第七十二席 カラッと揚げてすぐ口に入れるものではない
高く上った太陽。
まっすぐに降り注ぐ陽射しを浴びながら、利康は作務衣の上にエプロンを。そして黒い髪に三角巾を被せる。
そして瓢箪から出した水で手を洗うと、石積の竃に向き直る。
「準備できてますよ。トシヤスさん」
そこには浴衣に前掛けを重ねた妻と、竃に乗っかったフライパンと合いの子のような鍋が。
火にかけられたその中には金色の油が熱せられている。
「ありがとう」
油を温めて準備を進めてくれていたフミニアへ礼を言って利康は鍋の前へ。
鍋のかかった石積竃の側。足の高い木製のテーブルがそこに並べて設置されている。
陽射しを受ける天板の上には、木の深皿に乗った生肉が。
一口サイズに切り分けられたそれには、荒砕きにした粒状の木の実。それに何かの葉を刻んだものの浮かぶ調味液に浸されている。
塩や香辛料を魚醤と酒に溶いて調合したもの。
それに付け込まれたこの肉は、村で飼育している家禽の、鳥のものである。
部位は腿や胸。手羽にささみと様々に。いわゆるモツの部位以外で一羽分といったところか。
しかしこの鳥肉。鶏のモノとしてはやけに大きい。
一口大に切り分けられてはいるが、それをおおよそにつなげて見ても、二回りは大きい。
それもそのはず。
これらはたしかに鳥の肉であるが、鶏肉ではないのだ。
はぐれ者の村において家禽として飼育されている「ナッククル」。
これはやはり飛翔能力は持たず、翼は飾り同然。
また地球のニワトリのように、卵も有精無精に関わらずほぼ毎日産む。
しかし下味付けを済ませて並べられた肉の量を見ての通り、その体格はまるで違う。
平均的な成鳥で、頭が利康の腿の中ほどに届くほどになるのだ。
数ヶ月古い情報であるが、利康の身長は173センチ強。
その腰から少し低い当たりに頭がくるというのだから相当なものである。
羽毛の色は青から緑のグラデーション。
鶏冠のような肉冠は無い。
またその大柄な体格を裏切らず力は強い。爪の備わった足蹴りはもちろん、硬質化した翼の角による打撃、通称翼拳はイタチ程度の肉食獣ならば昏倒。返り討ちにしてしまうほどの威力がある。
主食は穀類や木の実、虫など。
気質は基本的にはおとなしい。
だが当然つぶすとなれば、肉食獣すらのす力を死に物狂いで振り回すため、危険が大きい。
そのため肉も多く、卵も数が取れるナッククルであるが、よそでは気性の荒いものを戦わせる競技、見せ物のために、少数が飼育されている程度である。
ともあれ、調味液に浸して下味をつけたナッククル肉である。
利康はそれを長箸で調味液から取り出して、芋粉にまぶしていく。
そして調味液の雫を芋粉を絡めて玉を作ると、それをアツアツの油の中へ落とす。
「たぶんいい……かな」
熱された油に浮き沈みするようなかさは無い。
しかしパチパチと弾け音を立てて粉玉は転がる。その具合で利康は油の温度が充分な域に達しているだろうと判断する。
そうしてようやく芋粉をまとった鳥の腿肉を、金色の油へ投入する。
少量の油たまりの中、半ばまでつかり激しい弾け音を立てるナックルル肉。
「おおッ!?」
「顔寄せ過ぎるとやけどが危ないですよ」
粉玉より大ぶりの異物に反発して、油が跳ねる。
その様にどよめきにじり寄る周囲に、利康は一言注意を。そして残る肉をいくらか油の中へ。
しかしすべては入れずに、のびのびとした間隔を取れる程度に。
そして合唱する肉たちへ、油を木匙ですくって上からもかけていく。
くわえて肉そのものをひっくり返したり、鍋を回したり。高熱を含んだ油が肉全体にからむようにもして。
そのたびに肉に触れた油が弾けて叫ぶ。
まるで肉たちが「もっと熱く! もっと、美味しくなれよ!」そう互いに煽り励まし合っているかのように。
一度に肉を敷き詰めなかったのはこのため。
油不足で油に沈めて浮いてくるのを待つ事ができない以上、一度に投入できる数は控えなくてはならない。
もっとも、一度に数を入れれば熱はどうしても分散する。
どちらにせよ、どの段階でも適切な数や量というものを逸脱してしまえば、失敗に通じるものである。
ともかく油に対して余裕をもった数で、利康は鳥肉の揚げ焼きを進める。
充分に火が通ったと判断できたものから油から上げていく。
油を切り、盛り付け用の皿へ。
そして肉に持っていかれた熱が油に取り戻されるのを待ち、次の肉を揚げ焼きにかかる。
「なあ、味見させてもらうけどいいよな? な?」
