第六十九席 いがみ合いを招いた自覚はあります
はぐれ者の村外れにある窯場。
その近くに建てられたシュラムの陶芸工房。
まだ木の香りが匂うような真新しいそれ。
そこに並んだ、上り坂を描く陶芸窯。
窯の煙突は煙を吐き出し終えて、すでにしばらく。
ただいまは熱が抜けて、焼き上がった中身を取り出せるようになるのを待つばかりである。
そんな冷却待ちの窯の傍では、利康がフミニアを傍らにしゃがみこんで、灰を集めている。
窯に熱を与える役目を終えた薪の残りかす。それをせっせとかき集めるのはなぜか。
畑に撒く肥料とするのか。
もちろんそれもある。小さな村では営みの中で生じたモノをただ捨てる余裕はないのだ。
しかしそれが利用先の全てではない。
利康はかき集めた灰を、粘土を溶いた水の中へ。
この灰交じりの泥水は何か。
そう。釉薬である。
素焼きしたものに塗り、さらに焼くことで表面をガラス質でコーティング。耐水性を増強し、さらに光沢と彩りとを得るための薬品である。
粘土泥に混ぜるのは、木灰の他に藁灰も。
これだけでは出る色が狙っていたものと違ったり、むらが出ることはある。だが耐水性を上げるだけならば問題はない。
そこでさらに狙った色を出すために、あらかじめ金属成分も加えて溶かし混ぜるのという手法がある。
むしろこの金属成分まで混ぜるのが現代の地球においては普通である。
この世界独特の、地球では神話や物語で語られるような金属の成分を取り込んだ釉薬であれば、どのような彩が現れるのか。
それが利康のひそかな期待であった。
「……ったく、こんな焼き窯まで作らせやがって。俺の塗り木の器ならウチの作業場だけで充分なんだがな」
「ふん! だがそっちはお主が一つ一つ削って塗ってと仕上げていかねばならんではないか。時間ばかりかけてもしょうがないだろうが」
「あ!?」
「おおッ!?」
しかしその一方。釉薬作りをする二人の近くには睨み合うシュラムとテリオジリオが。
細身で比較的上背のある黒エルフからの冷ややかな見下ろしに対し、ずんぐりと低いシュラムも負けじと鋭い視線で押し上げる。
「と、トシヤスさん……」
そんなにらみ合いを横目に、フミニアは軽い和装に包んだ身を夫に寄せる。
「大丈夫。心配ありませんよ」
利康はそんな妻を受け止め、なだめる。
しかし心配無用とは言ったものの、険悪な睨み合いを続ける黒エルフとドワーフには苦笑交じりに閉口してしまう。
競い合い、互いに研究研鑽を進めてくれるのはありがたく、願ってもないこと。
だが今の状態は対抗心が少々あからさまに過ぎる。
「黒い色しか出さん偏屈黒エルフめが!」
「一色限りじゃねえよ! 赤い色も使うわぁ!? だいたい偏屈ぶりで人のこと言えた口かよ。こんの薪無駄遣いの高慢横柄タタラッ!」
贅沢なことを望んでいる自覚は利康にもある。
しかし自分の周辺、村の空気を悪くするほどの対抗。それは望むところではないのだ。
もっとも利康は、両職人の対立を過剰にあおってしまったのは自分の失敗にあるということも理解している。
漆器椀を中心に、茶道具づくりを頼っていた漆工がいるにもかかわらず、新たに陶工を求めて連れてきたことが面白くないのだろう。
自意識過剰に過ぎはしないか。
それは誰よりもまず利康が思っていることである。
しかしどんなものであれ、自分が担い当たっている仕事が横から持っていかれそうだと思えば、程度はどうあれ不快感を感じることだろう。
もちろん利康にそんなつもりはない。
ただ道具作りの選択肢を増やしてみたかっただけ。むしろテリオジリオには漆器の外箱などをさらに作ってもらいたいほどなのである。
しかしきちんと納得してもらえる前に話を進めて、いがみあうまでに対立させてしまった失敗。この責任は他ならぬ利康自身が始末をつけなくてはならない。
「なんだと!?」
「おおっ!?」
しかし、ここまで進んでしまったいがみ合いをどうしたものか。
視線を叩きつけ合う職人二人の姿を見ながら、利康は頭痛をこらえるように眉根を寄せる。
だがやらねばならない。
深呼吸をひとつ。意を決した利康は、眼光のつばぜり合いを続けるテリオジリオとシュラムを正面に捉える。
「漆器にもう一つ彩を、という話なら一つ技法を知っていますよ」
「なにッ!?」
利康の放ったその一言に、お互いしか目に入っていなかった職人たちの目が、揃って顔ごと利康へ向く。
「金粉や銀粉……とにかく粉になった金属を利用して表面に描くという手法です」
いわゆる蒔絵である。
これまでテリオジリオの作は漆のみ。
土台となる木の凹凸で艶の彩を出したり、一部に朱を打ったりするのが基本であった。
そこへ金属のきらめきを添える手法が加われば、さらに一段、否それ以上に高まった品質をもたらすことになる。
金属粉を蒔いて文様を描いた上に、さらに漆を塗り重ねて強固に定着。木炭による研磨で描いたもののある層を削り出す手法。
