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第六十五席 完全に村長役に就けられたでござる

 レナンジェイス大陸はエルフの大森林。

 我々の暮らす地球。それとは異なる世界に存在する、この森林の外縁部。

 ここには、様々な土地からつま弾きにされた者の。あるいは自分から飛び出した者が転がり込む村がある。

 そんな祖先を含めた村民たちの出自から、「はぐれ者たちの村」と呼ばれている森外れの村。

 鬱蒼と茂る木々の群れに穴を開けるように切り開かれた土地には木造の平屋がぽつぽつと。

 森の深部方面の土地には、そんな家々の中で際立って大きい屋敷が。

 村長の家とされているこの家は、低木の並ぶ小さな畑を臨んだ平屋である。

 屋根は藁ぶき。

 太い角材を使用した柱たち。その間には土塗りの壁が。

 また南側は塗り壁でなく、ほとんどが横滑りの板戸とそこから張り出した縁側となっており、そこから取り込んだ大量の風が家の中を吹いて抜けるように。

 土間となっているところ以外は、柱を支えに地面から離れているのか、横木で狭められた隙間が。

 また炊事かまどの排煙口とは別に、簡素ながらボイラーと、そこで生じた煙を逃がす小さな煙突を備えた部屋もある。

 そして玄関にかかる表札。そこにはエルフ文字と漢字とで「古賀」とある。

 この日本風の家屋こそ、増改築を施された新しい古賀家である。

 利康らが帝国行きの旅から村に帰還してから早三か月。

 帰って来た時には増改築が進められていた途中だった家も、ほぼ完成と言っていい状態になっている。

 もちろん帰ってきた家主たちが、途中から可能な限り注文をつけて修正した上で、である。

 もっとも、土台からひっくり返すような注文は必要なかったのであるが。

 今のところ出来上がっている部分で一番大規模だったところで、せいぜい壁にする予定で格子を組んであったところを全部取り払って、縁側に作り直した程度か。

 旅の間に秘密の贈り物と用意されていた家であるが、その基礎部分には森ノ都に建てた書院造風味の集会場が流用されていた。

 利康が基礎段階から助言を重ねて完成させたもの。それが改装案の基であるため、根っこから外れたものにはならなかったということである。

 例えて言うなら利康の理想形がミヤマクワガタだとするなら、実際の出来がヒラタクワガタだったというところだろうか。

 どちらもクワガタムシには違いない。

 違いないのだ。

 むしろヒラタはヒラタで魅力的なフォルムをしている。

 それは間違いない。ないのだ。

 ともかく、古賀家の増築は以前よりも部屋の数が増えて、広々と快適に過ごせるように仕上がっている。

 それも小なりとはいえ、風呂までつけてくれてあるのだからなおのこと。

 村に公衆浴場が完成した時も嬉しいことであった。が、それとは別に、よその予定を気にせず入ることの出来る風呂ができたというのは、利康には格別に喜ばしいことである。

 これで家を待合に、少し森の深まったところにでも茶室が出来ていれば言うことはない。

 だが逆に言えば、それはむしろ今後に自分の理想とする据え置き型茶室を作れるということでもある。

 利康はそのようなことをつらつらと考えながら、開け放たれた縁側を正面に。そこから見える村の景色を眺めている。

 囲炉裏を囲むように、畳もどきを床一面に張った居間。

 そこに置いたちゃぶ台に似た低いテーブルに正座で着席している利康。

 着ている服は土色の単衣仕立ての上に、同じ色をしたズボン。ようするに木綿製の作務衣である。

 背中と胸に、表札と同じくツバキ科風の花と古賀の漢字を刺繍したこの作務衣はもちろんフミニアの手によるもの。

 数ある和風衣装の試作品の一つであり、色合いも相まって利康が普段着として愛用している一着である。

「……あの辺りに生垣とちょっとした門もあったらいいかな……」

「どうぞトシヤスさん」

「ああ、ありがとうフミニアさん」

 作務衣姿で外を眺めながら独り言をつぶやく利康のところへ、木のトレイを持ったフミニアが。

 作務衣の夫に対して、妻は軽い紐を帯とした浴衣風味。

 野良仕事にも着ていけるように、地味な緑単色の和装をまとったフミニアは、おぼんに乗せて運んできたものを利康の前に。

 木の器に注がれたそれは、薬草を煮溶かした飲み物。

