第六十三席 暗いところから明るいところに出ると
持ち主たるウテア自身の案内を受けて、白い屋敷に入るセシル。
その後にはもちろん、アルベルトをはじめとした護衛たちが続く。
しかしドアを潜った先にあったものに、近衛の騎士たちは首を傾げる。
まず目に飛び込んできたのは、正面の白に朱と金の糸で猛禽を織り描いた帝国旗。
その周囲は白木に、磨かれた白い石を建材とした、白が基調となるエントランス。
二階へつながる階段のある、吹き抜けのホール。
だが大きく目を引くのはその国旗がひとつだけ。
ほかにも朱と白の象徴色の花を飾った壷や花入れはところどころに。
しかしそれらも壷や花入れそのものは暗く地味な色の物ばかりしかない。
濃く暗い緑の布を下地に、白メイン建物の中でも浮かぶようにしてある旗ほどには目を引かない。
帝都の貴族屋敷であれば、エントランスホールから黄金や銀に輝く品で飾られているものだ。
それと比べて、このウテア屋敷の飾りはあまりにも質素。
思い切って悪く言ってしまえば、地味である。
皇族を迎えるにしてはあまりにも地味に過ぎる飾りつけ。
それに護衛の騎士たちはウテアに対して疑念の思いを。
ウテアはセシル皇子を内心では歓迎していないのではないか。
『これは、見事な旗ですね』
しかしその一方。セシル皇子は旗そのものを見て、関心の声を。
『織りの型は最近のものとは違いますが、こちらのほうがより綺麗に見えますね』
『お分かりですか? なんでも同じ大きさでも近年主流のものよりも、縦横の糸の数が多いのだそうですの。元々は先帝陛下の誕生祝いにと献上されていたものを、現陛下より下賜されたものなのですわ』
『ひいお爺さまの!?』
ウテアの飾る帝国旗の来歴を聞き驚くセシル。
旗と自分の顔とを見比べる皇子に、ウテアは微笑みを深める。
『はい。もう隠居して久しい私に、このような贈り物を賜ってもったいない限りですわ』
そんなウテアの謙遜の言葉に続いて、護衛の騎士たちも改めて祖国の象徴たる国旗を見る。
よくよく見ればなるほど、実に見事なものである。と、近衛たちも次々と首を縦に。
糸の数が違うと言うだけに、色の密度が違う。
さらに猛禽の眼や羽毛、爪を描く金糸もまた細やかで、神々しい迫力を帯びている。
何よりも来歴によれば亡き先帝の誕生記念。およそ八十年前の旗である。
それがどうか。織り込まれた金糸の輝きは確かに。
その他の箇所も、経た年月こそ探せば見つかるものの、逆に言えば探す必要があるということ。みすぼらしく古ぼけた風にはまるで見えない。
知勇いまだ衰えを見せぬ歴戦の将。
そのような像を幻視するほどの風格。まさに国の顔たるにふさわしいその旗に、アルベルトを始めとした騎士たちの何名かは、自然と胸に手を置いた敬礼を取っていた。
その敬礼は国旗を通してなにものへ捧げたものか。
祖国の歴史か。旗の織手か。今日まで旗を朽ちさせず手入れをしてきた者たちか。それとも、それらを引っくるめてここに感じさせる国旗そのものに、か。
『あ、このレイピア、これってもしかして!?』
そんな護衛の騎士たちを余所に、セシル皇子は新たに目についた品へ向けていそいそと。
それをウテアと御側付であるアルベルトが追いかける。
『白いナランジェ花をちりばめて、金色の宝玉を飾った柄! 世直し劇にも必ず佩剣として出てくるアーンランジェ! 本物だッ!?』
やはり暗い色をした布を背負う形で壁にかけられていたレイピア。
セシル皇子は、精緻な細工の柄から針のように細い刃を伸ばす剣を、鼻息も荒く食い入るように。
『ええ。私がかつて使っていた剣の一振りですわ』
『すごい。すごい! 正真正銘の! 本物ってこんななんですね!』
うなづいてのウテアの言葉に、セシルの目の輝きがさらに増す。そして低い位置から、しかし立ち位置姿勢を様々に変えて、あらゆる角度から剣を見上げ眺める。
『すごい丁寧な細工ですけど、本当の枝と花って事は無いんですねぇ……』
物語で知っている英雄の剣。その本人が持つ本物をまじまじと見ながら、皇子は大真面目に小道具との違いを口に出す。
『あら? 近ごろのはそんな脚色をしていますの? それにしても本物の枝と花だなんて、かえってただ重いだけだと思いますけれど?』