粉でなく薄い金属板を張り付け定着させる技。
またより古いもので「蒔絵」という言葉からは外れるが、あらかじめ金属粉を練りこんだ漆で文様を描く「練描」と言うものも。
「そんなものが……そんな技があるというのか!?」
そうした技術があることを口頭ながら伝える。するとテリオジリオは、青い目を鱗が外れたように見開いて、くりかえし首を縦に。
「この技術でコガの名前や紋章を描いた宝物箱も用意してほしいと思っていたのですが、引き受けてくださいますか?」
「そうだな。この辺じゃ金属はちょいとばかり手に入りにくいからな。素材と気分次第にはなるが、な」
未知の技術と新しい仕事。
その話を受けてテリオジリオは腕を組み、やるかどうかは状況次第である。とだけ。
しかしつり上がったその口の端は、利康の申し出にまんざらでもない内心が見て取れる。
だがそうして気が緩んでいたのも束の間。テリオジリオはふと眉を寄せると、利康へその青い目を。
「ちょい待ち。ってことは何だ? 俺の塗り器はもういらんと? このタタラの茶碗をしまう箱だけを作れと?」
「いえ、いえ! とんでもない! そんなこと考えてもいませんよ!」
じとりと訝しむテリオジリオの目と問いに、利康は慌てて頭を振って否定を。
「作る品の幅をより広く求めているだけです。狭められては僕が困ってしまいますよ、ね?」
事実、エルフたちにとって茶の席に使う抹茶椀とは、漆器椀のことなのだ。
ここで茶椀を作る唯一の漆工であるテリオジリオに、そちらを止めてもいいなどいえるはずもない。
むしろ利康としては、自分が使うには荷が重いと感じるほどの逸品を出して欲しいし、テリオジリオならば出来ると信じているのである。
「分かったよ。生涯の友と見定めた相手の言うことだ。信じよう」
そのことを含めて告げれば、黒エルフも大きくうなづいて利康の意思を受け入れる。
ひとまずは不満を収めてくれた様子の漆工。それに利康は妻と共に安堵の息を。
しかし、またシュラムがテリオジリオの態度に険しい言葉を挟むのでは。
そう心配して、コガ夫妻は視線をそろりと。
だが当の刺青ヒゲのドワーフは、窯を二つの目でじっと見つめていた。
「……行けるか」
利康たちの心配をよそに、シュラムはただ、陶芸窯の空け時を測っていた。
そして左目が青信号を見たのか、ボソリと呟いてレンガに留めた鉄の扉を開ける。
大開きにされた口から、外気と変わらぬ熱を吐く窯。
利康とフミニア。さらにテリオジリオまでが、興味に駆られてシュラムの頭ごしに窯の内を覗こうと。
そんな好奇の目をよそに、シュラムは扉をくぐって窯の中へ。
そしてほどなく、入って来たときと同じく、のしのしと外に出てくる。
その手にはいくつかものを乗せた板が。
まず目を引いたのは、シュラムの手による陶器像。
右手に絵筆、左手に壺を携えた、スラリとした女性の像。
赤の髪は長いようであるが、むやみに流れたりしないよう、髪留めによってきちんと纏められて。
その目はじっと絵筆の先を見つめるあまりに、もとより細いものがさらに絞られて。
そんな目の収まったやつれぎみの細面。その肌は白い。が、角のある頬やそこかしこに色の筋が走っている。
細身の体を包む、肩口で結ばれた衣にも、似たような汚れがすでに。
だがこれは、色移りなどの工程上の失敗ではない。
自身の汚れを気に留めることなく美術に没頭する、芸術神アトラカリシアの有り様を表現したものである。
ウェザリングまで施して表されるストイックなる女神を象った像。
その横にはツルリとした表面を持つ白い碗と、土色の地に、白いガラス質が縁から垂れ被さる歪み碗が。
「あ……トシヤスさんのが」
しかしその歪み茶碗は、たわませたところから割れてしまっていた。
「歪めすぎてしまったせいで、もろくなっていましたか。古織風に寄せすぎましたようですね」
乾燥と素焼きには辛うじて耐えたものの、そこですでに亀裂が入っていたのだろう。ガラス質のコーティングでもつなぎ止める事はできなかったようだ。
手製の茶碗が完成を迎えられなかったことに、利康はたまらず落胆のため息を。
そんな利康に回りからは同情の目が。
「こうなってしまってはどうしようもありません。またの機会に新しく作らせてもらうことにましょう。ギリギリのところを探るのも面白いですし、ね。ええ」
だがフミニアが慰めようと手を伸ばしたところ、利康は顔を上げて笑いながら一言。
あっさりと次の試作へと意識を向けた、しかし明らかに前を向くように自分に言い聞かせるその様子。
それにフミニアは、半ばで止めていた手を改めて夫の背に伸ばして添える。
今回もありがとうございました。
次回の更新もまた未定であります。ですが、お待ちいただけましたら幸いです。
今後ともどうぞよろしくお願いします。




