第七十一席 搾り出したものがこちらになります。
「甘く味つけ出来る調味料は色々と買いつけるとして……小豆はまだそれらしいのも見つかってないんだよなぁ……」
畳敷きのコガ家の居間。
そこで利康はそろばん片手に木簡帳簿をつけながら、筆の尻でこめかみをぐりぐりと。
「ダンナさん。言われたよにマクリーの実を採って来たす」
開け放たれた縁側から、採取仕事から帰ったカワロたちの声が。
「やあ、お疲れさま」
「お疲れ様ですカッペくんにヒラトワさん。それは私が貰うから」
「ほいよ、奥さん。けっこうなカサだで、わたすらで運ぶすよ」
「助かりますよ。二人とも。いつもありがとうございます」
「いんやいや。ダンナさんと奥さんのためなら皿が乾くまでやらせてもらうす」
「ホントに乾く前に湿らせてくださいよ?」
「分かってるすよ。心配させるつもりはないんで」
拾い集めてきた木の実を、フミニアに呼ばれるまま玄関を回って台所へ運ぶカワロ二人。
恩返しにとよく働いてくれるカッペとヒラトワを、利康は労い見送る。
「マクリーって言うのが話通りなら、栗餡なりなんなりで、なんとかなるかな」
そして筆を置きつつ安堵の息をひとつ。
マクリーの実と言うのは、イガと薄く固い皮の二重鎧の奥に、可食部を持つ木の実。有り体に言えば栗そっくりの木の実である。
厳密に言えば固い薄皮に包まれている部分は種子で、食べようと狙われているのは種の中身ということになる。
「茶菓子のことも大事だけどよ、もう一方のはどうなってんだよ? ほったらかしか?」
「まさか。そっちもちゃんと準備してますよ」
そう利康に声をかけたのはエルネスト。
今日は一人でコガ家に訪れた訳ではなく、白い髪から豚の耳を生やした大きなお腹のポリーヌを傍らに。
神々の要求に待ったをかけた奉納茶からしばらく。
収穫の感謝祭へ向けて村を上げて準備が進む中、利康は妻やカワロたちと共に村長業務の合間を縫って準備を進めているのだ。
「そちらはどうなってるんですか?」
「材料が揃うのを待って試作品を、というところまでは進んでいますよ」
大きなお腹を撫でさすり、夫に重ねるように問うポリーヌ。利康はそれに現在の進捗を正直に。
「ああ、カッペくん。ちょっと」
そして居間から土間へ通じる入り口に通りがかったカッペを見つけて声をかける。
「なんすか、ダンナさん?」
「コガの実はどうでしたか? 採ってきてくれました?」
「あの実なら、いい具合に熟してたのが増えて来たすよ。もうわざわざ若いのを採ってこなくても良さそうなんで、そんなんは放ってきたすけど」
「いいですね。じゃあまた今日の分は種を出して乾かしておかないと」
言いながら利康はじりじりと、しかし着実に支度が進んでいることにくり返しうなづく。
「おいおい。一人で納得してないで、説明してくれよ。コガの実の種からは油がとれるって話だったが、それでどうする? 火力が要るのか?」
そんな利康に、エルネストがおいてけぼりにするな、と。
「ああ、失礼しました。じゃあ材料の目処は立ちましたから、行きましょうか」
「行くって、何しに? どこへ?」
立ち上がる利康に、エルネストは首を傾げる。
その質問に、利康は笑みを向ける。
「もちろん、料理をしに、ですよ」
利康のその宣言に続いて、試作と見学に向かうものたちは村長屋敷から移動を。
メンバーはもちろん先頭に立って歩く利康。それに妊婦のポリーヌと、介添えのフミニアが続いて、最後尾をエルネストが締めるという形だ。
カッペとヒラトワの二人は、仕事があるとコガ家に残っている。
「そのサンダルいいな、トシヤス。軽くて、蒸れなさそうで」
そんな道すがら、エルネストが足下を指さして。
「ええ。特に暑い日には楽ですよ。このわらじ」
それに利康は歩を進めながら軽く足を叩く。
利康が言う通り、その足を包むのは紐と束ねた草を編み結んだわらじである。
足裏を保護する底の部位を、草編み紐で固定するだけであるため通気性は言うまでもなし。
加えて材料が植物の繊維であるため、足に革の臭いがつきようがないのだ。
むしろ畳もどきやグラペットにも使う草を素材としているため、出来立ては履いてしまうのが惜しくなるほどである。