 こう表すると、ドロリとしたいつまでも舌の上にしがみつきそうなものを連想するだろう。が、フミニアの出したものはそんな液体と固体のあいのこのようなものではない。

 スッとした香りとあっさりとした苦み。それがさらりと喉を通る程度の濃さに仕立てた薬湯である。

「はぁ……頭がすっきりしますよ」

 利康はそんな薬湯を一口。その味わいに満足げな吐息を。

「さて。じゃあ続きもやっていきましょうか」

 そして両の頬を挟むように張り鳴らすと、ちゃぶ台に置いた硯にかけた細筆を手に取る。

 そうして筆を向けた先には、やや長めの短冊形に整えられた木の板が。

 利康は筆を向けたのとは別の木版を見つつ、左手でそろばんを弾き、その結果を短冊板、木簡に書き連ねていく。

「ええっと……前から村の蔵に収まっていたのがこれだけ。それで……前回の交易での収支がこれだけだから……」

 そろばん珠のぶつかり合う小気味よい音。その合間合間に独り言をつぶやきながら利康は次々と短冊を墨の字で埋めていく。

「トシヤスさん、こちらはどうしましょうか」

「ああ、字が乾いているようならそちらは綴じておいてください」

 質問する妻にちょっと目をやって、再び計算に戻る利康。

 フミニアはそうして視線と合わせて送られた指示を受けて、利康の近くに並べられていた木簡を紐でつないでいく。

 板にはその端にあらかじめ穴が開けられており、フミニアは右から順番を間違えないように確認しながら、そこへ紐を通してつないでいくのだ。

 そうしてまとまった木簡は、巻物のように丸めて束ねられる。

 村人たちから家の増改築と一緒に、利康には村長という役職が贈られている。

 これは、新たな交易品を売り出すための顔役と言うだけのものではなく正式なもの。

 そして帳簿記録木簡は、任された村長業務の一環として、利康が自主的にまとめ始めたものである。

 しかし自主的に、と述べたように、そもそも交易の収支をまとめる経理仕事を、キチンと正式に任されたわけではない。

 村長とは言ってもはぐれ者の村でのそれは、対外的な顔役としての肩書である。

 いわば、外側から来た者に分かりやすくするための気づかい程度のもの。

 実際のところは渉外系統の雑用係程度と言っていい。

 成り立ちからしてそもそもが、村民同士の密接な協調には向かず、相互協力にさえ自主性が第一。そんな個人、家族主義の強い村にあっては、長と呼ばれるようなまとめ役はそもそも必要とされてこなかったのだから仕方のないところだろう。

「それにしてもこんないい加減な、どんぶり勘定の端切ればかりで……!」

 だから過去の交易の収支など、代々ちゃんとまとめてきた家などがあるはずもなく、こうして利康が嘆く羽目になってしまっているのだ。

 利康はもちろん、異世界こきょうで経理を学んではいない。

 小遣い帳をつけた程度の経験とそろばんの能力だけで、村というコミュニティの経済記録をパッチワークにでも仕上げようと思えば、その労力の重さは推して知るべし。

 であるならばなぜ求められてもいない仕事を作り、しなくてもいい苦労にあえいでいるのか、という見方はあるだろう。

 しかし利康はこの労働が自分のやりたい放題に、加えて村の発展にも根深くつながっていると理解しているからこそ、自分から買って出て木簡帳簿をつけているのだ。

 物々交換が主流とはいえ、きちんと村の内外での物流を把握すること。それは知らぬうちに村で必要なものが不足することと、不要なまでに余るものが出ることを防ぐ力になる。

 利康の感覚では今までよくも出納管理をがばがばにして交易などできたものだと信じられないところである。

 仮に今まで大事にならなかったとはいえ、交易規模が拡大を続ければ確実に必要になる。

 むしろ、利康が交易用に売れる商品を出し始めた段階で絶対に必要になっていたことなのだが、それでも早く管理体制を整備してしまうに越したことはない。

「よぉ、トシヤス。邪魔するぜ」

「ああエルネストさん。どうぞどうぞ」

「いらっしゃいませ」

 そこへ縁側から村の神官エルネストが。

 仕事中にも関わらず快く来客を受ける夫妻に、エルネストは笑みを深めて縁側に腰かけ靴を脱ぐ。

今回もありがとうございました。

次回の更新予定も不明です。待っていてください。

それでは今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

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