第七十八席 心配的中
「わ、わ! 落ちる! 落ちちまうぞ!?」
「う、受け止めるすか!? それしか無すか!?」
やぐらの上で手を回し、落ちまいとバランスを取るフードの女。
下に集まった面々はそれを見上げながら、どうこの場を無事にしのぐかと慌てふためく。
足音高く右往左往する村人たち。
聖地近くとは言え、さほど大きくはない森の村。
祭に建てるやぐらも人口と規模相応のもので、さほど高いものではない。
しかし人間が落ちて、絶対の無傷を約束できるものでもない。
ましてや自分から胆を据えて飛び降りるのでなく、落ちるのだからなおのこと。
奉納の試合か、あるいは血を捧げる儀式ならともかく、そうでない催しの場で血が流れ、負傷者が出るなど、験が悪いにも程がある。
「ちょいと奥さんの姉さまや! おいたの始末はつけて欲しいす!」
「ほいほーいほほーいっと。準備はしーてるから、慌てなーくてもだいじょぶよーぉ?」
責任を取るように願うヒラトワに、アイアノは手を軽く扇がせながら、いつもの調子を崩さずに返す。
だがその真後ろを、落ちてきた何かがかすめて着地。
何か。と、振り返るアイアノと、足を止めて覗く一同。
その視線の結ぶ所には、やぐらの上で打ち鳴らされていたらしき太鼓が。
もう少し尻が厚ければ削れていた。具体的には妹と同じくらいであったなら。
戦慄するアイアノも含めて、落下の軌跡をたどるように顔を上げる。
そこは案の定やぐらのてっぺん。
無手になったフードの女が、仰け反りつつ腕を羽ばたかせているところであった。
「おぉ!? ひょひょひょひょぉおお!?」
奇妙な声を上げながら腕を回し、羽ばたかせ、辛うじての均衡を保つフードの女。
しかし不意の風に危ういバランスはもろくも崩れ、奇声を噛み殺す暇もなく、やぐらからまっ逆さま。
「落ちたぁあああッ!?」
よりにもよって頭から。
重傷必至の落ち方に集まった村人から悲鳴が上がる。
『風よ。彼女を支えて……』
しかしアイアノとミッテウルの親子は慌てず騒がず。精霊の助力を求めて力ある言葉を口に出す。
「開けーつばさぁーッ!」
だが空気を波立たせる言葉を遮り、フードの女は声を。
軽々とした調子で高らかに唱えた文句。
それに続いてフードの女から淡い光が幕となって伸びる。
左右二対。背中、というよりは後ろ腰辺りから伸びた光の幕はすぐさま振動。
直後、地面と頭との間に随分な余裕を開けてフードの女は宙返り。光の羽根の形と動きも相まって、トンボを思わせる動きで空を飛んでみせてくれた。
思いがけぬ動きに絶句する村人たち。
見上げるそれらを尻目に悠々と宙を舞い、やぐらの根元に集まる村の中心人物たちの下へふわりと。
間近に降り立ったことでその体格がはっきりと分かる。
利康はもちろん。フミニア、アイアノよりも背が低く、随分と小柄。
しかしカワロたちほど低いわけではないし、横幅も細身である。
「ドッジャーン」
そんな小柄な女は両腕を広げ、フードに隠れていない鼻から下をドヤ顔にゆがめる。
見える小ぶりな鼻と唇は形よく、肌も白い。顔の下半分だけとは言え、なかなかに整った顔をしているように見える。
だが自慢しいに緩んだ表情で、そのせっかくの造詣も台無しである。
ともあれ無事であったのは良かったものの、ドヤッとしたその仕種にこの場の誰もが返す言葉を見つけられない。
「ありり? こいつは派手にやらかし過ぎて、ついてこれなかったかね」
そんな困惑からの沈黙に、フードの女は肩をすくめて首傾げ。
「……あの、どちら様でしょうか? 先の騒ぎの目的もですが、そちらの素性も気になっていまして」
「ほう!? ワレに名乗れと申されるか!? ならば尋ねた側から名乗るのが筋というものでは!?」
自己紹介を求めたことに、大仰な身振りを添えての切り返し。
予定にない乱入をしておきながらの言葉に、利康も困り顔に。
しかし、彼女の有無を言わさぬ勢いに押される形でうなづき口を開く。
「この村の村長を任されております、利康・コガと申します。それで、貴女は何者で、なにゆえにこの収穫祭に?」
