第四十一席 交易商人どの
あの星取り戦からしばらく。
はぐれ者の村で行われた団体相撲以後、チクマのとコセの里は穏やかな関係に落ち着いている。
そもそもコセの里がチクマの里の縄張りを引っ掻き回していたのは、ただ食料や物資を探索する方向がかぶっていたがためである。
乾燥に弱いカワロの特性上、その行動範囲はどうしても川などの水場に依存する。
果実などで水分を補うにも限界がある。
なので程近い位置にある里の間では、縄張り争いが起こりがちになるのだ。
今回の勝負で負けたコセ側は行動範囲を狭められて、食糧採取量を大幅に削られたということに。
では生存に圧力をかけられた状況を恨みに思うのでは。となるだろうが、そこはすでに対策が施されている。
ヒサゴーリ水筒の作り方を、チクマの里とコセの里双方で共有させたのである。
水を持ち運びできる容れ物があれば、カワロの行動制限は大きく緩む。
今まで足をのばせなかった方向に進出できるようになり、隣里との境界線の方向にわざわざ進む必要が無くなったのである。
さらに水筒の製法を得た利点はそれだけにとどまらない。
里のカワロが使う分を超えたところは、魚とともにはぐれ者の村との交易品として使われ、採取だけでは賄えない食料、物品の安定した供給につながっている。
つまりは、もうよほどの異変でもない限り、チクマとコセの里の間で境界線の位置が死活問題から外れているということである。
生存を競わないのならば争う理由は薄まる。
そうしてカワロの里双方は、互いにケンカ友達。あるいは格闘競技の好敵手といったところの関係で落ち着けたのである。
ただ、これは両者の間で本格的に血が流れる前であったからこそ。
すでに争って死者、重傷者が出ていたとしたら、こうまですんなりと和やかな関係には収まらなかったに違いない。
「へえ……これが植物の実で出来てるって?」
そうして安定して手に入るようになったヒサゴーリの器を持ち上げているのは、若い女性。
エルネストと同じく掘り深の顔。
元は色白であったろう肌は日に焼けて色づいている。
程よく手に収まるサイズのヒサゴーリを眺めるその眼は青。
その上に弧を描いた眉は赤毛。
そして流れるにまかせた長い髪も同じく明るい赤。
しなやかでメリハリのあるその肢体を包むのは動きやすい木綿の服に革のジャケット。
椅子に腰かけ組んだ足はスカートではなくズボン。
村の社にて利康と向かい合い座るこの赤毛の女性は何者か。
彼女こそはぐれ者の村を商売相手とした行商人である。
「ええ、紛れもなくです。表面に塗料を塗って加工してありますが、中身を抜いただけのヒサゴーリです」
艶を放つ薄茶色の水筒。
上から、下からと、木を削り磨いたようなそれを眺める女商人に、利康はうなづく。
「で、トリネカ、そいつは売れそうなのか?」
「売れそうか? 売るのがアタイの仕事ですよ、エル坊っちゃん」
エルネストの問いに赤毛の女商人、トリネカは口の端をつり上げて白い歯をみせる。
そして卓上の木杯にヒサゴーリ水筒の中身を注ぐと、その臭いを確かめ、口に含む。
「革袋みたいに水を臭くしないってこの強み。こういうのがあれば、随分とやりやすいもんよ」
そして水筒の商品価値を認めてウインクしてみせる。
商売とは、欲しがっている者のいるところへ物を持っていくのが基本である。
塩は海の周りで消費するのではなく内陸に運んで。
貴金属ならば貧しい者のところではなく、富を抱えたものの手元へ。といった具合にである。
その見極めは商人の目と鼻がものをいうところ。
産地で捨て値同然のものが、別の土地では吹っ掛けられてでも欲しいとされることもある。
そうした観点から、強みのはっきりした商品というものはトリネカとしても歓迎するところである。
「おいおい。坊ちゃんはやめてくれよ。実家からはとっくに出て行ったわけだし、これでももう父親になるんだぜ?」
坊ちゃん呼ばわりに苦笑しつつ突っ込みを入れるエルネスト。
「え、子ども……できたの? ポリーヌと?」
「ああ。て……言っても、まだ授かってるのが分かっただけだけどな」
「そ、それは、おめでとう……」