そうして次々と出来上がるカラ揚げに、エルネストは唾を飲んで手を伸ばそうと。
「ちょっとエル様?」
許可を求めているようで、まるで答えを聞く気の無い声音。
それに利康の手元を観察していたポリーヌが、夫へ呆れ交じりにたしなめる声を。
「味見するのは構いませんけれど、僕のあとでお願いしますよ」
「おい、ちょっとそれはズルいんじゃないか? 俺が先にだっていいだろう?」
味見をするのは自分が先だと言う利康に、エルネストは唇を尖らせて試食用のフォークを手に。
「いや、ズルいとかそういう問題でなくてですね……」
「もう遅い! 明日へとつながる糧に感謝を! あっづぅ!?」
しかし利康が制止する間もなく、エルネストは早口に祈りを唱え湯気の立つカラ揚げを口に含んでのけ反る。
「言わんこっちゃない……それに、ちゃんとところどころで味見して、美味しく作ってるつもりですけど、完成品の味まではまだ保証できないんですから……」
口の中を蹂躙する熱と痛み。
制止を振り切った末に受けたそれに、涙目に悶えるエルネストへ、利康はため息を。
そもそも、この世界で揚げ焼きでとはいえ、カラ揚げを作るのはこれが初めて。
試食は食べごろに冷めるまで待ち、言い出しっぺの利康がきちんと食べられるものになっていると判断できてから。と計画していたのである。
味の保証ができないのに、他人に振る舞うなどあり得ない話だからだ。
だから後で、と言っただけだというのに、変革神の神官は見事に段取りをひっくり返してくれたのである。
「う、あっ……づ!? でも、こりゃうンま! あち、ち……けど、旨いな!?」
「……そうですか。なら良かったです」
「いや、マジに旨いって! カラッとした表面を噛み千切ると、そこからジュワアッと味が溢れてよ! こんな料理知ってたんなら早く出してくれたら良かったのによ!」
だが当のエルネストは、そんな利康の思いに気を払う事なく大絶賛。
「みんなも食って見ろって、コイツは感動モンだぜ!?」
そしてその勢いのまま、まわりにも食べるように勧める。
段取りそのものはひっくり返されたが、試作品が美味しく食べられることは証明してくれた。
ならばもう止める必要は無いか。
利康はそう判断して、エルネストが試食を勧めるのを止めない。
しかしフォークを持つ神官の手を掴んで止める者が。
「おやめください」
低く、落ち着いた諌めの声。
それは彼の妻ポリーヌのものであった。
「いいんですよポリーヌさん。作るように企画した者の責任として、って事ですから。もうみなさんから試食していただいても」
「ほら、トシもこう言ってるだろ? ってワケで、次はお前が食うか?」
順番の話はもう気にしないでと言う利康。それに乗って、エルネストは妻を次にと誘う。
しかしポリーヌは夫の顔を見据えたまま首を左右に。
「おたわむれが過ぎます。レンボルテオラス様」
「へ?」
そして続いた言葉に、まわりから呆けた声が上がる。
「いつから気づいてた?」
「トシヤスさんが止めるのを聞かなかったあたりから怪しいと。エル様……夫では、ああなっても実際にかぶり付くまではやりません」
ただ一人呆け声を上げなかったエルネストからの質問。それと合わせての探るような目を、ポリーヌは真っ向から見返して正直な答えを。
「ハッハハハハッ! よく見てるじゃあないか。度胸もいい!」
するとエルネスト、いや神官の姿をしたレンボルテオラスは、晴れ晴れとした笑いを。
「ちょいと驚かせようとつながってみたが、期待以上のモンで驚かされたわ。ほんじゃ、菓子とお茶も期待してるからよ?」
そして利康に一声かけると、エルネストの体がグラリと。
「エル様!?」
それにポリーヌとフミニアが慌てて支えに入る。が、エルネストはよろついただけで、すぐにふんばりを取り戻して堪える。
「うぅ? なんか、口ん中痛えんだけど?」
そして頭を振ると、身に覚えの無い口の火傷に戸惑いながらまわりを見回す。
「我らが神のおたわむれです」
「ああ、そう。そういうわけか」
そこへポリーヌが一言で説明をすれば、エルネストは苦笑混じりにうなづく。
口の火傷以外は大事無いその様子に、利康もまた安堵の息を。
「というわけで、まだ大変に熱いので、味見には気をつけてくださいね」
そして、こうなるかも、という事故の実例に注意を促すのであった。
今回もありがとうございました。
次回の更新日時はやはり未定です。ですが、待っていただけましたら幸いです。
今後とも拙作にお付き合いのほど、どうぞよろしくお願いいたします。




