第八十五席 なんにせよ、もういまさらの話なのです
「急な訪問失礼しました。ちょっぴり驚かせてみたかったのですわ」
「ええ。驚かされました。しかし、お変わりないようで安心しました」
相変わらずの、丁寧に癖づいたウテアのあいさつ。
それに利康は鍋のかかった囲炉裏を傍らに、手をついて深々と返礼。
続いてフミニアが前触れなしの客に、ドライフルーツを干菓子を出す。
「……おい、トシ? なんでミカノ前侯爵が直々に? いや、フミニアさんの縁者だったってのは聞いてるが」
そんな唐突な来客にも関わらず、スムーズにもてなしに入るコガ夫妻。そこへウテアから斜め後ろに引いた位置で胡坐をかいたエルネストが震え声で質問を。
ウルタニア帝国は伯爵家の生まれであるエルネストにとって、ウテア・ミカノ先代侯爵は、まさに故郷を興した英雄。生ける伝説その人である。
たまたまウテアの訪問に重なる形でコガ家を尋ねていたエルネストであったが、そんな存在を前にして緊張しないはずがない。
「あら。言っても私はもう引退した身の上。身軽なものなのですわ」
そんな強張ったエルネストの質問の声に、ウテアは振り返り微笑んで。
しかしウテアはそう言うが、身一つでひょいひょいと国境を飛び越えて出て行けるような軽い人物ではないはずである。
「そう言えばトリネカさんに預けていたコガの木の種の具合はいかがですか? ちゃんと手元に届きましたか?」
そんな思いに苦笑しつつ、利康は馴染みの交易商に依頼して送った種について尋ねる。
カメリア油を搾り出すのに使ったコガの木の種であるが、もちろんそれだけにすべて使ってしまったわけではない。
ウテアの予約のためにキチンと分けておいたものはもちろん。自分の畑を広げるために苗木に育てるものも別にした上で、油に加工したのである。
「ええ、もちろんちゃんと届きましたわ。今は館近くの畑で育てさせていますわ」
銀髪エルフから微笑と共に告げられた無事手に入ったとの知らせ。それに利康も、それは何よりとうなづきかえす。
「え!? 種売っちゃってるのッ!?」
だがそこで高い声が跳ねて割り込む。
その声の主は誰かといえば言うまでもない。赤い三眼を大きく見開いたルタである。
「ええ、欲しいと言われましたので」
畳もどきに寝ころがったまま固まるルタへ、利康はそれがどうかしたのかと首傾げに。
「いやいやいや! 何やってんのトシさん!? 葉っぱは売っても種は売らないってやれば、どんだけ財が入ってきたことか!? それならトシさんからしか、この村からしか買えないんだよ!? 独り占めだよ!?」
しかしルタは跳ねるように身を起こすやいなや、手足を全部を使って利康に詰め寄る。
独占が生み出す巨万の富。そしてそれを自ら手放した愚を説くルタ。
利康はその主張に、なるほど、と納得を示す。
確かにコガ茶葉を村だけでしか手に入らないとするならば。欲しいと思った者は皆、村に出入りする商人を頼りにするしかない。
茶葉も油も、需要のすべてがはぐれ者な村と関わる商人たちだけの物。そうなれば買い手の足元を見たひどい商いさえ可能だろう。
だが種を譲ってしまえばそれもおしまい。
競争相手が生じて買い手は分散。
そうなれば、自分の思うままに値をつり上げることもできない。
誰彼の顔色をうかがいながら、利益が入る状況を守らなくてはならなくなる。
「分かる!? トシさんは自分だけが持ってた、鉄を斬れるような剣を投げ捨てたようなモンなんだよ!? それをすてるなんてとんでもない!」
理解を示した利康に対して、ルタは頭を抱えてのけ反り叫ぶ。
「元気ですねえ」
「のんきしてる場合じゃないよ!? どうすんのよトシさん!?」
勢いに苦笑する利康に対して、ルタは鼻先に噛みつかんばかりに。
それは利康とフミニアがふたり揃って手を割り込ませて。
「今後も譲ってよい方かどうかは考えますが、お求めには応じるつもりですよ」
「はあ!?」
だが利康は独占の有利を認めた上で、あえて逆を行くと。