照れ笑いを浮かべながらポリーヌの妊娠を告げるエルネスト。
それにトリネカは呆然としながらも、どうにか祝いの言葉を告げる。が、そのあとに続いたのは不明瞭な東方語のつぶやきであった。
「あの、お二人は昔からのお知り合いなんですか? その、エルネストさんが故郷にいたころからの?」
予想だにしていなかった報告に呆然とするトリネカ。
それまでの気心の知れた二人の様子に、利康は抱いた疑問を口にする。
おずおずとしたその問いかけに、エルネスト、トリネカ共にうなづく。
「ああ。実家に出入りしてた商人の娘でな。まあ昔なじみってヤツだな」
「この神官様。お兄様がたお二人が健康だからって、やりたい放題にフラフラしててさ。そのまま流れ流れて、はぐれ者に落ち着いちゃってね」
「で、コイツは親父さんのトコからそうそうに独り立ちして、女だてらにいっぱしの交易商人にってワケさ」
笑いながら互いのことを簡単に昔語り。
「ここに来るまでにも神官として落ち着いてからも、こいつにも親父さんにも世話になり通しなんだよな……」
そう言ってエルネストは頬杖をつく。
「まあそんな身の上でいうのもなんだけどよ、トリネカも早いとこ相方見つけたらいいと思うんだがな」
口元をつり上げてのエルネストの一言。
それにトリネカが噛みつくように東方語で怒鳴り声をぶつける。
日本語に訳せば「やかましいわッ!」といった感じであろうか。
その怒鳴り声のあと、トリネカはむすりとしかめっ面になって頬杖を。
憮然としながらもわずかに口元の持ち上がったその表情。
そんなトリネカの顔からは、からかいに対する怒りだけではないものがにじみ出ている。
多面体の感情のあらわれに、利康はともかく商売の話に戻そうかと動く。
「そうした繋がりがあれば安心です。が、紹介したい商品はこれだけではないんですよ?」
そう言って利康はひときわ小さい、漆黒塗りのヒサゴーリを差し出す。
「へえ、こいつは?」
話のかじ取りを素直に受けたトリネカは、商人の顔に戻って出てきた商品を見る。
くびれがちょうど手に合う先の物とは違い、指一本が入る程度の大きさ。
そのくびれ部分には朱染めの帯が巻かれ、赤帯を境にした達磨形の下側。腹と言えるところにはまた赤でエルフ文字が。
いや、赤漆で描かれたそれはただのエルフ文字ではない。
なんと読み仮名として添える表音文字を、ひらがなに置き換え、さらに漢字も加えたモノであった。
世界をまたいだ文字の融合。
誰が作った文字かと言えば、言うまでもなく利康の考案したものである。
エルフ文字の部分は地球で言う椿の花に似た花の周りに葉を添えたもの。
これは仮に決められたコガ家を表す絵文字である。
仮にというのは、未だコガの花は確認されておらず、利康の地球知識を基にして図案としているからである。
ちなみに地球でいう茶の木は椿の仲間であり、花の形も大きく離れてはいない。
このことから抹茶から加工法を変えた煎茶に紅茶、烏龍茶といった茶葉とはまた別の、潜在的な利用方法が期待できる。
もっとも、花も実も完全に確認できていない以上、皮算用になる可能性も否定できないのであるが。
話を戻そう。
コガ一族を示す一文字であると言うことは、当然花の絵文字に添えてある漢字と読み仮名は「古賀」と「こが」である。
これは別に私物に名前を書いたと、そういうわけではない。
何者が主導して手がけたものかという、いわば作り手のサインである。
「醤油差し……フィゾースの容器ですよ」
そんなメーカーエンブレムまで書き入れた小さなヒサゴーリの用途を、利康は一言で。
「魚醤の……? ああ、あの臭い控えめな!」
「はい。もう体験していただいていたようで」
それを受けてトリネカは手元の醤油差しに訝しげな目を向ける。が、すぐさまありふれた魚醤の容れ物ではない事を察してうなづく。
「村に入ってすぐ使ったモンを頂戴しててね。なるほど、エルでも平気な魚醤のか……こりゃまたいい取引のできそうなモンを出してくれたね」
「良いだろうが、普通のフィゾースが苦手だろうがなんだろうが……」
眉を寄せたエルネストをよそに、醤油差しを眺めるトリネカ。
