第三十四席 迷子のカッペくん
エルフの大森林。
その名前とは裏腹に、この広大な森林の中にはエルフの他にも、いくつかの種族が暮らしている。
排他性を持つエルフという種族であるが、森のすべての支配権を主張して、自分たち以外のすべてを排除する……などということは無論していない。
それは森の外縁部寄りにとはいえ、ハーフエルフも住めるはぐれ者の村の存在を認めている事からもわかりきっていることである。
エルフたちが特に厳しく領土としてこだわり守っているのは森の中心部のみ。
森の中核に位置する天を衝く大樹“アミエノミンハスラ”。
その世界樹を中心とした一定の範囲が、エルフが聖地兼生活圏として自ら定めた、他種族の許可ない侵入を拒む場所。
それ以外の範囲に集落を構えることはエルフたちも認めているのである。
もっとも、森に暮らすうえで排除されないためには、森を破壊してはならないというエルフの掟を守る必要があるのであるが。
しかしこのルールも、ただ断固として木々や生物の保護を強いるだけのものではない。
木を伐るならばそれと同じかより多く植えよ。
獣を狩るのなら、できる限りは獲物は老いたものを選べ。
そうした禁止を強いるというよりは、森の一部として循環が崩れないように推奨するものである。
―古木は折れ朽ちて明日の命を育む―
そのような、循環を前提とした自然に対する考えに基づいた掟なのである。
そうして掟にのっとり、消費しながらも次に繋げる循環の一部となれたのならよし。
しかし、もし循環の流れを崩すような行いがあれば、魔術に長じたエルフが戦闘面でその本領を発揮することになるだろう。
実際、森の長い歴史の中で掟を理解しなかった者、エルフと対話するつもりも無かった者たちは、大森林から姿を消すことになった。
そうして排除されずに残ったのはエルフと話が通じるもの。その中でも掟の意味と、それを外れたものがどうなるのかを理解できた者たちと、その子孫ということになる。
つまりカッペをはじめとしたカワロが、種族独特の訛りを帯びながらもエルフ語を操れるのはそういう理由があってのことである。
もっとも、これはカワロに限った話ではなく、エルフの大森林に落ち着くことのできている種族すべてにいえることであるが。
そういう意味ではエルフは領土面積ではともかく、森林の支配種族であるということに間違いはないと言える。
川辺を歩きながら、利康はそうした今の森林の状況の説明に繰り返しうなづく。
利康にとっては、エルフ語の読み書きを習う合間にすでに聞いたこと。そのおさらいという形になる。
だが実例を前に改めて聞かされれば理解も深まるというものである。
そうして川の上流を目指して歩く利康たちであるが、その頭には午後の日差しがまっすぐに落ちてきている。
それもそのはず。三人の傍らを流れる川はかなり幅広のもの。
広さだけでなく深さも相当なもののようで、水は透んでいながらその深いところまではうかがい知れない。
そして静かに流れる豊かな水は、それなりに大きな船を行き来させることさえできそうである。
つまりはそれだけ川の上が開けているということであり、当然枝葉が橋とつないで水面を覆っているということもない。
ただし、船を使うにしろ規模が大きければ大きいほど、大規模な船着き場を整備する必要がでる。
当然それには丘にあげた荷を運ぶ輸送路を拓くこともついて回る。
そうなれば、エルフの掟にも引っかかる開発規模になることは必至。
利康としても森の景観を破壊することを望むものではない。
船の利用を拡大するとしても、カヌー程度の小舟を数を増やして使うのが限度だろう。
ともあれ、そんな広い川にまで出たのはいいが、ここからでもカッペには集落の位置が分からないのだという。
川の中ほどに島の見えるところという情報から、もう少し上流側だろうと当たりをつけて、利康たちは川沿いに流れに逆らって歩いているのだ。
「ここまで方向音痴で、よくひとりで遠出する気になりましたね」
「いやぁ、実ははじめはひとりじゃなかったんす。けんど気づいたらいつの間にか誰もいねくて」
呆れ混じりの利康に、カッペは居心地悪そうに実際のところを白状する。
へへへ、と誤魔化し笑いで締めくくるカッペ。
