第三十三席 異世界に河童を見た
「ほら、水だよ? しっかりして」
木を枕に寝かせた男の子を抱えて、利康は自分の革袋の飲み口を緩く開いたアヒル口に入れる。
少しずつ、含ませるように水を与えていく。
葉っぱと蔓の服の男の子は喉を鳴らして、与えられる潤いを体に取り入れていく。
「ところでさっきこの子のこと、カワロって呼んでましたけど知ってるんですか?」
息継ぎに間を置きながら、利康は妻に尋ねる。
「はい。この森の水辺に集落を作って住んでいる種族ですね」
その説明にうなづいて、利康は男の子の手を取り上げる。
ふくふくとした、よちよち歩きの子どものようなそれはややひんやり。
それはしかし、血が通っていないような固い冷たさではなく、低くも芯のところに温もりのある柔らかなもの。
赤子のような印象を与える脂肪も、実はその奥にある筋肉と体温を守るための装甲なのだろう。
そんな手の先にある指の間には明らかに水かきが。各指の第二関節のあたりにまで膜を張っている。
なるほどフミニアの説明のとおり、水中心の暮らしに適応した種族なのだろう。
「カワロ、というのはこの辺りでの彼らの呼び名なんですけど、たしかエルフ語に由来するものです。意味は河の童でしたか」
「それって……ッ!?」
そんなフミニアの解説に、利康は思わず吹き出しかける。
それはつまりカワロとは「河童」。要するにカッパだということになる。
そう言われればカワロとは、日本での数あるカッパの異名そのままである。
「どうかしましたか?」
「あ、いや。その……故郷で名前と特徴が似た感じの妖精? みたいな言い伝えがありまして」
首をかしげるフミニアに愛らしいと感じる余裕もなく、利康は驚きの理由を説明。
言われて見ればたしかに、アヒル口はくちばしのようにも見える。
頭に乗った葉っぱの下にも、皿のようなものがあるのかもしれない。
だが肌は色白ながら、人と変わらぬ肌の色。
甲羅もなく、爬虫類、両生類じみたところは見えない。
単に生態から「河辺に棲む子どものように小さな者」という意味で、エルフに名付けられたのだろう。
ちなみにこの世界の「エルフ」という言葉にも、漢字を当てられる意味がある。
「永い時を留まるヒト」という意味だと言う。
―「永留夫」―
実際に当ててみればこうなるだろうか。
なおハーフというのは外来語で、エルネストらの使う東方語の源流となった古代の人間語から来ているのだ。
「しかし、カッパ……いや、カワロですか」
そうしてこの男の子が、カッパのような異種族だと聞かされた利康は、より興味深くカワロの少年を観察する。
顔と腕を見比べたり、持ち上げた手を軽く握ってみたり。
そうしてみればなるほど。脂肪の下には間違いなく筋肉も感じ、河童が好むという相撲に適した体つきだとも思える。
同時に河童だというのなら水辺での暮らしに適するあまり、逆に乾きに弱いというのもうなづける。
「んぅ……」
そうしてカワロの介抱と観察を続ける利康。フミニアはそれに小さく声を溢し、夫の腕を取る。
「……っと、フミニア、さん?」
腕に絡んだ妻の手の感触。それに利康が振り向けば、眉を寄せて唇を尖らせたフミニアの顔が。
「……どうかしましたか?」
不満がありありと浮かんだ顔はそのままに目は逸らして。しかし腕は決して離すまいとしっかりと絡めての言葉。
明らかに機嫌の傾いたその様子に、利康は冷や汗を一筋。
「いや、その急にどうしたのかな? って」
「いけませんか?」
「いやそんな!? いけないなんてことはないですもちろん!」
尖った唇はそのまま上目づかいに問い返されて、利康はあわてて問題ないと首を横に。
そんな利康にフミニアは不満を抱えた仕草を取り下げずに、その身をすりよせる。
「知らないものに興味が湧くのは普通のことですし、意識が偏るのも何もおかしいことじゃありませんものね」
言うこととは、裏腹にむくれているのもあらわなその様子に、利康はようやく妻の抱えたやきもちに気づいて苦笑する。
