第四十八席 ナニカサレテイタヨウダ?
「大変素晴らしい飲み物でしたわ。ありがとうございます」
音を立てずに飲み干した椀を床に、深く頭を頭を下げるウテア。
「中へ招いておきながら、不調法にて恥ずかしいかぎり」
感謝を示すお客さまに、利康は未熟な点前を恥じ入りながら返礼を。
「そんなとんでもない。大変よいものをいただきました」
対してウテアは首を横に。頂戴した薄茶の点前を誉める。
「本当に気に入りましたので、普段から気軽に飲めるようにしたいくらいですわ」
「しかし今日のこの一服が仕上がったのは、ひとえにウテアさんの手助けがあったからこそ、だと思うのですが」
そうして絶賛するウテアに、利康は下げた伏せていた顔を上げて、何かしたのではないか、と言葉を返す。
「え? ウテアさんがなにかを?」
利康のカマかけの言葉に、仕掛けられたウテアでなく、傍らのフミニアの方が驚きの声を上げる。
その瞬間に口を挟まなかったことから、フミニアが気づいていなかったであろうことは予想していたが、案の定。
ただ、精霊と交信する術を持つフミニアが全く分からないというなら利康の思い過ごしである可能性も疑わしい。
実際利康は自分を疑った。
しかし利康は自分の感じた感覚に確信を抱いている。
点前に入る時には気を入れ替えるようにはしているし、事実今回は気を入れて臨むことが出来た。
しかしあの不安にさいなまれていた状況から、いくらなんでも会心の出来を導くほどの集中に届くとは考えられない。
むしろあの不自然なタイミングでのそよ風。
あれがウテアが何か力ある言葉で、利康の後押しをした証だと考える方が自然だろう。
「ふふ。私がやったのは貴方の心を乱していた、恐怖の精霊を鎮めただけ。それだけでピタリと気持ちを整え、集中できたのは貴方自身の力ですわ」
「本当にウテアさんが!? いつの間にッ!?」
そんな思いを込めて見つめていれば、ウテアはあっさりと手助けをしていたことを認める。
「いえ。点前に臨んでなお雑念に苛まれ、茶に真摯にあれなかったのはまさに私の不調法。御手を煩わせて申し訳ありません」
ウテアの言葉に、利康は自分の未熟さの詫び、手助けへの感謝を合わせて礼を。
「厳しいのですね。これは気持ちを静めるのを助けるだけに抑えていて正解でしたわね」
「御気づかい、痛み入ります」
微笑むウテアの言葉に、利康は重ねて頭を下げる。
利康にとって、降って湧いた力での活躍を自分の手柄とするのは本意ではない。
そうした理由もあって、ウテアが少しだけの後押しに控えてくれたのは、ほんとうにちょうどいい助けであった。
しかし、ちょうどいい程度だとする理由はそれだけではない。
感覚が大幅に鋭くなるような補助魔法をかけられていたとしたら、あまりに感覚が違って逆に手元が狂っていたかもしれない。
何らかの理由で突然に力を増したはいいが、それに振り回されてしまう結果になるというのは、ままある話だ。
恐らくはその点も心配して、補助にかける魔法を控えめにしてくれたのだろう。
そう思うとウテアの見識と気づかいには、また頭が下がる思いである。
「それより貴方、面白い精霊のつながりを持っていますわね?」
ふいにウテアからかけられた言葉。それに利康もフミニアもきょとんと。
出身の世界が違うからなのか、利康は力ある言葉を放とうと試みても失敗ばかり。恐らくそちらの才が無いのだろうと思われる。
にもかかわらず、ウテアが言うには面白いつながりがあるのだと。
今まで試みて駄目だったという結果があるだけに、その言葉には夫婦揃っていぶかしげに首を傾げる。
「あら? ピンと来なかったかしら?」
するとウテアはコガ夫妻に合わせるように自身も首傾げ。
「ええ、まあ……」
「精霊に語りかけるすべも持っていませんので……ねえ?」
それに対してコガ夫妻は、うなづきつつ目配せ。
力ある言葉を放つ能力が無さそうであると、今までに試した結果を語る。
「ああ。語りかけるとかそういう方向ではないのですわ。でしたら素質の持ち主としてはありふれたものですもの」
そんなコガ夫妻の言葉を聞いて、ウテアはクスクスと笑みをこぼす。
しかしそれでも利康たち二人は何のことやらと揃って首をひねる。
