第七十三席 夢の広がる話だが、どうしてこんな広がった場所へ?
「固いと感じたのは、やっぱり廃鳥だったからかなぁ……」
夜のコガ家屋敷。
灯明皿に照らされながら、作務衣姿の利康は腕組みつぶやく。
そのつぶやきの内容は、昼間のカラ揚げの反省である。
エルネストに憑依したレンボルテオラスをはじめ、大好評を受けたナッククルのカラ揚げ。
実際に利康も試食してみたところ、想像以上の出来栄えに驚いた。
下味付けを始めとするまわりからの多大な協力には、感謝の念が絶えない。
しかしどうしても気になる一点が先の通りに。埋めきれない反省点が残っていた。
材料のナッククルが、地球のニワトリよりも大型で、筋力の強い傾向にあるというのもあるだろう。だが固い食感となる主な理由はやはり、利康の考えた通りだろう。
しかしこれは致し方ないところ。
レナンジェイス大陸において、成鳥になりたての若い家禽を肉にするためにつぶすというのは、まず考えられない事であるからだ。
普通、肉とする家禽というのは、卵が産めなくなるほどに老いたものだけ。
例外としては、取り返しのつかない傷を負ったものも。
つまり、肉にする外に利を得られなくなったモノが、食卓行きにされるのだ。
もっとも、ナッククルの場合は若鳥を絞めるのを控えられているのに、もうひとつ理由が。
それは、単純に危険だからである。
小型の肉食獣を一撃で殴り倒す翼。
さらに尖った嘴に爪。
それらを備えたモノを、体力の充実した若いうちに絞めようとすればどうなるか。
まず、いくらかでも勢いの衰える年齢を待つのが賢明というものである。
ともあれ、特に卵もとれる鳥は、若いうちから肉にするような例は少ないということである。
これが大型の獣であれば、戦の前の景気づけにつぶして兵に振る舞うという例もあるにはある。
が、やはり純粋な食肉用の家畜でもなければ、若く肉質の柔らかなうちに絞められたりはされにくい、というのは道理である。
家畜というものはどんな形であれ、生活の基盤の支えとなるもの。大切な資産で、資源で、労働力であるのだから。少しでも無駄の無いように活かそうとするのが心理だろう。
「……となると、下味をつける前に、肉質を和らげるもう一工夫を加えないといけないということですね」
利康はそしてうなるように、自分の内ででた結論を独り言として口に出す。
物資として気軽に使うのが難しい。である以上は、加工する過程でいかに手を加えるかを考える事。こちらに意識を持っていくのが現実的というものである。
「あれでも、トシヤスさんの思っていたのには届いてなかったんですか?」
そうしてアイデアを持っていく方向性を定めた利康のところへ、風呂を終えたフミニアが首を傾げつつ。
「いえ。下味の具合は思っていた以上でしたよ。ただちょっと、肉質をもう一つ柔らかくしたいかなと」
「そうだったんですか。お肉が柔らかくなるような薬草って、何かあったでしょうか」
夫の言葉に、フミニアは頭の中の薬草図鑑を探りながら、利康の傍へと歩いてくる。
そして思案顔のまま隣に座る妻の姿に、利康は息をのむ。
温かな湯に浸かり、淡く色づいた白い肌。
それを包む薄手の浴衣。
薄さに加えて、体に沿うように包んでいるために、まろやかな曲線を描く肢体が衣の外からもおぼろげにうかがい知れてしまう。
持ち上げた金髪と、襟との間から除くうなじは細く、しかししなやか。そこには手折ってしまえそうなはかなさと同時に、芯の通った生命が鮮やかに匂う。
そんな妻の色香に、利康はたまらず音を立てて生唾を飲む。
「どうしたんですか?」
すると首をひねって正面を向いた桜色の唇が開いて疑問の声を。
「お、あ、いや……僕の奥さんの色っぽさに少しやられてただけですよ?」
「も、もう……! そんな風に言われたら、照れちゃうじゃないですか」
しどろもどろになりながらも正直なところを伝えれば、フミニアは頬の赤みを強めてもじもじと。
腰を落ち着きなく動かしながら恥じらう妻に、利康もそわそわと。
そこでふとフミニアの髪が普段よりも艶めいているのを見つける。
「あ、油使ってみたんですか? どうでした?」
「あ、はい。カラ揚げのあとに絞った分から少し。いい感じだと思いますよ」
