第七十五席 夢幻の巨神茶室
「縮こまるこたないっつったって、この差を決定した俺の言うこっちゃないんだがな!」
レンボルテオラスは畳もどきの上に胡坐座に、自分の前言を豪快に笑い飛ばす。
そうして右手に持ったお猪口の中身をぐいとあおって。
そんな変革神の正面には、正装し床に正座した利康が。
その手は同じく和装姿の妻と共に、どんぶりじみた茶碗に薄茶を点てている。
コガ夫妻にとっての大茶碗と、神々の摘まみ持つお猪口は同じ物。
お互いの大きさはどちらもまったく変っていない。
神々の語るところによれば、この茶室はレンボルテオラスの神域に構えられたモノなのであるとのこと。
では利康たちは眠っている間に神々の茶席に連れてこられたのかと言えば、厳密には違う。
コガ夫妻の肉体は今も変わらずはぐれ者の村にある家で、同じ布団にもぐって眠っている。うなされたりはしているかもしれないが。
この場に呼び出されている二人は精神体。
夢の中にいる二人の心を、神域の茶室を写し取った夢の世界へ呼び寄せた、ということらしい。
それをかなえたのが冥王の妻である、眠りと夢を司る女神ヒュプラミクスの力によるのだとか。
神々と比べてコガ夫妻が小さいのは、精神的なエネルギーの差の表れなのである。
もっとも、神々は二人を威圧のあまりに潰してしまわないようにと、力を抑えた上での差なのだが。
その一方で、侮られない程度には差を思い知らせようというのが、レンボルテオラスの考えにあったのも確か。
威を見せつけて、かつ潰さない。そうしたほど良い塩梅を狙ったのが、この巨人と小人という目に見える差なのだという。
さすがに神というべきか、変革神の狙いはきれいに的中したと言っていい。
「やっぱりここに呼び寄せたのは正解だったな。夢の中なら茶の材料にも困らないからな」
そう言ってレンボルテオラスは、点てたばかりの薄茶をむんずと。先のものと同じようにひと舐めにしてしまう。
変革神にとって憑代を介した訪問ではなく、夢の世界に招いたのは、お猪口サイズであっても茶を遠慮なく味わうためであった。
つまり利康からすれば、お茶を点て放題という事でもある。
それは願ったり叶ったりのことであるので、よい。
妻と暮らすこの世界に来てからこっち、抹茶の在庫を気にしないことは無かったからだ。
振り返ってみれば、茶葉になる木を探したり、やりくりするのもそれはそれでやり甲斐もあって面白い。
そこに間違いはない。
しかしイメージするだけで茶器を抹茶が満たしていくのは、夢のような状況である。
と言うか、まさにこの場が夢の世界そのものなのであるが。
「トシヤスさん次のをお願いします」
「ん。任せてください」
フミニアの求めに快諾して、利康は視線をやる。
するとフミニアの手元に棗茶器がふわりと。
しかし利康に意外であったのは、この夢幻の茶室にて精霊魔法の使い手であるフミニアが、夢の力を活かすことができない事である。
フミニアがいくら念じても抹茶は茶器を満たさない。さらに湯に沸かすための水も、釜の中には注がれない。
必要なものが出たのならば、その度に先のように利康が補填、移動させているのだ。
「ありがとうございます。試してはいるんですけど、どうしても上手くいかなくて……」
「いいんですよ。けれど、なぜなんでしょう?」
手間をかけさせたと詫びる妻に頭を振って。しかし利康はなぜにフミニアが夢の茶室で自在に振る舞えないのかと疑問を。
「おそらくは修練の差だろう」
そこへ静かな声が割って入る。
ヒヤリとした夜風に似たモノを帯びたその出所を辿れば、黒髪の美男が小さな器を傾けているところであった。
冥王の姿勢も正座ではなく、茶というよりは酒を飲むような姿勢ではある。が、それが逆に色気を生んで様になっている。
「この部屋……否、茶席、だったか? そのために設えられた場であり、この場が精神の影響の色濃く出るところである以上、修練を重ねたそなたの方が自在であるのは自然なことだ」
短いすすり音に続いた説明。
それに利康とフミニアはなるほどとうなづく。
