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第六十四話 秘密にしてて良いことと悪いことがある

「あの演出。高く評価されてよかったですね」

「ええ。不安はありましたが、受け入れられて一安心でした」

 フミニアと利康はそう言って笑みを交わし合う。

 先日のミカノ邸のもてなしに加えた演出について話すコガ夫妻。手をつなぎ歩むその頬を風が撫でて、金と黒の髪を揺らす。

 二人がいるのは広大な森を臨む平原。

 天を突くように伸びる大樹。それを囲む垣根じみた木々。そしてその外側に広がる農地。

 そう。ここはすでにウリエンス大河の西側。エルフ領と認められている地域である。

 ウテアからセシル皇子とその側近からの好評を伝え聞いた後、コガ夫妻一行は村への帰途に。

「伯母様からはこんなにお土産をいただいてしまいましたしね」

「かえって申し訳ないくらいなんですが、まあフミニアさんにお任せしてしまいましょう」

 いざ帰るとなったときに、ウテアからは持っていくようにと大量の品を渡されることに。

 その大半を占めるのが、いわゆる絹に似た布。虫の繭から作った糸を織った、ミカノ領の特産品である。

 大森林でも、匹敵する艶を出せる木綿があることにはある。が、これはあまり量が取れないのだ。

 普通の木綿とは品質の格差も相まって、気軽に礼装レベルの着物もどきを作れない程度には貴重品なのである。

 しかし土産に持たされた絹布があれば、アイアノをはじめとした数人に衣装の贈り物をすることもできる。

「はい。時間はかかると思いますが、任せてください!」

 その意図を組んで、きゅっと拳を握って請け負うフミニア。

 利康はそんな愛らしくも頼もしい妻を、微笑を浮かべて見返しうなづく。

 フミニアは自分用の艶木綿着物を作って以来、通常の木綿布で数点の試作品を仕立てている。

 それらは男物女物を問わず。すべてが普段着として使えるものばかり。

 そんな彼女の手に良い材料が渡ったのならば、また良い着物が仕上がることだろう。

 しかしそれは良いが、土産物を持たされたということは、それすなわち荷物が増えるということ。

 対して利康一行がこの旅で下した荷物はと言えば、道中の食料に、保存食補充のために物々交換に出した瓢箪ヒサゴーリ水筒。そしてウテア個人が、はぐれ者の村土産とした新しき品々くらいである。

 降ろした物に対し、持たされた物の嵩が明らかに上回っている。

 だが増えたのは物だけではない。

 浪輪庵の牽き手を請け負う女アイヒェサクスに、自身の引っ越しの荷を牽く陶工シュラム。

 村への道を共に進むことになった彼らに助けられて、増えた分の荷物はどうにかなった。

「それにしたって、アンタらを帝国側からいっしょに運んで欲しいって言われるとは思わなかったね」

「僕らも、帰り道でトリネカさんにお世話になるとは、まさかでしたよ」

 利康は荷馬車を操る赤毛の女商人へ向けて振り返る。

 そう。ウテアは何の考えもなく、ただいっぱいいっぱいになるまで土産を渡したわけではない。

 あらかじめトリネカという、はぐれ者の村と帝国とを行き来する交易商人に同行を依頼していたのである。

 こうしたウテアによる素早い意思伝達を支えているのは、精霊を介しての遠距離伝言である。

 ウテアは先んじて精霊にメッセージを託して、自身の屋敷、あるいは現ミカノ侯爵の館へ。

 そこから指示を受け取った者たちが、使者として走るなり、また精霊伝言を飛ばすなりして動くのである。

 全員が精霊使いとして高い適性を持つエルフにとっては、深く広大な森林で意思を伝え合うありふれた通信網。

 それを自分の治めていた領内に限り、完全とは言い難いながらも整えた。という訳である。

 今回の場合は交易商人の立ち寄る町に、あらかじめ依頼を持たせた使者を走らせていたと言うこと。

 利康としては、妻か、知人の精霊使いを介してでしか利用できないものの、その妻がよく使うので馴染み深い。ウテアの密かな使い方から、いつの間にと驚きはしたものの、種明かしをされればあっさりと飲み込めてしまえた。

 そんな訳で、トリネカの荷馬車にいくらか積ませてもらえたことと、交易のお決まりの道を案内してもらえたこと。そのために、自分たちだけで旅するよりはずいぶんと身軽に帰り道を進むことができた。

 しかし荷馬車に荷車、荷車茶室と並んで、足どり軽く進むコガ夫妻に対して、アイアノは眉間に皺を寄せている。

 その耳元には小さな風がつむじを巻いて。

 顔の至近に空気の渦など大丈夫か、と心配になる。だがそこは魔法。これは風の精霊が、アイアノにだけ伝言を伝えるようにしているだけ。なので肩揃えの金髪がそよそよと揺らぐだけで、肌の裂ける心配は無用なのである。

