第八十四席 カモッセ一号くん
冬の足音も日に日に高くなる今日この頃。
村をぐるりと囲む樹木の垣根。それを抜けた風がひやり。また一段と濃くなった寒さを感じさせる。
太陽を遮る雲も厚く、空模様は薄暗い。
「……ひと雨来そうですね」
「ええ。風の精霊に水の精霊が混じって騒いでます。この調子だと……夕方辺りが怪しいです」
そんな曇り空を見上げながら、着物にコガ家紋の羽織を重ねた利康がぽつりと。
すると青い四角襟の和装用コート、道行を着たフミニアもその傍らで曇天を仰いで。
天候にまつわる精霊の動きから推し量るフミニアの天気予報。
これは目に見える範囲、当日中であれば非常に的中率が高く、利康もこれまでに多大な恩恵を受けてきている。
もっとも、自分たちの頭上からいくらか、時間も一日程度のところに限るとは言ったが、それだけで充分に事足りるので大きな問題は無い。
遠出をするのなら備えをした上で、フミニアに空を見てもらえばいいだけの話なのだから。
「ちょいとトシさんに奥さん! お空をぼんやり眺めてないではやくはやく!」
そんな下り坂の天候を眺める若夫婦を急かす声が。
その声に誘われ、二人が揃って道の先に目を向けると、そこには跳びはね手招きするルタの姿が。
「早よ! 二人とも早う! なんならトシさんだけでもいいから早よう!」
「させませんよ?」
焦れのまま、くり返しくり返し急がせるルタ。
片割れだけでも良いとのその招き。それをフミニアはあくまでも穏やかに切り捨てて、夫と共にトゥリゴーノ娘の案内に従う。
先の見返してやる宣言から数日。ひとまず形にしたものを見せたいということで、コガ夫妻はルタの招待に従ったのである。
やがてルタの歩みは固く均された土の道を外れて、木立の間へ。
そして森の浅いところにたたずむ一軒家を前に止まる。
「さ、入って入って」
ルタにと贈られた、自宅兼工房である薬師の遺産。
急凌ぎの修理と清掃にもかかわらず、一見には修復された箇所の分からない家。
いまルタが開けた扉もまた塗料が施されて、穴を埋めるのに用いた新しい木と元々の古い素材との境は探さなければ見つけられない。
「お邪魔します」
上がるように促すだけ促して、さっさと家に入ってしまったルタ。
支えを失い閉まろうとする扉を支え、利康はフミニアと声を揃えて建物の中へ。
上がった小屋の中は雑然としている。
入って正面の作業机。その上から周辺の床には木の板が散乱。
おそらくメモ書きに使ったらしきそれら。その中には、何らかの薬草を磨り潰したものや、または骨や石を削った粉を乗せたものも。
天井からは様々な薬草が束ねて吊り干しにしてある。それも作業机まわりの一角にではない。ほぼ一面にである。
その他にも何かの材料なのか、小さな結晶や貝殻などが無造作に。
そして用途が分からないと言えば、壁の一角を埋める道具の数々も。
無数の細かな管で結晶体を取り囲んだ明らかに作りかけの品。
まだら模様の金属とも陶器ともつかない材質の円盤。
割れた壷の下半分と、そこに収まった壷の上部分のものらしき破片たち。
片づけ? そんなことより研究だ! と言わんばかりに、まったく整頓されていないこの有り様。
裸足では怖くて足を出せない様子に、利康は苦笑を。
研究者という者の管理する空間は、乱雑ながら独特の理が光るというものがありがちである。
が、それはやはり個性そのものであるがゆえに、芯と通った理については余人には見えづらいモノである。
乱雑な工房の中身も、持ち主である探究者の精神の表れとして面白く思えるものである。
「……これは、もう少しなんとかなりませんか?」
「そんなのを見るよりさ、いいからアレを見てよ! アレを!」
だが人を招く以上は、もう少し整えてはおけないかと利康はつぶやく。
しかしルタはそれをさらりと一蹴。本題の品の方を指し示す。
そこはがらくたにしか見えない品々から少し離れた場所。
しかしそこにぽつねんと分けて置かれているのは、地味な樽がひとつ。
あまりにも変哲のない樽に、利康とフミニアは確認の意味も込めてルタへ目を向ける。
「早よ、早よ見て!」
だがルタは自信満々に目を輝かせて急かすばかり。
