第八十三席 意地の悪い話をしてでも奮い立たせなければ
「ところでルタさん」
「ハイハイなにかなトシさんや?」
フミニアをなだめ慰めながらの呼びかけに、ニマニマと緩んだ顔で応じるルタ。
「先にお願いしておいた物は上手くいきそうですか?」
「ああ、あの肥料だかなんだかのつまんないの?」
しかし利康が続けた問いかけに、途端にむっつりと顔を歪める。
ルタという錬金術師に利康が求めているのは、主に金属の加工。
この世界ならではの金属、合金の調達と、それらを含めた金属成分を調合した釉薬の生成である。
だがそれも今すぐにというわけには行かない。
原因としてまず、ルタが前触れなしに引っ越してきたため、村に錬金術師を迎える準備は何も整っていなかったこと。
住まい自体は、薬草調合を生業にしていた老人の遺した空き家があったので、そこを急ぎ修繕して使ってもらうことになった。
調合や研究に取り組めるだろうと考えて住まいとした薬師の家。
確かにもくろみ通り、かつて薬師が暮らしていただけに、薬草の加工、調合には不自由しない環境が整っていた。
であるがしかし、結局はそこまで。それ以上でも以下でもない。
ルタが持ち込んだ道具と合わせても、本格的な錬金術研究を行う工房とするには不足があるのである。
広さも足りなければ、小さな竃用の煙突しかない。そのため、大釜を使うには外気の影響に晒される野外でやるしかない。
急いで整えたものとはいえ、とても利康の要求に満足に応えられる環境ではない。
また別の問題として、村の立地そのものが挙げられる。
このはぐれ者の村は、エルフの保護する大変に豊かな森林の中にある。
豊富な植物資源に囲まれたこの環境は、薬草の宝庫であるといってもいい。
しかしその反面、金属を自給することができないのだ。
小高く隆起した丘。その断面から細々と鉱石を掘り出せるところも無いではない。
また地下深くまで掘り進めば、何かしらに当たる可能性はゼロではない。
だがしかし、掘削は絶対のゼロでないというだけ。
どれだけ労力をかけても、当たりを引く見込みはほぼ無い。
結局博打にもならない事業に違いはないのである。
というわけで、卑貴問わず金属は交易で手に入れるしかないのである。が、そうなれば先立つものが必要になる。
これまで利康が開発してきた特産品候補も、初期のものが軌道に乗り始めた程度。
金属資源を芸術に、ひいては道楽につぎ込めるほどの物流も資金力も、まだ村には備わっていないのだ。
つまり錬金術師を迎えるには、村の規模そのものの段階からそもそもが時期尚早であったということである。
しかし、ルタが持つ錬金と薬学の技能は、遊ばせておくにはあまりにも惜しい。
そこで利康は、まず食料生産力にも密接した農業の発展に携わってもらおうと。そう考えて研究をお願いしたのである。
そもそも、収穫祭に乱入して祭の始まりを躓かせたこともあって、村の衆からのルタへの印象は良くない方向に深く刻み込まれている。
ここで村の生活の底上げに役立つ研究成果を出すこと。
それが出来れば、ルタへの評価もいくらか上向きになるだろうことも見込んで依頼したのであった。
「つまらない、ですか」
「そうだね。つまらないね。色々やるには足りないづくしだけど、この天才錬金術師のやる仕事じゃないね」
しかしそんな思惑を持った依頼はつまらない仕事だと一蹴されてしまう。
「ルタさん……!」
夫の気づかいを一顧だにしないその態度にフミニアが柳眉をつり上げて腰を浮かしかける。
しかし利康はそんな妻の肩を抱き、頭を振って制止する。言葉は無しに、この場は任せるように、と。
その目配せを受けてフミニアはしぶしぶと矛を納める。
利康はそんな妻へ、感謝と詫びの気持ちをこめて肩から背中を撫でさする。
そうして改めてルタに、と向き直れば、そこにはぐったりと畳もどきに横たわる、青髪赤三眼の娘がある。
「ど、どうされました!? どこか具合でも?」
「あ、ウェポンウェポン……じゃなくて、平気平気。胸焼けがしただけだから」
「胸焼けって、まさか薬湯のお薄が体に合わなくて!?」
「違う、そうじゃないの。これは……アレね。精神的なヤツだからね」
急に具合を悪くしたルタの様子に、利康は直前に口にしたものが合わなかったのかと心配する。
だが当のルタ本人は精神、気分からくるものだから見た目ほど問題ないと、平手を盾に押しとどめる。
ただの強がりでは。と、訝しむ利康。