それに利康とフミニアは顔を見合わせて苦笑する他なかった。
そんな二人に、カッペもまたあやふやな笑いを繰り返して、頭に乗せた葉っぱを川につける。
頭頂部の髪の無いところ。いわゆる皿に当たる部位が、日にさらされてつるりと輝く。
そこまで河童と共通したカワロの特徴に、利康は思わずクスリと。
しかもカッペが言うには、この頭の皿が乾き過ぎると頭が湯だって目が回るのだと。
おそらくは気化冷却を効率化し、陸上で体温が上がりすぎないようにする器官なのだろう。
しかし乾燥してしまえば体温調節機能が働かなくなり、熱に浮かされてしまうということか。
そこに濡らした葉をかぶせて保護するということは、直射日光を遮るのに加えて、加湿することで二重に乾燥から守ることになる。
「ところでダンナさんと奥さんは、なしてこんなトコまで? 釣りに来たわりにゃ竿も無し。迷ってる間には二人が食べれるような実も見かけ無かったすよ?」
カッペは滴るほどに湿らせた葉を頭に乗せなおしながら、利康らを振り返り尋ねる。
「いえ、私たち食べ物を主に探してたわけじゃないんですよ?」
「ほんじゃなんす? 薬草す?」
「いやいや、そういうのも見つかれば、いくらか摘んでいくつもりですが、主な目的はこれです」
利康はそう言って、カッペの疑問にこたえるべく、目当ての物の破片を見せる。
「ヒサゴーリなんてどうするんす? オラたちは平気すけど、人やエルフさんは腹壊してまうすよ?」
「もちろん食べません。用があるのは皮……ってオラたちは、平気?」
人が腹を下すものと分かっていれば当然の疑問。
そこのところへの説明に入ろうとしたところで、利康は引っかかりを感じたカッペの一言をおうむ返しに首ひねり。
「そうす。オラたちは食っても平気だもんで、陸で渇きを潤すのによく使うんす」
実の中に水分を多量に含むものの多い瓜の類い。
それを水筒の代わりとして、利用しているということなのだと。
日本でもきゅうりなどは単純な食材としてだけでなく、そうした水分補給を目的にされていたこともあるという。
河童がきゅうりを好むという話も、案外そうした理屈からついたイメージなのかもしれない。
「じゃあ、あの辺りに生えてたヒサゴーリの実がもがれてたのは、カッペくんの仲間が?」
ともかく、これでヒサゴーリをもぎ取っていったものは明らかになった。
が、また同時に利康は眉根を寄せてこめかみを指で抑える。
「となると、丸ごとのを手に入れるのは難しいですかね」
カッペとその仲間であるにしろそうでないにしろ、カワロが陸での水分補給に使っている以上むやみに持っていくべきでないように思える。
しかもそうした使い方であるならば、その場で割って食べてしまうのが大半だろう。
そしてそれは、ほかの時季で実る同じようなものでも同じことだろう。
せっかく見つかったひょうたんもどきであるが、丸ごとのものを手に入るのが難しい以上、最初の計画をそのまま通すことは望み薄であるように見える。
利休の作ったというひょうたん花入の異世界再現。それも野望として持っていただけに利康としては痛恨事である。
「丸ごとのがほしいんす? なら何とかなるかもすよ?」
「え?」
しかし落胆していたところへかけられた声に、利康は呆けた顔を上げる。
いま、なんと?
そう瞬く目で問いかける利康に、カッペは首を縦に振る。
「たぶん里には、まだ食べずに残しといたのがあるはずなんで、送ってくれたお礼にオラが自由にできる分はお渡しするすよ」
「本当ですか!?」
カッペの約束に利康は前のめりに念押しをする。
念願かなうかとの期待にあおられたその動きに、カッペは強張った顔で半歩引きながらうなづくのを繰り返す。
「命を助けてもらった上に送ってもらって、どう狩りを返したもんかと思ってたんすが、こんなに喜んでもらえるなら恩返しになりそうで安心したす」
カッペはそう言って利康に笑みを返すと、二人に先立って力強く足を踏みこむ。
「そうとなりゃ急いでいくことにするすか!」
「カッペくん、そっちは下流!」
「おえ!?」
張りきったのはいいが、さっそく道を間違えるカッペに、利康とフミニアは苦笑するしかなかった。
今回もありがとうございました。
次回も予定は未定ですが、よろしくお願いします。