それにルタの今までの所業から不安を覚えながらも、コガ夫妻は、見せたいのは樽の中身かと揃ってのぞき込む。
「これは、腐葉土?」
「です、ね」
しかし樽に詰まっていたのは腐葉土。朽ち葉が発酵して変じた栄養豊かな土である。
樽いっぱいにとはいえ、腐葉土というだけならば森を歩けば足の下にいくらでもあるものである。
見せるからには何が違うところがあるのだろう。そう思い、利康はフミニアと共に首をひねりつつも樽に手を触れる。
すると樽に触れた手に、ほんのりとした温もりが。
「ヒヒハ! それは腐葉土で大正解! でもそれはこのルタさんが作った道具のおかげで出来たものなのさ!」
腐葉土詰めの樽を見て頭を悩ませる利康たちに、ルタが種明かしにかかる。
「トシさんから聞いたハッコウ、だっけ? あえて腐らせる方法を聞いて、こうピンと来たのよさ! ならいつでも腐りやすいようにすればいいんじゃね? ってね」
「この温かさ……この樽に中身の温度を調節する仕掛けがしてあると?」
「なんだぁ、もお。全部言わせてくれたっていいんじゃないの?」
「ああ、これは失礼しました」
答えを言い当ててしまった利康に対して、ルタは不満げに唇を尖らせる。
しかし一言詫びれば三つの眼をじとりと半ばまぶたにしながらも、詳しいところの解説を再開する。
そうしてルタが語るところによれば、利康がせっかちにも見抜いてしまったとおりに、熱を保つ仕掛けがしてあるのだと。
利康の備忘録である木簡には、味噌づくりについて記した文もある。
ルタにその内容を解説するさいに、微生物による発酵・腐敗変化についても合わせてできる限りの説明をした。
しかし眼に見えないほどに小さな、細菌などの生物の存在については半信半疑。いや、むしろ疑いの方が先に立つ程度。
だが地方、時季によって、腐敗の進みが異なるということは実証がある。
そのため不完全ながらも、温度と湿度によって腐敗変化の促進と、逆にその抑制が可能であることについては理解してもらうことはできた。
そうして伝わった知識によって生じた発想が生んだのが、この腐葉土を満載した温もりある樽なのだという。
樽自体は廃材を適当に頂戴したもので、形を成した木はボロもいいところ。
機能の肝となるのは木材を締める金具である。
この金枠、ルタの錬金術により、熱を放つ石が錬り込まれており、さらにその制御をおこなう魔法術式も彫金されていた。
これにより周囲の気候と、加えて発酵自体で生じる熱と合わせて、与える熱量を調節。きちんと管理すれば過剰な熱を含ませるのを予防することも可能となっている。
ということはつまり、情報さえあれば必要な菌に合わせた適温を作り出し、維持することが可能だということである。
「なんと、なんという!?」
「どうよ! ルタさんのこの発酵増進器『カモッセ一号くん』の出来栄えは! 腰抜かしモンでしょね!?」
この、名はふざけているが機能は本物の発明品の出来に驚く利康に、ルタは鼻高々に豊かな胸を張る。
さらに本体は外枠の金具。容器の部分を整えれば、この村の農作を支えるだけでなく、主力商品の増産にも一口噛むことになる。
そう、鮎魚醤のである。
利康が製法をもたらしたこれは、癖少なくしかし旨味のある調味料として交易商にも強く求められているものである。
この商品の生産量が増えれば、村はさらに豊かになる。
その期待もあれば手も震えるというモノである。
「ところでこれ、逆の……冷やして乾燥させる方面のものは……」
「おーい。旦那ぁ。旦那さんやーい」
そして利康がさらに逆方向の、保存庫としての用途のモノを作れないかと思いついたところで、ふと外から女の声が。
「ヒラトワさん? どうされました?」
「ああ奥さん。ということはおそろいで」
それにフミニアが工房から顔を出して応対。
するとヒラトワは駆け足で来たのか、額を濡らす汗を拭って一息。それからコガ夫妻を探していた用件を口に出す。
「お客さんす。ウテア様がお見えすよ」
今回もありがとうございました。
熱を出して一日寝込んでしまいました。皆様も体にはお気を付けください。
さて次回の更新予定はやはり未定であります。
今後とも拙作をどうぞよろしくお願い申し上げます。