「で、このエルフ文字は偽モンと混ざりにくく、ってワケ?」
「御明察です。見よう見まねで作った物と見分ける目印になれば、と」
そしてトリネカはそうそうにエンブレムを書き込んだ理由を読み解く。
すると利康はその見識に深々と頭を下げる。
利康とて、自分のもたらした物品がいつまでも唯一無二の存在として強みを持ち続けるとは思っていない。
むしろ逆に出来うる限り早く、広い普及と品質向上を。と望んでいるのである。
幸いうろ覚えな知識からでも、多くの助けを受けてどうにか形になったように、再現そのものは難しくはない。
こう見れば、基礎的な手法の拡散に困難は少ないように見える。
しかし各地で作られ始める以上に早く、間違いなく現れる物がある。
そう。粗悪な偽物である。
ヒサゴーリ水筒ひとつとっても、間違った作り方のせいで簡単に壊れるもの。常に水がこぼれるもの。そうしたものが出てくるだろう。
ひどいものであれば、革の水袋を木のガワに入れて、臭い移りしない水筒でござい。なんてやらかす輩も出てきかねないのである。
ましてや新しい魚醤など、簡単に既存品をそれらしく偽ってしまえるだろう。
そうして噂と異なる悪質な品々は、評判を大きく貶めるだろう。
「うん、いいじゃないか。いい想像力だよ。お人好しっぽい顔のワリに、なかなかこすズルい連中のやり口が見えてるじゃないのさ」
その利康の考えに、トリネカは上機嫌に何度もうなづく。
地球でも億は下らないほどに前例の溢れた事態を警戒しただけなので、あまり持ち上げられると利康としては面映ゆいものであるのだが。
「ただ予想と見立ては悪くないけど、コイツそのまま売るってんなら甘いね」
しかしトリネカは利康の考えを悪くないとしながらも、まだ足りないと頭を振る。
「まだ数も量も少ないので補充用の符丁にもなるか、と思っていたんですが」
売り手をお願いした商人に、より大きな容器を売り、使いきった醤油差しを持った客には割安に容器補充をするようにしたい。
その真贋を見極める符丁として、と利康は考えていたのだ。
そのトリネカはその売り方自体はいいネタだとした上で、再び首を横に。
「仮にコイツを買ったのが空にしたコレに、ありふれた魚醤詰めて売ったりしたら最悪じゃないかね?」
「あ!?」
笑みを添えての指摘に、利康は目と口を大開きにする。
売った後に中身を替えて別の相手に売り飛ばす。それを防ぐ手段はない。しかもいくら別物をつめられようが、器そのものは本物なのだ。
トリネカの言うとおり、最悪の部類に入ると言っていい事態である。
「ま、コイツはアンタが自分用に持ってた方が良さそうさね。数がちっとあるなら信用できるのに分けるなりでね」
目の届く範囲に留めておくように勧めて醤油差しを返すトリネカ。
利康はその忠告ともども、返された醤油差しを一礼して受け取る。
ただ、造詣含めせっかくのアイディアではあったが、完全に狙いどおりとは行かなかったことにはため息を抑えきれなかったが。
「売り物にするのは普通の使うとして、アタイ用に欲しいからひとつは買うよ。で、いつものに加えての面白いので、こっちから出せるのは……こんなもんかね」
気を落としなさんなと前置きしてから、商談をまとめにかかるトリネカ。
彼女の差し出した目録を見て、利康は机の上に手を置き、指を走らせる。
「……だいぶ多いみたいですけど、いいんですか?」
利康は幻のそろばんを弾いて出した答から、新商品が随分高く買われていることを読み取る。
そしてそれで良いのかと確認に首傾げ。
しかしエルネストもトリネカも、値段の問いが聞こえていないのか、ある一点を無言で凝視。
その一点とは利康の手元。幻影のそろばんのあった場所である。
「ちょ、今のナニ!? あんな素早く計算するってどんな算術!?」
「いや、魔法だろ!? あの指の動きは魔法発動の手順かなにかで!」
「いや、ただのそろばん、計算技術なんですけど……」
思わぬ方向での食い付きを見せた二人に、利康はたじろぎながら、ただ問われるままに答える他なかった。
今回もありがとうございました。
次回更新の予定は未定ですが、待っていてくだされれば幸いであります。