十年心得を学び、この地で願われ望んで教える側に立った利康。
その一番弟子として数ヶ月を学んだフミニア。
想像力の働きの強さも、滑らかさも、比較すれば段違いになるのも道理。
現時点に限定。同じ条件であれば、この世界において夢幻の茶室をここまで支配できるのは利康以外にない。
「ところで兄弟? 私が協力したのは彼に茶の無心をするためではないのだが?」
「私も。こうして祭壇や偶像越しでなく体験させてもらえるのはありがたい。だけれど、本題を進めても構わないわよね?」
ゼオダイに続く形でアトラカリシアも、コガ夫妻を呼び寄せてこの場に集まった目的を果たさせろと変革神へ。
「おう。なんだそんなの遠慮せずに話進めてりゃ良かったのに。俺はお前らのあとでいいから」
しかしレンボルテオラスはあっけらかんと了解を出し、お猪口碗の薄茶をくいっと。
それにゼオダイはため息交じりに首を横に。
そうしてアトラカリシアと目配せをすると、腰の位置を正して改めて利康らを正面に。
「生者の世界に対しては枷が多い身ゆえ、少々間をあけてしまったが……そなたには礼を言いたかった。多くの哀れなる死者が冥府に落ち着くことができたことに感謝する」
「いや、なんとももったいないお言葉で。私が寄る辺ない魂に差し上げたものといえば、粗末な塚とお茶一服のみ。無事落ち着けたという知らせで報いは充分でございます」
ゼオダイ直々の謝意。
それに利康は面食らいながらも、どうにか崩れない程度に返礼を。
「ああ、この前私が信徒を浄霊に派遣した時の。三月と少しというと、人間の感覚では大分間が空いているのではなくて?」
「相変わらず律儀だよな、こいつ。ヒュプラミクスを嫁にって時も、わざわざ俺に娘さんをくれって挨拶に来たんだぜ? 勝手にかっさらっていけば良かったのによ」
「今その話は関係ないだろう、兄弟」
からかうように嫁取り話の逸話を語る変革神に、対するゼオダイは低い声ですごむ。
だがレンボルテオラスはまるで堪えた様子もなく、苦笑交じりに肩をすくめる。
「そう言えば、レンボルテオラスに誘われて身軽な信徒に託宣をしてみたのだけれど、思いがけず面白いつながりが出来たものだわ」
「あ、こいつの贈り物には気をつけろよ? 特に壷とか、爆発するかもしれないからな」
「それは争っていた頃の話でしょう? 略奪されるだろう宝物に爆発の術式を仕込むように託宣しただけよ」
またも横からの茶々入れに、アトラカリシアは細い目をさらに鋭くして変革の神へ。
その話に利康はふと松永久秀と茶釜「平蜘蛛」の最後の逸話を連想する。
もっとも松永弾正の場合は、降伏の証に献上せよと言われたのを拒否してのこと。なので偽りの贈り物という意味ではトロイの木馬の話の方が近いか。
なお宝物と心中したとされる経緯についても諸説ある。
切腹後に首と共に家来に爆破させた。叩き壊した上で焼身自殺したなど。
しかしなんにせよ秘蔵の名物、宝物と運命を共にしたらしいと言うところに違いはない。
趣味人の最期としては、なかなかどうして、眩しいものがある話である。
「それにしても面白い衣ね」
「ありがとうございます。しかし夫の話からどうにか形にしたといったところでして。拙くお見苦しい出来のところもあるかと思います」
「そこはそうでしょう。しかしそれは割り引いても面白く美しい衣だわ。このアトラカリシアが、その権能において認めます」
「光栄です」
利康がそんな偉大な数寄者に思いをはせている間に、和装に目を止めたアトラカリシアがフミニアの作を見どころがあるものだと。
妻の作が神に認められたとあれば、それはもちろん利康にとっても誇らしいこと。
どれほどかと問われれば、思わず頬が緩むくらいのものである。
「お、そうそう。俺の話も本題に入らないとな」
そこへふとレンボルテオラスが忘れないようにと。
そのニンマリと深まった笑みに、利康は緩んだ頬がさっそくにひきつるのを実感する。
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