しかしルタはそうした重ねての心配に、問題はないとくり返す。
「トシさんと奥さん、二人の甘ったるさにあてられただけ。病気とかじゃないのね」
苦笑交じりのルタの言葉に、コガ夫妻は互いに顔を見合わせる。
そして利康は、フミニアと同時に目を泳がせて重ねていた視線を外すと、咳ばらいを一つ。
改めてルタの三眼を見る。
「……ところでルタさんは、必要な薬草を自分で育てたことがあるんでしょうか?」
「ほえ?」
唐突に話の流れを切り替える問い。
それに青毛の三眼族は呆けた声を返す。
「つまらないと言いきったからには、すでに研究を終えていて、作ろうと思えばすぐにでも見事な薬草園を作ることができる……んですよね?」
「あ、や……まぁ、ね。天才、ですもの? その気になれば、ね?」
笑みを深めた利康が、重ねて質問を。
するとルタは、その赤い三つの猫目を右往左往にザッブンザッブン。泳ぐ目が息継ぎあえいでいるかのような間で、途切れ途切れに曖昧な答えを返す。
しかし利康は、あからさまな狼狽ぶりに対しても笑みを崩さずにさらに切り込む。
「そうですよね。そうでしょうとも。で、栽培を実践したことはあるんですか? ないんですか?」
「うあー……わー……理論は、知ってる」
「そうですか、理論知ってますかすごいですね。それで、育てるのを実際には?」
「おぉう、うぅん……無いよ! 確かにルタさん手ずから薬草の栽培をやったことは無いね!」
やんわりと、しかし誤魔化しを許さぬ利康の問い。それに呻いていたルタは、とうとう捨て鉢にぶちまける。
「でもだからってなんだとて!? 栽培なんてしなくたって集めてくればいいだけだよね!?」
そしてやけっぱちな勢いのまま開き直りに。
対する利康はしかし、微笑を崩さずにかぶりを振る。
「いいえ。何も問題はありませんよ」
「む、うぅ?」
そんな利康の返事に、ルタはがくりと肩を落とす。
あれだけ執拗に問いつめておきながら、実際には何もとがめることは無し。
利康の真意がまるで見えないその対応。
それに勢いを殺がれたルタはもちろん、フミニアや弟子エルフたちもまた首をひねる。
「僕は必要にかられて、茶葉の採れる木の栽培を試行錯誤していますけれど、ルタさんにとっては無用の手間だというだけですからね」
「ぐぬぅお!?」
穏やかな、しかし皮肉のこもった一言に、ルタはうめき声をひとつ。
「いやいや、僕の場合は数寄心を満たすために、素材から少しでもいいものを用意したくてですから。優れた技術でカバーできるルタさんには試すまでもないことなんですよね」
「うぬぐぐぐ……」
続けての利康の言葉に、ルタは言葉を返すでなくただうなり声を重ねるばかり。
これがただ単に自分の実績を盾にした言葉であれば、「そんなことは知らん」とあっさり流されていただろう。
だがそこに数寄、趣味に妥協していないが故という一要素が加わるだけで、まるで話が変わってくる。
才気の有無は置いておくとして。ルタが錬金と薬学の研究に、趣味的なこだわりを持っていることはうかがえる。
そこで妥協していると言われて。さらに言い逃れのできない軽んじていた実態を突き付けられては、趣味人としては黙ってはいられまい。
道楽者としての共感から利康が見込んだ通り、ルタは返す言葉も見つけられず悔し気に下唇を噛む。
「ッ! お、のぉれぇええ! トシさんには絶対に、絶対にほえ面かかせてやるんだからねッ!!」
そして弾かれたように顔を上げるや否や、腰から魔法のトンボ羽を展開。微振動するそれが生む浮力と推進力に任せて表へと飛び出していく。
「大丈夫、なんでしょうか? 村を出て行ってしまったりなんてことは……」
ルタの出て行った縁側に目をやりながら、フミニアが心配そうに。
「そこは、まあ大丈夫でしょう……」
利康がそう答えかけたところで、羽音が戻ってくる。
その音に釣られて振り返れば、置忘れた靴を取りに戻ってきていたルタの三眼と目が合う。
「絶対ぎゃふんと言わせてやるんだからね!?」
ルタは重ねて捨てゼリフをもう一つ。革靴を手に再び空へ。
「……まあ、僕を見返すまでは大丈夫でしょう」
「そのようですね」
去っていくルタを見送りながら、利康とフミニアは揃って苦笑交じりにうなづき合う。
今回もありがとうございました。
次回の更新日時ですか。そんな先のことは分かりません。気長にお待ちいただく他ありません。
今後とも、拙作をどうぞよろしくお願いいたします。