 つまり問題はそこではなく、アイアノだけに向けられたメッセージがあるということ。それと、そのために悩ましげに義姉が顔をしかめているということである。

 思い返せばアイアノの行動には少しばかり奇妙な所が。

 シュラムと面通しをして、協力を取りつける目的は達成。村に戻ろうというところで、屋敷に誘うウテアの側に賛成を。

 旅の進みを管理して、意図的に帰りを遅らせようとしていた節があるようにも。

「姉さん、どうかしたの?」

「ん、あー……いや、大丈夫。だーいじょぶ。ギリギリ……マジにギーリでなーんとかなったみたいだーかーら?」

 妹に答える言葉も、いつもと違って不安げで歯切れ悪い。

 それを受けてフミニアは利康の顔へ目を。しかし利康としてもアイアノの内心を覗けるわけが無いので、妻へは苦笑まじりに首を捻るしかなかった。

 そうしている内に、道は農地に挟まれたところを越えて木々の間へ。

 ほどなくして一行は、はぐれ者たちが集まる村へと到着するのであった。

「やっぱり、この空気は落ち着きますね」

 利康は言いながら深呼吸。

 炊事の煙をはじめとした人々の営みに、それを取り囲む森の匂い。

 妻フミニアに拾われてからこっち、毎日を過ごしてきたこの村の空気。すでに体に深く馴染んだそれを取り込みながら、利康は妻と暮らす家へ。

「じゃ、アタイは倉庫方面に行くから。こっちに乗った荷物は後で届けさせてもらうよ」

「いえ、こちらから取りに行きますので、お構いなく」

 御者台で手綱を操り、馬の鼻先を変えるトリネカ。

 そうして交易商人の馬車と別れた利康たちは、つま先の向きをそのままに進んでいく。

「おお! ダンナさんに奥さん! お帰りなせえす」

「お帰りなせえす」

「やあ、カッペくんにヒラトワさん」

「ただいま戻りました」

 そこで土に汚れたカッペとヒラトワの二人と鉢合わせ。

 にこやかに帰還の挨拶を交わす。

「紹介します。カワロのカッペくんとヒラトワさん。恩返しにっていろいろ手伝ってくれてるんです」

「こちらはアイヒェサクスさんにシュラムさん。探し人がいるらしいって訪ねてきた人と、トシヤスさんに協力してくれることになった職人さんです」

「よろしく」

「こちらこそす」

 旅の途中で出来た新しい道連れと、以前から村にいた仲間が夫婦の紹介に続いて互いに頭を下げる。

「そう言やあ旦那さん、ずいぶん早いお帰りだったんすね? だもんでこっちはまだ半分くらいしか……」

 言いかけたところで、カッペはアヒル口をつぐんで残る言葉を飲み込む。

 脂汗を浮かべて口を閉ざすカッペをいぶかしみ、利康はその視線の先を辿る。

 するとそこには視線だけでカッペの口を縫い合わすアイアノの顔が。

「ほーらトッシー師範。もーうここまできちゃったんだーしさ、さっさと家で落ちつこーよぉーお?」

「あ、はい」

 カッペを黙殺する視線について利康が口を開きかける。

 が、それよりも早く、アイアノが進むように促して、一行はそれに素直に従う。

 そうして進む一行の前に、コガ夫妻の暮らす家が。

 しかし目の前の家の様子に、利康とフミニアは二人そろって首傾げ。

 家を取り囲む大量の木材。

 それを使って作業する男たち。

「見つけたッ! やっと見つけたッ!」

「ん? お前は……!?」

 その男たちの中にいた立派な角を持つ甲虫人レマハス男へ、利康の後ろについていた同族の女が駆け出す。

 驚く角持ちのアイヒェサクスに、女甲虫人は走る勢いのままタックルを。

「お前、いったいどうして、この村に……?」

「やっと! やっと会えた! もう、二度と会えないかと……!」

 天然の鎧をまとう大柄な者たち二人の感動の再開。

 それはそれとして、材木と作業員に取り囲まれたコガ家であるが、気持ち大きくなっているようにも。より正確に言えば、今まさに育っている途中のように見える。

「これって、まさか……」

「ちゃーんと完成するまで旅しててほしかったんだ―けどね。ま、そーゆ―こと。ただいまぞーちくちゅーでござーい」

 二人の家がどうなっているのか、何をされているのかを察した利康に、アイアノがここで種明かし。

 つまりは村を開けている間に増改築を済ませて、帰ってきたコガ夫妻の度肝を抜いてやろう。と、こういう計画だったらしい。

「いくらか不便はあると思うが、どうにか寝泊りは問題ないはずだ。村長宅として恥ずかしくないものに立て直そうということだったから、完成には程遠いが、な」

 そしてタックルを受け止めたままのアイヒェサクスから補足が。

 誰用の、という当たりに少々おかしな言葉が挟まれているが、利康にとって重要なのはそこではない。

「ちょっと待ってください! 立て直すなら僕にも設計させてくださいよ! せめてまだ間に合うところ、内装とかその辺のを!」

「あ、トッシー的にはむーしろ未完成でちょーどよかった感じ?」

「それはもう! せめて今からでも住む側の意見を聞いてもらいますからね! 行きますよフミニアさん!」

「は、はい!」

 家の状況にはアイアノの狙い通りに肝を持っていかれてしまった。

 だが素早く復帰して見せた利康は、妻の手を引いて改装中の家に向かって進む。

 自分たちの好み、こだわりをひとつでも多く反映してもらうために。

今回もありがとうございました。

これで一応第二章の区切り、ということになるでしょうか。

それで例によって例のごとく、次回の更新がいつになるかは僕自身にもわかりません。

それでもお付き合いいただけるという方は今後ともよろしくお願いいたします。

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