↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
70/120

第七十席 小なる人の身といえど矜持はある

 レンボルテオラス聖堂。

 はぐれ者の村の冠婚葬祭。それを一手に担う変革神をお祀りする社である。

 しかしその祭壇に奉られているのはレンボルテオラスただ一柱ばかりではない。

 雑多な種族が、それぞれに様々な事情を抱えて集まる村。と言うことは、それだけ多様な信仰が集まるということ。

 大小問わぬ神々に捧げられる村人それだけの信仰に応えるべく、祭壇には聖印、神像の数々が。

 そんな合祀祭壇には真新しい神像が二つ。

 一方は生真面目な美男を象った冥王の木像。

 またもう一つは、ひたむきに絵筆を構えた女神の姿を表す陶像。

 その間には、割れる卵を思わせるレンボルテオラス聖印が。

 それらが主役として並られた祭壇の前では、正座した利康が捧げ物を点てる。

 身にまとうのは普段着の作務衣ではなく、エルフの森に転移してきた時に着ていた紋付き袴。

 もちろん丁寧に身を清めた上で、燻した香をふくませて。

 神の前に出ても失礼にならないだろう盛装に身を包んで、利康は茶筅を回す。

 その姿を祭壇の横に並んだエルネストとシュラムを始めとした利康に近しい者たちが見守っている。

 フミニアはどうしたか、と言えば。点前を見守る者たちの中にいる、お腹の大きくなってきたポリーヌの傍についている。

 現在五ヶ月そこそこで、むしろ安定している時期ではある。が、村の新顔を育てている以上、気づかうに越したことはない。

 さておき、祭壇を前に利康が点前をしているわけであるが、村の収穫祭が始まろうとしているから、という事ではない。

 収穫の感謝祭にはまだまだ早い。

 ならばなぜ奉納の茶を仕度しているのか。

 この時季一番の抹茶が出来上がったことで、レンボルテオラス神からの催促が勢いを増したからである。

 そこで神像を新調したものと交換する儀式の締めに、合わせて秋のお茶を奉納することになったのだ。

 儀式にまでにまだかまだかと、髪の彩りが定まらぬ者が様子見にか、あるいはせっつきにか度々に姿を見せに来ることもあった。

 もちろんそれならいっそと、彼と彼女らに直接ふるまってしまおうかと誘いもした。

 しかし髪色うつろう者たちは決まってその誘いは辞して、姿を消して来たのだ。

 憑代を基に現れた化身では決して受け取らず、だがエルネストをうんざりさせるほどに繰り返された催促に折れて、こうして祭を前にした急ぎの奉納となったのである。

 しかしながら収穫祭でも奉納のお茶は行う予定であった。なので予行練習としては、ある意味都合が良かったと言える。

 良かったと思うしかないのだ。

 ともあれ入替式である。

 これは新しい神像やシンボルを、神へ祈りを伝える中継点として登録し直し、古い物からその機能を移すもの。

 ゼオダイの神像の入れ替え儀式はエルネストが執り行った。が、アトラカリシアの像については、芸術神官であるシュラムが担当した。

 他に正式な神官がいない他の神々と違い、聞こえし者として加護を受けた神官がいるのだから、これは至極当然のこと。

 しかしシュラムはあくまでも職人。

 アトラカリシア神に関わる神事であれば承るが、祭壇も分けずに合祀したまま。基本的に祭事を担うことはなく、村の神官であるエルネストに丸投げにしている。

 不敬な不良神官とされるような態度ではあるが、アトラカリシア神は祈りさえ捧げていれば、まるで気にしないのだという。

 むしろ作品作りを滞らせる方が、かの女神の不興を買うのだとか。

 身だしなみを二の次に、創作に没頭する姿で像を作られる御柱らしい話ではある。

 話を戻そう。

 入替式は役目を受け取った新しい物へ捧げ物を奉納することで、完成となる。

 神と、改めた像とのつながりを奉納を通じて確定させる。

 例えるなら完成したパイプに、テストも兼ねて水を通すといったところか。

 利康の点てている茶はまさにそれ。

 偶像を通じて神に祈りが通じるようにするための、奉納品第一号なのである。

 この少々どころではない名誉と重圧は、利康のはらわたにずしりと。

 しかし任された以上は重圧に負けてもいられないと、腰を据えて奉納の一服に臨んでいる。

 愛用の漆器椀。

 「赤星」と銘打ったそこに点てた薄茶から茶筅を上げて、利康は吐息を一つ。漆黒の茶椀を両手に捧げ持ちあげる。

 引き取りやすいよう捧げたそれを、エルネストは中身を揺らさぬように受け取り、祭壇の上へ。

 祭壇を前に立つエルネストと、正座をしたままの利康。

 二人は姿勢はそれぞれに、しかし揃って祭壇へ向けて頭を垂れる。

 深々とした一礼。

 続いて祭壇に捧げた茶碗からは啜り音が。

 そして音の止んだ茶椀の底には、ただ一点の朱が。銘の由来となった夜闇に赤く輝く星のごとき赤が現れていた。

「……御納め下さりありがとうございます」