名乗った上で改めて腰を低く尋ねる。
その態度に気をよくしてか、女はフードから見える鼻から満足げな息を一つ。大きく首を縦に。
「よろしい! ダレかと問えば答えもしよう!」
そして鼻の穴を広げるほどの勢いそのまま、目深にかぶったフードもろともにマントを脱ぐ。
覆いを剥いで露わになった女の顔。
まず目を引いたのは短い青の髪。
それは跳ね返した陽光で白銀の色を弾けさせる。
そこから下ったところにある目はなんと三つ。
通常の人間と同じ位置に加えて、額にもう一つ。血のように赤く、猫に似た目が三角形を描いているのである。
「三眼族か。我が神の血肉から生まれたという……」
「おぅいぇー! そう、ウチは三眼族のルタ! 医薬錬金の極意を追求する天才なのだぁあ!」
三つの眼という特徴を見たエルネストの声。それを受けて、ルタは胸を張って高らかに名乗る。
そうして旅装を押し上げる膨らみは、背丈に比べて随分と豊かであるように見える。
エルネストのこぼした種族の由来と、ルタ自身の語る技能。
それを聞いて利康はなるほど、と。彼女がレンボルテオラス神の配してくれた人材であろうと察する。
「ああ「破歓孵化」の聖印……ってことはアンタ、レンボルテオラス神官さんなのね」
一方でルタはエルネストの身に着けた、孵化する卵を模した変革神の聖印に気づいて、親しみを帯びた笑みを浮かべる。
「そのレンボルテオラス様から知り合いの神官づてに、この村で錬金術が大活躍しそうだって聞いたもんでね! もうこれはこの天才錬金術師の出番ってなもんで、居ても立ってもいられず思い立ったが吉日ってね!」
そして親指を立ててこの村を訪れた経緯をハキハキと、それはもうあふれ出た活力が波として辺りの者たちにたたきつけるほどに元気よく。
利康の推測したところにピタリと当たったきっかけの話。
それを受けてコガ夫妻は目くばせ。
彼女が自分たちがらみで村へ導かれた人材に違いないと確信する。
「お導きの話は分かりました。それで、ルタさんはなぜ、あんなこと……収穫祭のやぐらを登って騒ぎを?」
「それはルタさんを印象付けたい人がいてね? 衝撃っていうか、目ん玉が飛び出す感じを狙ってみたのさ」
騒々しい行動を起こした理由を問えば悪びれもせずに。
初対面にインパクトを。と言うことならば、その狙いは達成されたことだろう。
利康は激しい太鼓の音を聞く度に、ルタを連想しそうなほど強く結びついた印象から、そう確信する。
しかし、刻み付けられた印象の好悪は別として。
能力が自己申告通りかどうかはまだ分からない。が、他人の感性にあまり配慮の向かないタイプであろうことは確信が持てた。
このような人物はあっさりと集団に溶け込むか、いつまでも浮き続けるかのどちらか。
仮に後者であった場合、周囲と間を取り持ち続けるのはなかなかの重荷である。
それを思うと、利康は今の内から頭痛を禁じえない。
「その、衝撃的に印象づけたい方……というのは?」
そんな利康の左隣。フミニアがそこからわずかに前に出て、ルタへ質問を。
錬金術師との間に入り、夫を庇い隠すようにしての問いかけ。
常ならぬ、警戒心をにじませたフミニアの様子。
それに利康が首を傾げる一方で、ルタは笑みを深める。
「そりゃもちろん発想の塊さんにさ!」
親指を立てての勢いの良い答え。
しかし具体的な名前でないにもかかわらずフミニアは警戒を強める。しかし利康はついていくことができずに、戸惑いのまま首を傾ける。
「発想の塊さん? ……ですか?」
「そうそう! なんか聞いた話だと、新しくて面白い概念と発想を山ほど蓄えた、人が村にいるらしいじゃん!? その人とお近づきになる前に一つ、このルタさんをバシッとね!」
つまりは利康に強い印象を与えることを狙った、ということらしい。
その企みを聞いたフミニアは尖り耳を鋭く逆立てて、夫を明確に狙って近づく女への警戒心を強める。
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