第四十七席 集中力爆発
「どんどんとおもてなしが手厚くなってなんだか申し訳ないですわ」
未だに雨が屋根や壁を叩く音が響く中、ウテアは目の前に出された膳を前にして微笑む。
山菜のおひたしに、葉菜の汁物。主菜に刻み野菜に豆を混ぜ込み焼いた芋。そして雑穀の麦粥。
素朴ながら充実した料理の数々。
それにウテアは唇をほころばせたまま手を組む。
「森と大地の恵み。そして心優しき人々に感謝を」
フミニアもやるのでおなじみ、エルフ独特の感性からくる食前の祈り。
それに食事を整えた者への感謝を加えたものを捧げて、銀髪のエルフは出された食事に添えられた木のスプーンと又一つのフォークを手に取る。
「木を石ナイフで削った食器……ふふ。懐かしい」
手の中に納まったスプーンとフォークをくるりと。
弄んだ懐かしい感触に笑みをこぼして。ウテアはまずはと木の皿に入った塩茹での山菜にフォークを絡めて口に運ぶ。
ゆっくりと顎を動かして味わい、飲み込む。
「……いいものですわね。こういうものって」
そうしてほころんだ唇から出た言葉は、懐かしさの柔らかな色に彩られている。
「お粗末なものではありますが、お褒めいただいて光栄です」
料理を一口食べてのウテアのコメントに、フミニアは板張りの床に指をついて頭を下げる。
その間に食事を進めていたウテアは、口に含んでいた麦粥を飲み込み、微笑を返す。
「そんなに謙遜なさらなくても。確かに、この辺りではありふれたものに違いはないのでしょうけれど、選んだ材料に、こしらえた手間暇を思えば結構なものだと思いますわ」
口元を隠しながらそう言い、コロコロと笑うウテア。
その言葉通りフミニアのこしらえた食事は、この場で出来うる限りの精いっぱいが込められている。
材料はいま使える限りで最も新鮮なものを選択。
雑穀麦粥もフミニアの見出したベストの配合バランスで。
それらを無駄に時間をかけるでなく、必要充分に丁寧に仕上げたものなのである。
それをわずかな実食にて読み取って見せたウテアに、フミニアは驚きつつもすぐにその鋭い見識に敬意を表し、いま一度礼。
「おそれいります」
「そんな、もてなしいただいているのは私の方なんですから」
尽力を見抜き、認めてくれたことに対する感謝。
それに礼を言う方が逆だ、とウテアは笑う。
「ところで、里帰りの旅の途中ということですが、やっぱり森ノ都が目的地なのですか? それとももう用事は済ませて出てきたところなので?」
食事に戻るウテアに対して、フミニアは銀髪のエルフに質問を。
「ええ。向かう途中です。四百年ぶりに、家出同然に出て行って以来ですの」
「四百年!? ぶり? その間は全然、まったく?」
「はい。一度も森ノ都を訪ねたことはありませんわ。まあ、おおよそ数十年おきに何人かは出て来ていますから、何も珍しいことではありませんわね。貴女のようなお若い方には、だれと区別のつくような話でもないでしょうけれど……おいくつ?」
「あ、はい。私、十六歳です。分かるものですか?」
驚き前のめりになっていたフミニアであるが、そこで背筋をまっすぐに戻して首傾げ。
するとウテアは、質問に続けて口に入れていた練り芋の焼き物を咀嚼して口元を抑える。
「まあ! 本当にお若いのね。まあ、私たちの場合見た目だけで分かるものではありませんけれど、柔らかさとか、見るところを見れば多少は」
「柔らかさ、ですか?」
「単純に肌の、というだけでなく。考え方や感性、後は内なる魔力の流れなど、ですわ」
どれも例外はあれど、しかし歳を経れば硬くなりがちなものである。そのような内容の言葉を後に添えるウテア。
対するフミニアは彼女が見当を付けた点に、納得しきりといった様子で繰り返しうなづく。
そんな森の民の血を引く女同士で話が弾む一方。風炉を前にした利康もまた、ウテアの手元に注意を向けていた。
座り方は横座り。さらに最初に茶目っ気を見せはしたものの、その食器使いは実に優雅。
時に片手。時に両手に。一組のフォークとスプーンとを時々に合わせて持ち替え、使い分け。
そうして音もなく、よどみなく膳を平らげていく。
そんなウテアの食事作法は流麗であるあまりに、手元にある粗末な木食器を、貴重な木材を厳選して削り出した一点物と錯覚させるほど。
しかしこれはエルフの食事作法ではない。
森ノ都に暮らすエルフは食前の祈りと、不快な音を立てないこと。この二点以外はまるで気にしない。
ウテアの食事作法はむしろ、アンシェルズら帝国の人間が、村の食事にすり合わせようと試みていたモノに近い。