『ああ、いえ。さすがに作り物です。花も本当のものと違って分かりやすく大ぶりに作ってありまして……』
歌劇の小道具として、遠目にも舞台映えするように施された演出について語る皇子。高めの声で気持ちよく語る声は、しかしそれを半ばで止めると、セシルはぎこちない動きで振り返る。
そこには微笑ましげに幼い男児を眺めるウテア。それと、気まずげに目を逸らす側付の大男の姿が。
『あー……うぅ、さ、さすがは物語で語られる剣ですね。舞台用の大げさなものとは違いますが、見事な細工と拵えで……』
『お褒めに預かり光栄ですわ、殿下。私を題材とした歌劇もお目にかけて下さっているようで。ただ、語られる側としては少々恥ずかしいものがありますわ』
『恥ずかしがる事などありません。我が国存亡の危機を陰日向に支えた、貴殿の誉れを語った物です』
『ありがとうございます殿下。で、ありましたら、劇作家の方々も、私の剣を見たときには踊りだすほどに喜ばれますわ。殿下の感動も、感性が彼らのようにみずみずしい証拠。なにも恥じらい隠すことはありませんわ』
あわてて取り繕った幼い皇子に、ウテアは笑みを深めてやんわりと説く。
たとえやんごとなき生まれであろうと、セシルはまだ幼い。語られ、憧れる英雄とその持ち物を前にすれば舞い上がるのも自然なことであろう。
『そちらはまた、後ほど存分に楽しんでいただけますわ。さ、こちらへどうぞ』
『よろしくお願いします』
そんなわけで、うっかり男の子としての素が出てしまうほどに昂り解れてしまっていたセシル皇子を、ウテアは先に立って二階のバルコニーへと促す。
セシル皇子は別にもてなしを受ける近衛の者たちと別れると、側付役のアルベルトひとりを連れて、先を行くドレスの裾を追いかけて階段を上へ。
『さ、どうぞ殿下』
控えていた侍女が戸を開き、皇子をもてなす席として用意されたバルコニーが露わになる。
『うわぁ……!』
そうして案内された先に合った光景に、皇子はたまらず目を細めて感嘆の声を。
またアルベルトもまた鳶色の四白眼を絞る。
そこにあったのはきらびやかな調度品。
暗い色を下敷きや背景にした、よく磨かれた銀の調度品の数々。
また輝くほどに白い壷にはあふれんばかりの花が活けられて、それ自体が五色の花弁を持つ大輪ひとつのように。
それらには、恐らく鏡や板張りの銀を経由させてのものか。直に差し込むはずのない光が誘導されるままに流れて、弾け輝く。
そんな輝きの中央にはミカノの家紋を描いたクロスを重ねたテーブルが。
『これは……なんてすごい……入口からここまでが抑えめだったのは……』
皇子が感嘆のままにつぶやく通り。
すべてはこのドアを開けた瞬間のための布石であった。
帝国の主流からすれば粗略なまでに抑えた飾りつけ。それに続く、光を誘導してまでの煌びやかな景色。
この落差は、目に飛び込んだ一瞬の輝きをより鮮烈なものへと押し上げることに。
いわば屋敷全体を影とし、魅せたいものをさらに輝かせる。
これが利康の設計したミカノ屋敷の演出である。
『まさかこんなやり方があるなんて……』
煌びやかさにメリハリを、それも屋敷全体を利用して与える手法に、皇子はただただ胸を抑えて瞬きを。
『光よ。自由であれ……』
その横でウテアの唇が動き、そよ風が庭に向けて流れる。
するともてなしの場に流れる光が和らいで、騒がしいほどであった輝きが落ち着いたものに。
ウテアの意思ひとつで変わる陽射しの具合。
つまり鏡だと思われた光の誘導は、実はウテアが精霊にやらせていたことであるということ。
光を操作していた精霊に暇を出したウテア。優雅にたたずむ彼女の横顔に、セシル皇子は尊敬のまなざしを。
『これは私一人で考えたものではありませんわ。ある方から教えていただきましたの』
「さすがだ」と雄弁に語るまなざしにそう返して、ウテアは落ち着いた明るさに収まったバルコニーへと進み出て、椅子の一つを自ら引く。
それを受けてセシル皇子は、足早にウテアの用意してくれた席に着くのであった。
今回もありがとうございました。
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ですがどうぞよろしくお願い申し上げます。




