好色漢である。と、そう言うことらしい。
法と秩序を重んじる厳正な神格。その下に潜む意外な素顔といったところである。
が、そもそもが重婚を、契約に乗っ取っていれば問題なしとするあたりでお察しである。
相手が神であろうが人間であろうが関係なく。ましてや人妻でも気にせずに。気に入れば即契約を交わして娶りいただいてしまうのだという。
我と契約して嫁になるがよい。とでも言ったところか。
さらにたちが悪いことには、グロレオウスを信奉する王が、娘を捧げて神の血を受けた孫を望む事例が多いこと。
法と秩序を司る神の子を自身の血脈に加えることで、王権の正当化を成せるということである。
そんなわけで、光輝神の御許には、生前に夫婦契約を結んだ女たちが低位神や霊として無数に侍っているのだという。
もっとも、神となった女は自身も国を守り立てる礎となり、信仰を集めた者ばかり。グロレオウスのテコ入れで祀り上げられた者はいない。神の子の生母というだけで充分なゲタだと言えばその通りであるが。
ちなみに王権の神授についてはきちんと加減はしているようで。自分の子を授けていても、法の悪用や国の乱れがあれば、王座はひっくり返る。
そうして生じる神の子の臥薪嘗胆。それが正妻たる知恵の女神ヘレメティスの嫉妬によるものだとされるのだから、ヘレメティスにしてみれば踏んだり蹴ったりである。
しかもレンボルテオラスが破壊神と変革神に分離したのも、原因はグロレオウスだったのだと。
始源の兄弟の中で自身と競い、上回りかねない力を持つレンボルテオラスを切り裂いて二つに。
そうして破壊神を生み出しながら、秩序の同盟の音頭をとって、自分はまんまとその長に収まってみせたのだという。
鮮やかなまでのマッチポンプ。
しかも他の神に真相を気取られる頃には、地位を不動のものと確立して。
おまけに神々の長としての勤めには不足が無いのだから、またこれもたちが悪い。
そんなわけで、実力のあるリーダーには違いない。だが全面的には、特に女がらみではまったく信頼できない。というのが神々からのグロレオウス評である。
「……かわいい妻を持つ身としては、こんな一面は知りたくなかった」
以前夢枕に三柱から聞かされた光輝神の評判を思い出して、利康は鬱々とつぶやきため息を。
人妻だろうとかまわないでいただいてしまう神。
そんな神の信徒が見定めにやってくると聞いて、妻を持つ男が心安らかに居られるだろうか。いや居るまい。
しかも理由が利康のもたらした茶の湯文化の見極めだと言うのだから訳が分からない。
確かに伝道を自重してきたつもりもなく、今後も遠慮するつもりはない。
だがしかし、秩序の神に目をつけられるようなことをしでかしたことは無いはずである。
「まあ、我が神が人材やらなんやら、色々と篤く支援を下さってるからな」
頭を抱えて嘆く利康に、エルネストが苦笑交じりに応じる。
そうなのだ。
グロレオウスが視察役を差し向けるようなこの事態。これを招いたのは、変革神レンボルテオラスが、伝来した茶の湯文化に肩入れをしていることにあるという。
芸術神に呼び掛けて、はぐれ者の村に陶工を招致。
さらには自分の眷属である三眼族の錬金術師、ルタを移住者として派遣。
そして神官を通して、茶の奉納を度々繰り返し要求。その結果として、伝道者である利康に大神とのコネクションを成立。
ざっと並べただけでもこれだけの、深々と、本当に深々とした肩入れぶり。
それを変革神が何らかの大変事を起こそうと企みを持ってのことと警戒して、ということのようである。
こうして無用な警戒の呼び水となったことは事実。しかしながら、レンボルテオラス神が何くれと人材集めに便宜を図ってくれたおかげで、随分と見通しが明るくなったこともまた現実。利康の中で重荷が感謝を上回ることは無い。
そもそもが光輝神が警戒すること自体がおかしいのだ。
秩序神と破壊神として敵対した過去は確かに。
レンボルテオラス神が騒動を楽しみ好む神格なのも間違いはないだろう。
だがいまさらだ。
元のあり様を取り戻し、流入した新しい文化を楽しむ変革神に対して、何を疑うところがあるというのか。
的外れも甚だしい。
実際利康の不満は、完全にグロレオウスに向いていた。
レンボルテオラスに対しても、イタズラなどに思うところはある。だが変革神には恩義があるし、親しみも感じている。
どれだけ立派であろうと、文すらも交わしたことすらない者。対して義理と情を重ねてきた相手。どちらの肩を持ちに行くかは明白というもの。
結局は下された益からの現金なもの。というのは利康にも自覚はある。だが恩義による偏りは人として特別に恥じるものでもない。
むしろ見ようによっては逆に公平に徹したがゆえであると言える。
「……まあそれはともかく、今はセシルくん御一行を無事迎えることが重要ですね」
「だな」
そう言って頭を切り替える利康に、エルネストは首を縦に振って同意を示す。
光輝神の信徒来訪については、確かに落ちつかない状況ではある。が、いつやって来るか分からないものはひとまず横に置かなくてはならない。
そんな男二人がいるのは、ウリエンス大河の河口部。
エルフの領域側にある港である。
汽水域にあり、漁の他に交易の拠点としても活用されるこの村。ここを亡命するセシルとその一行との合流地点に指定。迎えに出てきたのである。
利康も帝国からの帰り道に立ち寄ったところであり、先に述べた通りに人の往来もそれなりにある。
しかしこうした一般的な出入り口から堂々と渡河する方が、逆に目立たなくなるものである。
ちなみに利康もエルネストも、装いはごくありふれた木綿のもの。和装でも神官服でもない。
なお、フミニアとポリーヌたちには村で留守をお願いしてある。
「あ、その海藻と、エビ……って呼んでいいんでしょうか? それも下さい」
しかしそんな迎え役を帯びて出てきたはずの利康は、港の市に並んだ水産物を買いあさっている。
「おい、トシ? おい?」
「なんです? もういらっしゃいましたか?」
「いやまだだけど。なにそんなに買い込んでるんだよ?」
「ああいや、これは。つい豊富な品ぞろえに惹かれてしまいまして……」
半目になったエルネストからの突っ込みに、利康は苦笑を浮かべて言い訳を。
利康の牽く荷車。
部屋の付いていない正真正銘の、小ぶりなそれの荷台には、既に生干問わずの魚介類で満載になっていた。
海水と淡水の入り交じるところにあるこの港では、海の物寄りながら、どちらを獲るにも都合がよい。そのため幅広い漁獲物が並んでいる、という訳だ。
「まあ、塩の交換もついでに頼まれていたわけですし、そっちはちゃんと済ませてますから」
利康が言う通り、荷台には塩の桶も。
いま二人は、村から塩を取り寄せに来た者を装っているのであり、事実その通りでもある。なので利康の買い物もかろうじて不自然ではない。
「だからって、いまそこまでやることかよ……」
しかしそんな呆れ混じりの一言には、利康も返す言葉が無く、目を明後日へ泳がせるばかりであった。
今回もありがとうございました。
次回の更新予定はやはり未定でございます。気長にお待ちいただけましたら何よりです。
今後とも拙作とのお付き合いをどうぞよろしくお願い申し上げます。