するとルタは引きかけた顔面をまたグンと寄せる。が、夫妻は壁とした平手をそのまま、迫る少女の顔を阻む。
茶を広く普及させる。
ウテアにも譲ると決めた時から、利康の方針は同じである。依然変わりなく。
「だからっていくらなんでも早すぎるってもんじゃないのさ」
「それはルタさんの言う通りかもしれません」
利康の根っこの方針を聞いた上でしかし。ルタは納得いかないと難色を露わに。
だが利康も方針がそうだからというだけで納得してもらえるとは思ってはいない。
確かに独占できる状況を利用して、村に充分な利益をもたらす前。オンリーワンの時期特有のうま味をろくに得もしないうちに、というのはあまりにも早すぎると。潔すぎる拙いやり方だと非難されても仕方がない。
だが独占は利を集める反面、不利益も少なくない。
独占するということは財宝と、それを産みだすものを見せびらかしておきながら、自分と周辺の極一部にしかその恩恵を与えないということ。
それはむやみやたらに強盗を企むものを増やし、その助けをするものたちを近くに置くも同然。
懐の中身どころか、下手を打てば命までも危ない状況を育てることになる。
加えて広めるのを禁じて留め置けば、産地による味の多様性は生まれようがない。
自分のところで採れるものを唯一無二として。より適した、高質な品を出せる産地に渡るのを妨げ、味で優る物が現れるのを邪魔しているのだから当然の帰結であるが。
茶の普及と多様性を求める利康の考えからして、そこは断じて相いれないところ。
他所の銘茶でどれほどのものが点て、練られるようになるかというのも、利康は内心楽しみにしているのである。
そしてもう一つ。広がりがないということは、何らかの理由でこの村で育てた茶が絶えてしまった場合、それだけでこの世界の茶文化が滅亡に瀕することになる。
実際には絶対に外へ出ないということはありえないので、持ち出された木を中心に甦ることになることだろう。
だがそれでは、無駄な時間を費やすことになる。
栽培も含めてあらかじめ広めておけば、抑えられるはずのダメージなのである。
さらに、権益というものは一度身についてしまえば、外すのは余計な脂肪以上に難しい。
人は易きに流れがちなもの。甘い汁を味わい、それを当然とするようなことになれば、快く手放せる者はそうそういないだろう。
利康とて絶対に溺れずにい続ける自信はない。そんな有り様をさらす自分の図を想像して醜いとは思う。だが現実になれば分からないものだ。
ならばいっそのこと、最初から独占市場が成り立たないように仕向けてしまった方がよい。
逃げの思考と見られるかも知れない。
だが、君子危うきに近寄らずともいう。
麻薬には手を出さないのが最良の対策である。
ただ、巨大な利権という麻薬同然の代物は、立場によってはやむを得ず手を出さねばならぬ場合もあることは確か。
しかし茶の栽培に関しては、利康は固執して抱えようとするよりも、手放した方が長い目で見た場合に利が大きいと見ている。
「と、こういうわけで。コガの木の栽培を独占するつもりはありません。広まってもらわないと僕が困るんです」
栽培を独占した場合に考えられる不利益を並べたて、積極的に広める理由とする利康。
つまるところ、どちらを取れば利康の趣味に有利であるか、ということにすぎないのであるが。
「ぐぬぬぅ……!」
それを受けてルタは、理解はできても納得いかないと言わんばかりにうなり声を。しかし利康の考えを覆す理屈を見いだせないのか、ただそれだけ。
そんなルタをよそに、利康はほど良い温度になった鍋の蓋を外して、茶を点てる支度を始める。
前触れなしなのはともかく、ウテアが直々に尋ねてきた理由は、割り込みのためにまだ聞けず仕舞いである。
しかし、茶を振る舞う機を逸するわけには行かない。
話は茶を出してからでも遅くはない。
今回もありがとうございました。
次回の更新日時は例のごとく未定です。気長に待っていただけましたら何よりです。
今後も、拙作をどうぞよろしくお願い申し上げます。