それをより優雅に完成させたのがウテアの食事作法である。
そのことから利康はウテアの背後関係を不安に思う。
「ところでウテアさんは普段はどちらにお住まいなんですか?」
そんな夫の思いを悟ってか、フミニアはウテアの普段暮らしの住所を尋ねる。
するとウテアはキレイに平らげた膳を前に感謝の一礼。
そして微笑みを深めつつ首を傾ける。
「実は、普段はウルタニア領に住んでいますの」
帰ってきた答えは案の定。帝国の住民であるということ。
それに利康は目まいを覚える。
「帝国に、住まわれてるんですか?」
そしてフミニアも震える声で、確認の問いを。
「ええ。建国当時からウルタニア暮らしですわ」
しかしコガ夫妻の内心など気づいた風もなく、ウテアは微笑のまま間違いないとの返事を。
そんなだめ押しの肯定に、利康とフミニアは顔が強ばるのを抑えながら目配せする。
「ウルタニアと、何かあったのですか?」
「ええ、まあ。少々……」
その反応に対する疑問の声に、フミニアは詳しいところは曖昧にしながらも、何かしら問題があったという点は否定しない。
このタイミングでの帝国暮らしのエルフの里帰り。そしてコガ家への雨宿り。
ウテア本人は何らかの意図を持っている風ではない。が、だからこそそれが逆に不安。
先の使者の件以来、コガ夫妻の抱いてきていた不安感。この銀の女エルフはその消えずにくすぶり続ける思いに、たっぷりと油を注いだ形になる。
しかし利康は背すじを伸ばしてゆったりと呼吸をひとつ。
頭を振って、傍らの鍋を載せた風炉へと向かい合う。
ウテアの真意がどうあれ、いま彼女は雨に降られて助けを求めてきた旅人には違いない。
旅に疲れ、雨に冷えた旅人にほんの心尽くしを馳走することに変わりはない。無いのである。
「これより、お薄を差し上げます」
そう心を切り替えると、利康は指つき一礼。
そして帛紗を広げてちり打ち。
瞬間、ウテアの口から吐息が。
するとわずかに。ほんのわずかに両手の間に張った帛紗の下端が揺れる。
屋内に流れたそよ風。
絶妙なタイミングでのそれに、利康は眉をひそめる。
が、風自体は、窓を落とし戸を庇としてわずかに開けてあるため、あり得ないものではない。
そう思い直した利康は、今できる最高の薄茶一杯を点てようと、点前に入る。
すると利康の意識は、不思議と点前のためにしつらえた風炉とその周りだけに集中する。
屋根壁を叩く雨の音もどこか遠くに。
妻と客の気配も、霞がかったように遠のいて薄れる。
茶杓削りの時のおぼつかなさが嘘のような集中力。
ごくまれにしか体験できない極まったそれの中、利康は道具を清め整えていく。
そして器を温めるところまで終えると、いよいよ薄茶を収めた棗茶器を開ける。
器の中の抹茶に茶杓を入れる。すると指先にはいつもよりもわずかに重たい感触が。
利康はこの感触に覚えがある。
いつも以上の集中による指先の鋭敏化。
そのために湿度からくるほんのわずかな違いを、指先でより明瞭に感じられているのである。
これは普段からもおぼろげながら感じ取ることはできてはいる。
だが今は、いつも以上にはっきりと指先に訴えを受けられているのである。
それこそ言葉にしてただいまの具合を説明されているかのように。
茶の声を受けた上で、この場に使う最適な量。湯の温度と量を見切る。
はた目にはいつもと同じ二杓足らずの茶。一杓の湯。
しかしそれは、本日定めた量に合わせての微調整がなされたもの。
いくら天候などからくる素材の状態を見切れたとしても、そこから最適な量に調節するのは利康の技量があってこそ。
そしてすかさず柄杓から茶筅へ持ち替え、漆器椀の中で茶を含んだ湯へ。
丁寧に、かつ熱を失わぬうちに手早く点てた薄茶。
会心の出来に仕上がった本日の一杯。
それを音もなくウテアの前に出す。
「ありがとう」
ウテアは利康の薄茶を両手で包むようにして持ち上げて浅く礼。そして器のふちに口をつけると、そっと傾けて温かな茶を舌へ流す。
「はぁ……素晴らしいですわ」
そして息継ぎをするように一度傾きを戻して一言。それからすぐにまた茶に口をつけると、残りもまた音もなく飲み進めていく。
その満足げな様子に利康は内心胸をなでおろす。
しかしその一方で、突然に高まった集中力については訝しさを感じているのであった。
今回もありがとうございました。
次回の更新もいつになるか未定ですが、待っていてくださるとうれしいです。




