第七十四席 冥王様は話どおりの紳士でした
音を立てて横滑りに動く板戸。
「と、トシヤスさん」
「だ、大丈夫。大丈夫ですよ」
大きく長い指のかかった戸の動きに怯える妻を、利康は前に出て庇う。
切った張ったという観点において、利康はフミニアに全面的に劣る。
しかし妻の盾と立たずに何が夫かと、利康は半ば意地で、巨大で得体のしれないモノに向かう。
そのうちに引き戸は完全にその口を開く。
「そこな生者たちよ。もう少しばかり脇に退いた方が良いぞ」
そして身をかがめるようにして入ってきた青白い色をした巨大な顔から、冷ややかな声が。
癖一つない長い漆黒の髪。その合間から放たれた声の帯びる圧力に、利康は凍てついたようにその身を強張らせる。
それは背後に庇ったフミニアも同様。
むしろ圧の強さから夫婦そろって畳の赤いシミに変わらなかったのが不思議なほどである。
「これは、怯えさせてしまったか? 脅すつもりは無かったのだが……」
そんなコガ夫妻の様子を見下ろして、青白い男の顔は黒い柳眉を八の字に。
「おぅい、何やってんだ。後ろがつかえてんぞ?」
「早く入ってほしいのだけれど?」
「分かっている。そもそも兄弟、お前が信徒に話を通させているはずではなかったのか?」
さらに巨人用にじり口の向こうからも力を帯びた声が。
投げかけられたそれに黒髪の巨人は抗議の声を返す。が、利康たち夫婦はさらにその身をすくませ縮こまるばかり。
後ろからの催促。前をふさぐ震えた小さき者。
黒髪の巨人はそれらを八の字眉のまま交互に見やると、ため息交じりにそっと利康たちを持ち上げる。
おもむろに体に触れた巨大な手。それに利康とフミニアは揃って悲鳴じみたかすれた息を。
しかし冷たく細い手が行ったのは夫婦を壁際に寄せただけ。
抱き寄せ運ぶでもなく、ただ邪魔にならぬように除けただけである。
その扱いにコガ夫妻は身を寄せ合ったまま、巨人を見上げて瞬き。
対する黒髪の巨人はそんな視線に対して無言でため息を。そして彼の体格に合わせたような巨大躙り口を潜って茶室の中へ。
そうして実際に入った様をみれば、やはりこの茶室がこの巨大な男を基準に作られているのだと分かる。
彼とこの茶室から見れば利康たち二人はミニチュアの人形も同然。
具体的には6分の1サイズの。
この明らかに周囲が身の丈と噛み合わない状況からするに、この巨大な茶室にとって利康たちは異物でしかない。
にもかかわらず、不健康な顔色の巨人は場に不釣り合いな存在を問答無用に追い払うでもなく、邪魔にならないように除けるのみ。それも先に警告としてひと声かけて、小さな者たちが動かなかった上でのことだ。
圧し掛かるような声のその後。
続いた戸惑いぶりを落ちついて振り返るに、手間もなく叩き潰せる存在に配慮と礼節をもって接してくれていたとも見える。
人間でいえば家に入ってきていた虫を、潰すことなく邪魔にならぬところに避難させておいたといったところか。
もっとも、足を出した先で踏んづけそうになったのを、みだりに潰すのも気分が悪いと避けた程度の認識なのかもしれないが。
しかし根っこの思惑はどうあれ、丁重で紳士的な対応をとってくれていたのだろう。
そこへ思い至った利康は、その場にいずまいを正し、眉をひそめる巨人の青年へ声をかけようと。
「あぁーあ、そんなことも言ったっけな?」
しかしそれに被せて、とぼけた声が。
合わせて外に待っていたらしい別の巨人が入口を潜ってくる。
彩りうつろう髪。
さらさらと流れるたびに色を変えていくそれに覆われた頭が最初に。
正面にあったつむじが持ち上がると、下になっていたあどけない面があらわに。
その少年の顔は、利康に見覚えのあるものであった。
「レンボルテオラス、さま?」
「よっす、トシ」
呆けたように名を呼ぶ利康に対し、彩り定まらぬ髪の少年はいかにもと。
随分と巨大化してはいるが、ほがらかな笑みを添えて応えるその顔には見覚えがある。
村の中で度々見かける少年型のレンボルテオラス神の化身である。
それはいい。
だがなぜこんなにも巨大化しているのか。
いや、むしろ真実は逆で、利康たち二人の方がで縮小されて呼び出されているのではないか。
