第四十席 ぶつかり終われば
村の広場中央に設えられた土俵。
その東にはチクマの里のカワロが。
対して西にコセの里の代表たちが並ぶ。
並ぶ大カワロたちは、すでに背中や尻に土を付けて、土俵にてすでにそれぞれの勝敗を決してきたことが分かる。
副将戦まで決着のついた、五対五の星取り戦。
これまで先鋒、次鋒はチクマ側が。中堅、副将はコセ側が白星をつけているという結果である。
チクマ側からすれば幸先は良かったものの、勝負の流れがコセ側に奪われている形である。
利康としてはカッペのこともあり、先に縁を結んだチクマたちを応援したいところではある。が、あからさまに肩入れする訳にはいかない。
この相撲勝負を主催する側としてあくまで中立でなくてはならないからだ。
二つの里によるこの代表戦が決定するのは、互いが主張する縄張りの境界線をどちらに定めるかということ。
ただしこれは向こう約一年程度の話。
毎年この境界線制定の星取り相撲を行うことが、チクマとコセの里の間で定められた約定である。
仮にコセがこの勢いのままチクマを制し、勝利を納めたとしてもその結果は祝福され、尊重されることになる。
もちろんそれは敗者側のカワロが率先してのことである。
それだけカワロにとって、相撲の勝敗は重いということである。
それをこの星取り相撲を仲介した利康たちが軽んじる訳にはいかない。
結果がどうあれ受け入れて行動するしかないのだ。
そうして利康が見守る前で、双方の里長が立ち上がる。
共に無言で土俵に歩み寄る両名。
口を横一文字に結んで、のしのしと進む。
双方ともに背筋を伸ばして胸を張ったその堂々たる様は、どちらも劣らぬ横綱の風格。
カワロにとって相撲での力比べが重要な意味を持つのは先に述べた通り。
つまりは里をまとめる長ともなれば、相応に高い実力を備えているものだ。
いや。逆に言えばよほどの例外でもない限り、相撲の実力がなければ長が勤まらないということである。
両雄は土俵の内に踏み込む前に、揃って一度立ち止まる。
そしてチクマは腹を、コセは自身の頬を張り鳴らす。
気を込めた一撃の放つ音色。
その残響が波の引くように消え去るのに合わせ、両名は戦いの場へと踏み込む。
円の中心点程近くに引かれた二本の線。
それにチクマとコセは拳を添えて腰を落とす。
きっかけさえあればいつでもぶつかり合いそうな姿勢で両者はにらみ合う。
相手の動き、それをわずかな兆しからなにから見逃さぬ。
そう物語る目をぶつけ合う大カワロ二人。
合わせて強く深く高まる呼吸は、まさに猛牛が走り出そうと地を掻くが如し。
八卦、よし。
激突。
闘志の充実に利康が固唾を飲んだ刹那。カワロ両雄は土俵の中央で乾いた音を響かせていた。
瞬きの間に見逃してしまいそうな瞬時のぶちかまし。
ずんぐりとしたその体形から驚きの速さ。
普通に並び歩いていれば歩幅と重量から、ヒトよりも間違いなく遅い。
しかし足の速さ、機敏さというものは一種類ではない。
一瞬の突進力。
カワロの相撲戦士の足は完全にその方向に特化した形になっている。
厳密にいえば、土俵という小さな戦場での立ち回りに最適化しているということであろうか。
激突したチクマとコセはその勢いのまま腰に巻いた綱のような蔓に掴みかかろうと腕を回す。
互いに肩同士をぶつけ合い、回そうとする腕をはじき合う両者。
刹那のの衝突から瞬く間の腕の交錯。
そしてチクマは右腕をコセの左脇に差し込んで腰巻に。
その間に右脇から自身の腰巻きを狙ったコセの腕を挟み込む。
チクマの右の指も腰巻にかかったもののそれはかろうじて。コセが挟まれながらも肘を突っ張っての抵抗で、完全に掴むことができなかった。
しかしどうにか回しを取った形になったチクマはコセの体を半ば担ぐようにして土俵の外へ向けて押し込んでいく。
だがコセも一方的に押し込まれるばかりではない。弾かれた腕を外からチクマの後ろ腰に回して掴む。
土俵際にて藁に足をかけて腰を落としたコセ。
その相手の踏ん張りにチクマがうなる。
それに合わせてコセは外から回した腕に力を込める。
相手の足を浮かせバランスを崩そうと、両者は身をよじる。
土俵に足をかけ、右に左にと体を振ってチクマを土俵の外へ放ろうとするコセ。
対してチクマは重心を小刻みに切り替え、逆に押し出そうと圧力をかける。
若いコセの力に、チクマの老獪な技術。
互いの強みを駆使して、勝利をもぎ取ろうとの一進一退。