「じゃあ、すみませんけれどフミニアさんのことも抱えてていいですか? やっぱり肌を合わせてると落ち着くので」
「……いいですよ。でも時間と場所がよくないですから自重してくださいね?」
絡められた腕をさらに妻に押し付けながらの問いに、フミニアは目を伏せたまま頬を染めてうなづく。
一発で吹き飛びかけたやきもちを、無理やりに引き留めた風のその反応。
そんな妻の反応に胸をくすぐられて、利康は口元を笑みにほころばせる。
そして利康はそそられる思いのまま妻に顔を寄せる。
そこで利康はふと視線を感じて目線を下げる。
するといつの間にか目を開けていたカワロの男の子と目が合う。
利康を見つめて、大きな目はぱちくりと瞬く。
「お、わッ!?」
驚きに声を上げ、利康は慌ててフミニアと寄せ合っていた顔を離す。
そのまま飛び跳ねるようにしてお互いに離れて、恥じらい取り繕う利康とフミニア。
対してカワロの男の子は、覚めたばかりでまだぼやけた意識を起こそうと頭を振りつつ身を起こす。
「だ、大丈夫かい? 渇きのあまりに倒れたみたいだけど」
見られた有様をかき消そうと、まくしたてての安否の問い。
それを受けてカワロの少年は瞬きを繰り返しながら首を縦に。
「はぃい、どうにかぁ……ふっらふらだったもんでよっくおぼえてねぇんだけんども、どうにもオラお世話になっちまったみてぇで、ありがてぇこってす」
そして訛りのきついエルフ語で告げられた礼。
「あ、あぁ……いやいや。たまたまここにいただけですから」
カワロ訛りとでも言うべきか。ともかくそれに面食らいながらも、利康は大したことはないと笑って返す。
「名乗るのが遅れました。僕は利康・コガ。こちらは妻のフミニア・コガです」
名を告げ、一礼する利康。
そして紹介されたフミニアも夫に続いて頭を下げる。
するとカワロの少年もまた慌てておじぎを返す。
「あ、オラはカワロのカッペちゅう者す!」
たどたどしい礼に合わせ、早口での名を告げるカッペ。
そんな様子に利康もフミニアも思わず目を細める。
「それで、どうして倒れるようなことに?」
「オラ、木の実やらなんやらを探してちょいと遠出しただけだったんだども……迷って、村や川への帰り道が分かんねくなっちまったんだぁ」
利康が促すままにカッペが語るには、帰り道を見失って森をさまよい歩くうちに、行き倒れるまでに取り返しのつかないほどの渇きに襲われたのだと。
そして利康たちに助けられて目覚めたのはいいが、当然カッペが村への帰り道を見失ったままでいることに変わりはない。
「……ふん。どうですフミニアさん?」
「最寄りの川までは精霊に尋ねなくても案内できますけど、その川からカッペ君の里に帰れるかまでは……」
カッペの直面している状況を聞き、利康はフミニアへどうにかできないかと。
その問いかけにフミニアは眉を寄せて首を傾ける。
「なら、決まりですか?」
「はい。ですね」
続いてコガ夫妻は目を合わせたまま、揃って笑みを深める。
「決まりって、なんのことす?」
言葉少なに二人だけで通じ合う夫妻に、カッペは呆けた顔で瞬きを繰り返す。
「送り届けようって話ですよ」
「誰をす?」
「カッペ君以外にいますか?」
「うぇえッ!?」
利康とフミニアの出していた結論に、カッペはぎょっと目を見開いてのけぞる。
「で、でもオラ……ただでさえあぶねぇトコを助けてもらったのに、こっからまたお世話になっちまったらどうしたらいいだか」
そして返せるものもないのにと恐縮する。
が、そんなカッペの遠慮に、利康は笑って頭を振る。
「そういうのを求めてのことではないですから」
構わないと笑う利康。その隣ではフミニアも同じく微笑んでうなづく。
「うぅ……すまんこってす。このご恩はぜってえに返させてもらうす」
そこでカッペはようやく、恐縮しきりなのは変わらずながら、助けの申し出を受け入れる。
今回も読んでくださりありがとうございました。
次回も予定は未定でありますが、どうぞよろしくお願いいたします。