「ちょっとした加護……とでもいうのでしょうか? 精霊が常にひっそりと守っているという形ですわ」
「はあ……自覚はないのですが」
「それはまあ、精霊の守りと言ってもとてもひそかなものですから」
加護と言われても、と自分自身を見回す利康。それにウテアは笑みをそのまま首を縦に。
ウテアの言葉通り、今まですぐそばに暮らしていたフミニアがまるで気づくことがなかっただけに、加護とそれを与える精霊の強さも推して知るべし。
せいぜいが小さな幸運を招いてくれたり、招き損ねたりしてくれる程度だろう。
「ともかく、茶はお気に召したようで何よりです。多くの人に普段から気軽に飲んでもらえるようになって欲しいので、ありがたいです」
精霊の守りの話は脇に除けよう。
そう思って利康は一度かぶりを振ると、茶の木の普及について水を向ける。
「あら、それでは茶の苗か種は売っていただけるのかしら?」
するとウテアは、生産独占するつもりのないという利康の言に、胸の前で手を合わせる。
が、それに利康は顔を伏せつつ首を左右に。
「あいにく今すぐには……」
そう。売ることはできないのだ。
苗でも種でも譲ること自体はやぶさかではない。が、今はものが無い。
できている抹茶の材料は森に自生する野生種の若芽。
種を集めようにもしかし、今年はまだ季節でないから実と種どころか、花も咲いていない。
そして野生の苗木を移して作った畑もまだ小さく、作りかけもいいところ。少ない苗木から分けようにも、植え替えるには半端な大きさの物しかない。
まさに、無い袖は振れない状況である。
「そうですか、それは残念ですわ」
「種や苗木が手に入り次第に、お譲りするよう約束すること。これが今の精いっぱいですね」
利康の語る事情に柳眉を下げるウテアに、利康は今できる範囲でのことを。売買の予約を提案する。
「あら。そんなことをしてくださるんですか?」
「ええ。ただ……エルフの都でも栽培する計画がありますので、どれくらいの量を、というのは約束できないのですけれど」
「もちろんそれでも構いませんわ。融通できる分の中から優先的に買い取れるということですわね」
どれだけの量を渡せるかは分からないと、利康が申し訳なさそうに告げる。
だがウテアはそれで充分だとうなづく。そして説明を受けての自分なりの理解を、確認するように口に出す。
「はい。そう言うことになります。今は森ノ都と私どもの畑に使う分だけですので、問題なくお渡しできるかと思います」
「そうですの? それは早くに目をつけられたみたいで何よりですわ」
「もしも今後、他に欲しがる人が出てきてしまいましたら……」
「その場合は私どもで分配の話し合いですわね?」
誠実に説明を重ねる利康に対して、銀髪のエルフは柔和な微笑みで納得だとうなづく。
「あ、雨が……」
そこでフミニアが壁向こうに目を。
「ああ、止んでますね」
つられて目を向けた利康が言う通り、屋根と壁を叩く雨の音はいつの間にか止まっていた。
「あら。それではお暇させていただきますわね」
「え!?」
それを受けてウテアはすっくと立ちあがる。
「もっとゆっくりされて行かれては?」
「そうです。ひと晩泊まって行かれた方がいいと思います」
雨が止んで早々に森の中心地を目指して出発しようとするウテア。
それを利康とフミニアの二人が急ぐことはないと引き留める。
「いえいえ。雨宿りどころかお茶も食事もいただいてしまいましたし、もう充分にお世話になりましたわ。ありがとうございました」
しかしウテアは微笑みのまま首を左右に振って、コガ夫妻の誘いを辞す。
そうして水を落としたレザーコートを掴むと、羽織って戸を開ける。
「大変手厚いおもてなしを本当にありがとうございました」
外に出たウテアはそう言って深々と頭を下げる。
「何かお気に病んでいたことはあったようですけれど、きっとうまくいきますわ。それでは、またお会いしましょう」
「え?」
そのような気になる一言を残して、ウテアはコガ家を後にするのであった。
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