絶えず揺れる秤にも似た土俵際の均衡。
しかしそれはチクマの腰が浮くことで崩れた。
「ああっ!?」
「長ッ!?」
チクマが敗北する数瞬先の未来図。
それに利康のそばでカッペとヒラトワがたまらず声を上げる。
また観客である村人も同じく、どよめきと共に前のめりに。
そして戦いを間近で見守っていたカワロ力士たちも、思わず腰を浮かせる。
決着の一瞬。
それを見逃すまいとこの場にある全ての目がただ一点に。
だが、浮かびそのまま持ち上げられるように見えたチクマの腰が沈む。
不意にグンと重みを増した禿頭の大カワロに、コセはまなじりが切れんばかりにその目を開く。
目前の勝利を疑うことなく信じていたところでのつまづき。
しかしその確信もチクマの描いたモノに過ぎなかった。
つまりコセは、針に気づくことなく釣り餌を喉奥まで飲み込んだ魚も同然。
そしてチクマは獲物が立ち直るよりも早く、腰を沈めた勢いそのままに土俵の内へ振り戻す。
結果、体に土を付けたのは、土俵の上を転がったコセであった。
もんどりうって転がり、西側の土俵際にてようやく止まるコセの体。
自分の腕を支えにして上体を起こしたコセは目をぱちくり。自身の身に走った衝撃、そして敗北という現実に意識が置き去りを食らっているようである。
分厚く幅広の体。しかし大きな目でのその様は幼げで愛嬌がある。
そんなコセに、かの里の代表であるカワロ力士たちが、助け起こそうと立ち上がる。
だが彼らよりも早くコセの前に手を差しのべた者があった。
「ほっれ、立てるか?」
果たしてその手の主は、たった今までぶつかり合っていたチクマその人。
助け起こしに差し出された厚く大きな手。
目の前のそれに、コセは軽く鼻を鳴らす。すると遠慮なくチクマの手を掴み、助けを受けて立ち上がる。
「完敗だ、全面皿の」
「ふん。そげな減らず口がきけるなら手を出すことも無かったか」
憎まれ口を交わしあいながら。しかし助け起こした手はしっかりと繋がれたまま。
そうして握手のまま、二人は不敵な笑みを浮かべ合う。
「次は、負けんぞ?」
「やってみい。ワスもただ若造に勝ちを譲ってやるつもりはないでな」
そう言って二人は歯を見せると、互いの背中に張り手を見舞う。
張りのある快音。
それに続いてカワロの里長たちはどちらからともなく大口を開けて笑い声を。
高らかに響くそれには、相手を認め合う確かな敬意が。
相撲勝負ひとつで、これまでのいがみ合い全てを流し、互いに好敵手としての敬意を払い合う二人。
本気のぶつかり合いが導いたこれもある種の一座建立。
その姿に利康はただ心のままに立ち上がって拍手を。
チクマとコセの、両里の健闘とその後の精神を称えるそれに、フミニアも続いて倣う。
拍手はエルネストにカッペたち。そして村人たちへと伝わり、土俵のある広場に幾重にも重なって響く。
やがて拍手に包まれた土俵では、大将二人以外のカワロ力士たちも自分の対戦相手と手を握り、肩を叩き合う。
「……おう、ちと叩くん強すぎんか?」
「あ? お前のがもっと強く張っただろ?」
そうして星を取り合った者たちすべてが、お互いがお互いの強さを認めて収まるか。と思いきや、なにやら剣呑なやり取りが。
「おい! そんなに強く叩くこと無いだろ!?」
「お前が先にやったんだろうが!?」
「なんだぁッ!?」
そしてほどなくして、どっちからやっただのの水掛けと叩き合いが始まり、回しを掴んでの取っ組み合いにまで発展する。
「この馬鹿力のハゲ頭が!」
「加減知らずのクソガキめがぁ!」
しかも騒動をいさめ、収めるべき里長たちが率先して組み合っているのである。
狭い土俵の中で五組のカワロ力士が一斉に衝突。
その乱闘騒ぎに、村人は戸惑ったもののすぐさま気を取り直すと、煽るような声援を浴びせて盛り上がる。
「スッキリまとまるかと思いましたのに……」
せっかく収まりかけたところでの逆風じみた乱闘。
それにフミニアが困り顔でため息。
「いえ。まるっとひっくり返って台無しということはなさそうですよ」
しかし利康は苦笑混じりに頭を振って、耳をしょげさせた妻に。
視線で促したその先。
土俵の上で取っ組み合いをするカワロたちの顔は、どれもどこか楽しげで。
それはいがみ合いと言うより、仲間同士での大騒ぎを楽しんでいる風であった。
今回もありがとうございました。
次回の更新予定も未定ですが、どうぞよろしくお願いします。