濡らしたままというのはおかしいし、それとはまた違う髪の艶。それを指摘すれば、正解だとフミニアははにかんで。
髪にツバキ油、というのはよく聞く話だろう。広義のツバキ油であるカメリア油も質はともかく同じように扱うことが出来るのだ。
「ただやっぱり油の匂いはするので、濾したり花を漬け込むなりして香りづけしたりの工夫は必要ですね」
「なるほど匂い……脱臭ですか」
単純そのままでは難ありとのフミニアの意見を受けて、利康はうなる。
確かに、言われてみれば利康も油の匂いは気になった。
地球では、油は匂いを除去する脱臭工程を経てから市場に出されている。だがその反面、その過程で悪質な物質が油の中に発生しているという話を利康は聞きかじったことがある。
しかし脱臭工程にもその弊害にも詳しくはないため、現段階ではどうしようもない。
「なんとか匂いだけを取り除いたりできたらいいのですが……」
「それは、何とも……錬金術の中には対応できる術はあるのかもしれませんけれど」
「ちなみに、村人の中には?」
「いまは、修めてらっしゃる方はいなかったかと……」
村人の中に技能の持ち主はいないかと尋ねる利康に、フミニアは眉を下げて首を横に。
「それは残念ですね」
錬金術という技術でどこまでの事ができるのか。利康にはまるで検討もつかない。
しかし精霊に魔法。神々が通じ合える形で存在する世界のこと。ただ迷信混じりのなんちゃって化学などということはあるまい。
ならば卑金属を金へと変える、まではともかく、複数の金属を合成することによる合金づくりも期待できる。
またそこから進んで、金属の塊から薄皮をはがすように箔を取り出したり、粉末にしたりも。さらにさらには金属の成分を抽出。釉薬に溶かし混ぜたりもできるのかもしれない。
「ともかくそちらは、錬金術を修めていなくても知り合いに術師の方がいないかを当たっておくくらいでいいでしょう」
「そうですね。今すぐには無理でも、いつかお知恵を借りにお尋ねしようとなるかもしれません」
しかし、その期待もこの世界の錬金術の実態を知らぬ今は、まさに捕らぬ狸の皮算用。
出来ることの触りだけでも調べるなり、知恵を借りる先の当てをつけるなり、誼を結んでおくぐらいが今の精いっぱいというところだろう。
「それも踏まえて、明日からもまた頑張りましょう。準備は進んでいるとはいえ、その分忙しくなってきていますから」
「ええ。今日はもう休みましょうか」
そしてフミニアに促されるまま、利康は敷かれた布団一組へ。
もちろん夫婦で使うものなので、どういう意味での一組なのかは言わずもがな。
利康は魚由来の油で燃える灯を吹き消して、暗がりの中を妻と共に布団にもぐる。
それからしばらく。
妻との触れ合いを経てまどろんでいた利康であったが、ふとまぶた越しにも刺さるような眩しさを感じる。
「もう、朝……?」
体感時間ではまるで間を置かずに訪れた朝の気配に、利康はうめくようにつぶやきながらまぶたを持ち上げる。
「は?」
しかし嫌々ながら開いた目に飛び込んできた光景に、利康は眠気を欠片一つ残さず吹き飛ばされる。
呆けて見開かれたその眼に映るのは茶室。書院造風味に設えられた空間である。
眠っていたはずなのにいつの間に。という疑問はもちろんある。しかしなによりも問題なのは、この茶室の異様な広さである。
だが、ただ畳もどきが何十畳と敷き詰められているだけならばこうまで驚きはしない。
畳は三畳。
ただし一枚の大きさが通常の何倍もあるのだ。
そして空間を構成するものすべてが、その畳と同じく、利康が使うにはあまりにも巨大な縮尺で存在している。
「そうだフミニアさん!?」
まるで巨人の使うためのもの。そうとしか思えない茶室の中で、利康は同じ布団で眠っていたはずの妻の姿を求めて視線を下げる。
「ん、うう? どうしたんですかぁ……?」
するとそこには、まだ寝そべったまままぶたを擦るフミニアの姿が。
それに安堵したのもつかの間、ふと巨大な物の擦れる音が。
利康がその音を辿って目をやれば、大きな引き戸が今まさに開かれようとしているところであった。
今回もありがとうございました。
次回更新の日時? そんな先のことは不明であります。ですがどうかお待ちいただければ何よりです。
今後ともどうぞよろしくお願いいたします。