もっとも、裸足同然の通気性ということは、裏を返せばケガの心配があるということ。
尖った石や棘。
肌を切ってしまうような下草。
そして毒や病を持つ虫や何やらの針に牙。
なんの用意もなければ、そうしたものを素通しにしてしまうことに間違いはないのだ。
破れていないなめし革の靴であれば、何の心配もなく進んでいけるような獣道で、おっかなびっくりに進むように強いられることになる。
つまりは革の靴と利点、欠点の面で真逆を行っていることになる。
このわらじであるが、利康がきちんとした編み方を知っていたわけではない。
ならば出どころはどこか。
この世界、この地域においてエルフの伝統的な履物に類似した品があったのだ。
サメじみてざらついたトカゲの皮を滑り止めとして底面に。
そこに柔らかな葉をクッションとして重ねて、より編んだ草のヒモで固定。
そうして作った靴底に、同じく束ねて紐とした植物を、足に結び付けるためのベルトとしてつなぐのである。
木の上から滑り落ちたりしないよう、やすりのような滑り止めを備えた草履。
それの靴底を、より合わせた干し草を編み組んだものと交換する形で生まれたのが、利康のいま履いているわらじなのである。
それでも、編み込み方じたいは地球にあったものそのままというわけではないので、これも厳密なところはやはり「もどき」としておくべきか。
「なるほどな。夏場に村の中か、街道で履く分にはよさそうだ」
「おすすめですよ。普段履きにいかがです?」
「暑くなる時季が寄って来たら考えるよ」
利康の説明とセールスを受けて、エルネストは納得と時季外れだとの声を軽い調子で。
そうしているうちに一行の正面には炊事のものと思しき煙が。
「あそこですか?」
「ええ、そうです。みなさーん、どーですかーッ!?」
正面に上がる煙の根を指さすポリーヌにうなづいて、利康は火を管理する者たちへ手を振る。
「おお、村長! そろそろ迎えに行こうと思っていたぞ」
すると石積竃の前にいた女性たちの一人が手を伸ばして返事を。
代表として答えたのは、女たちの中でひと際大柄な、天然の甲冑を纏うイウミである。
「ということは、作業は順調ですか?」
「もちろんだ。搾り出すのはなかなか力を使わされたが、村長の言う通りきちんと取れたぞ」
確認する利康に対し、イウミは大ぶりな胸を張って首を縦に。
そうして甲虫人の女が送る視線を辿れば、そこには竃に乗った鍋と、片手に乗るくらいの壷が。
示された鍋と壷の中身を覗けば、ほとんど液体の残っていない鍋に対し、壷には透き通ったつややかな液体が入っている。
淡い黄色の液体。
これが利康の目当て通りに採取できたカメリア油である。
「若い実だっただけあって、取れた量が少ないのも村長の見たて通りではあったな」
早い時期に、間引きも兼ねて採取しておいたコガの実一山。
その種を数日天日干しにして乾燥させる。
乾いた種は細かく砕き、目の細かい布に包んで圧搾。種と油とを分離する。
そうしてとれた油を含む液体を熱し、水分を飛ばしてさらに純化させたものがこの油なのだ。
地球において、厳密に「椿油」とされるのはツバキ科ツバキ属ヤブツバキ種子から取れた油のみ。
それ以外のツバキ科の植物種子から取れるものはカメリア油と区別されている。
形状生態が類似しているとはいえ、この世界で地球における分類に当てはめる必要は無いだろう。
しかし利康は、ここであえて自分の分かりやすさを重視。故郷の分類に合わせて、コガの実から取れるものをツバキ科の由来のカメリア油として見るようにしている。
この油、地球と通じるものであるならば、料理に使って良し。髪や肌に塗って良し。
何に使っても大丈夫な万能油なのだ。
「しかしこれくらいあれば試してみる分には充分ですね。下拵えをお願いしていたものは?」
「そっちも準備はできてるよ」
「ありがとうございます。では、料理を始めましょうか」
最終確認終了。
始めるになんの問題もないということで、利康は試作品の調理開始を告げる。
今回もありがとうございました。
次回の更新もやはり日時は未定です。お待ちいただけましたら何よりです。
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