 無事奉納品が神々に受け止められたことを確認したエルネストは、再度頭を下げて奉納に使った椀を下げる。

 するとそれに続いて、祭壇の脇から堅い音が二つ。

 それはこれまで村人の信仰を受け止めてきた偶像からの物。

 古き像がその役目を終えた合図であった。

 音を立てて亀裂の数を増していく古い像はそのまま砕け、崩れ去る。

 それは神像の役目が、つつがなく新しい物へ引き継がれたという証拠である。

 残骸の始末こそ必要ながら、これで神像の新調は無事終了ということに。

「……む」

「ぐ……う?」

 終了となるはずだったのだが、神官二人の口からは揃ってうめき声が。

「どう、されました?」

 頭痛を堪えるような二人に、周りから心配の声が上がる中、利康が代表して確認の言葉をかける。

「レンボルテオラス様がおかわりを御所望だ」

「こちらはワシの焼いた器も納めよとのお達しでな」

 信徒の頭を揺らしてまでの要求。

 その内容がお茶のお代わりというところに、利康としては呆れていいのやら嘆いていいのやら。

 本来なら、そこまで神々に欲していただけるということを喜び、誉とするべきなのかもしれない。

 だがその請求のために犠牲となるのが友人だということで、どうしてもそういう方向には気持ちが向かないのだ。

 要求されたとおりにお代わりを点てても構わない。

 だが集中して一杯を点てるために疲れた事は疲れたし、何よりこのまま友人を手紙扱いにした頭ごなしの言いつけに従うというのも業腹である。

 どのように上手くかわしたものか。

 呆れと困惑を表に出した利康は、正座の姿勢を崩さずにそういった方向に頭の中身を転がす。

「畏み申し上げます。近々の収穫祭でも奉納を予定しておりますので、器のお披露目はそこで、とは参りませんか?」

 そして腹を決めた利康は床に手をつき深々と礼。

 しかし「畏れながら」と前置いて神々に言い放ったのは「じきに次のがあるからそれまで待って」であった。

「ちょ、おい! トシヤスッ!?」

「トシヤス殿、なにをッ!?」

 それに驚いたのはまず誰よりも神官二人。

 待ったをかけられた神々よりも、早くエルネストとシュラムが慌てて声を。

 しかしそんな二人の反応にも、利康は変わらず祭壇に向けて頭を下げたまま。

 その姿は、落とすなら落とせと、首を差し出しているようにさえ見える。

 しかし利康の首にすぐに神罰が落ちることはなく。それどころか、祭壇からも利康に向けて神威がにじみ出る事もない。

 しかし誰一人動くことの出来ず、息をひそめての沈黙が社の中を満たす。

「……理由があるならば聞こう。と、レンボルテオラス様から」

 そんな重苦しい沈黙を破ったのは、変革神からのことづけを受けたエルネスト。

 シュラムからは何もないが、つまりはアトラカリシアも同じ意見なのであろう。

 しかしゼオダイ神の言葉を受けられる使徒はここにいないので、二柱の求めだけしか聞くことはできない。残念ながら、仕方のないところである。

「御柱たちの深き慈悲に感謝を」

 ともかく理由である。神々に待ったをかけたからには、相応の理由が無ければ納得してはもらえまい。

 利康は僅かに浮かせた額を、再び床スレスレにまで下げると、感謝の言葉に続くものを口に出す。

「まずは芸術神官様の作品ですが、村の者全員が参加する祭りの場で御披露目とするべきかと愚考した為です。この場は、言わばその前準備のための儀式。村人の一部しか見ておりません」

 この場で出してしまうには惜しい。

 そう思わせられればアトラカリシアは問題ない。

 美術芸術以外に関心の薄い御柱のこと。御披露目としてより効果的なのがどちらか。そこを納得してもらえたのならしばらく待つくらいは了解してもらえるだろう。

 だがレンボルテオラスはそれでは納得するまい。別にもうひとつ、待たせる理由が必要になる。

「また、収穫祭までお待ち頂けましたなら、目新しき食べ物を別に奉納させていただきます。お茶に菓子も添えた上で」

 だがそちらも抜かりはない。

 変化と新し物好きである変革神のこと。条件に目新しい美味、珍味の類いを出せば興味を引かないはずがない。

 ただこちらの要求を通すのでなく、受け入れた場合の利得を示す。

 伏して乞うだけよりは目のある勝負のはず。

 内心の不安を体全部で覆い隠すようにして、利康はただ自分の提案が通るように神々に向けて頭を垂れ続ける。

「茶に合わせる菓子とやらも新作であるならばよい。だ、そうだ」

 そこへエルネストを通して告げられた変革神の返事は、条件付きでの許可であった。

今回もありがとうございました。

今回で七十話と、今作もなかなか進んだものです。

次回の更新は例によって例のごとく日付時間ともに未定であります。ありますが、お待ちいただけましたら何よりです。

今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。