知った顔の巨大化した姿に、利康は混乱のまま思考をあちらこちらへと転がす。
「いやっはっは。突然のことで驚いたろ? 驚いたろ? あー目まぐるしく波立つお前らの心が心地いいわぁ」
「兄弟よ。笑っている場合か……」
そんな小さい者たちの有様を愉快気に笑い飛ばすレンボルテオラス。その一方で彼を兄弟と呼ぶ黒髪の青年巨人は、頭痛を堪えるように皺の寄った眉間をほぐしながらため息を。
「言うだけ無駄よ。破壊するものと規模を選ぶようになって少しばかりマシになっただけだもの」
そこへ、いつの間にか茶室の中へ入ってきていた巨人の女性からの冷ややかな言葉が。
背筋の伸びたキレイな姿勢で座る若い女。
その赤みがかった長い髪は後頭部の髪留めできちんと止められて。
頬はこけていると言えるほどに細く、不健康な印象さえ受ける。
目も開き方が薄く、上下のまぶたの間にかろうじてこげ茶色の瞳が認められる程度。
鼻や唇の形は基礎こそ整っているものの、やつれを癒し、隠そうと労られている気配はまったくない。
まるで、自分の生み出すものさえ美しければ、他の事はどうでもいい、とでも語るような風体である。
そんな女巨人と、最初に入ってきた青年巨人。
変革神の他二人を見比べて、利康はこちらの二人とも、どこかで会った事があるような感覚を覚えて首を傾げる。
レンボルテオラスが巨大化してこの場にいるということは、似たような重ね布の衣を纏い、同じ比率で大きい彼と彼女もまた、名高い神なのだろう。
だが、化身とはいえ顔を合わせたことのある神は、レンボルテオラス一柱のみ。他にはいない。
そこからくる違和感と既視感に挟まれながら、利康はちらりと妻と目配せ。
するとフミニアもまた同感だと言うように、顎を引いてうなづく。
どこで見た顔なのか。
そんな疑念を抱きながら、利康は改めてレンボルテオラスと並ぶ二柱の巨神の顔を見る。
陽気な類ではないが、真面目さのにじみ出た細面の美男。
自分の容貌、体調にはまるで無頓着。正面にある目標以外は眼中にないという風の女。
利康の内でそこまで印象がまとまったところで、ふいに村の祭壇のことを思い出す。
いや。より正確に言えば、そこへ新たに加わった二体の神像のことを。
「もしやゼオダイ神に……そちらの女神は、アトラカリシア神?」
「お? ようやっと気づいた? ってか今の今まで気づいてなかったのかよ」
重なった像と目前の巨大な二柱。
利康は辛うじて指さしすることはせず、震えた声で確認するように問いかけを。
するとそれにレンボルテオラスがくつくつと愉快げに喉を鳴らして。
伝え損ねたことが生んだ成果を楽しむ変革神。対して三柱の神が偶像も介さず集うような場に呼ばれたコガ夫妻は、揃って深々と頭を下げる。
「さ、察しが鈍く、御前においての非礼、平にご容赦を……」
揃って平伏し、許しを請う二人。
ここがどのような場所か、どのような理由で放り出されたのかは分からない。
だが普通に考えて、相手が6倍も体格が優るというだけで、歯向かってどうこうできるはずもない。
ましてや片方は戦う術を持たないただの茶人。抵抗は無意味である。
全面降伏し、非礼を詫びる小さな夫婦一組。
その姿にゼオダイ神がため息を重ねる。
「兄弟よ……私が妻に願ってこの夢の世界に彼らの精神を招いたのは、二人をひれ伏させるためではないぞ?」
しかし続いた言葉はコガ夫妻へ向けたものではなく、変革の神へのたしなめであった。
「えー? だってオレらを相手にちょっと待てって堂々と言ってくれたんだぜ? こんぐらいでどうこうなる肝っ玉かよ」
「兄弟?」
「あーはいはい。分かったわーかったから。このまんまじゃ話も通じないしな」
冥王からの重ねての圧を受けて、レンボルテオラスはようやく不承不承に了解の返事を。
「まあそんなに縮こまることないって二人とも。別に心だけ夢の中に引きずり込んでどうこうしようってのは無いからよ」
今回もありがとうございました。
次回の更新日はやはり未定です。ですが待っていただけるのでしたら何よりです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




