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第三十一席 次のネタ行ってみよう

 ようやく東の空が白み始めたであろう刻限。

 いまだ光の弱い薄暗い家の中、フミニアが目を覚ます。

「ふ……ぁふ……」

 小さなあくびを。さらにまなじりに浮かんだ涙を指でぬぐいとる。

 そして夜明け前の屋内に上体を起こす。

 素肌に布団一枚巻きつけただけのその傍らには、まだ寝息も高い裸の利康が。

 薄闇に浮かぶ夫の寝顔。それにフミニアは頬を染めながら微笑む。

 昨夜も激しく求めあったというのに、今見せている寝姿はいつもと同じく穏やか。

 彫り浅なその顔のせいか、利康の寝顔は余計に幼げで、あどけなささえ感じさせる。

 その落差が生むおかしみに、フミニアは唇をほころばせて自身の腹に手を添える。

 初めて体と体を結んでから数日、ほぼ毎日のように利康のほとばしりを受け止めている腹を愛おしげに撫でさする手。

 しかしその手つきは紛らわしいが、まだ出来ていると確定しているわけではない。

 精霊との対話、交信を得意とするエルフの血を引くフミニアには、生命の精霊を感じ取ることで妊娠しているか否かを早い時期に見抜くことができるのだ。

 事実、つい先日にポリーヌが子を宿しているのを判別し、当人に教えたばかりである。

 だがその鑑定能力をもってしても、まだフミニア自身のことは判断がつかない段階にある。

 仮に授かっていたとしてもまだ微弱すぎて、母体であるフミニアが持つ生命精霊の気配に隠れてしまっているのだ。

 これは仮に、より魔法使いとして秀でているアイアノらが行ったところで同じこと。生命精霊感知でもどうしようもないほどに早い時期なのである。

 しかしフミニアとてそんなことは分かっている。

 そもそも厳密にいえばフミニアが撫でているのはだいぶ上のところ。へそである。

「おへそをキスされたり、吸われたり、なめられたりするのってやっぱりくすぐったいかも……」

 フミニアはいま、自身のへそに向けられた利康の熱い目と、なされた行為そのものを思い出していたのである。

 ありていに言って、利康は腹属性弱点のへそフェチであった。

 元の世界では自覚のなかったところではある。が、世界を渡り、好みのへそを持つ女を妻を得たことで覚醒に至ったということである。

 フミニアのスタイルは、エルフらしいアイアノほどにはやせぎすでもなく、ポリーヌほどには丸々としてもいない。

 利康にとってはこうしてこの世界での親しい女と並べた上で、もっとも好みのバランスであった。

 ただその比較対象の代表が、義理の姉と人妻なのは少々どころではない問題であるが。

 とにかく利康は、妻の体の中心である小さなくぼみに気が付いたら吸い付きにかかるようになっていた。

「……けど、くすぐったいんだけど、気持ち良かったかも」

 フミニアはそうつぶやいて、自分の言った内容に赤の強まった頬を両手に包み、かぶりを振る。

 利康も利康であったが、あっさり受け止めてしまえるあたり、フミニアも大概である。

 その間に利康は寝返りを。半ば起きたフミニアの腰に後ろから腕を回す形になる。

「あっ、トシヤスさん?」

 離れないでくれ。そう引き止めるような夫の動きに、フミニアは我に返って目を下に。

 薄明かりに慣れてきた緑の目は、利康がフミニアの白くくびれた腰に巻きつくようにして、頭を押し付けているのを見る。

 そして妻を抱えた利康は、そのまま妻の腰に口づける。

「ひゃん! だ、だめですよトシヤスさん!? もう仕度を始めないと!」

 腰から昇る快感にびくりと体を弾ませるフミニア。

 そして朝っぱらからの夫の求めに家事仕事を理由に待ったをかける。

 だがその抵抗は弱々しく、まるで本気を感じない。

 むしろ建前ごと押し流されるのを期待している節さえあるように見える。

 だが利康はわずかにうめくばかり。そこから動くでもなく、ただフミニアの腰にキスをし続けるばかり。

 フミニアはそんな、進もうにも引こうにもまるで動きのない夫を訝しんで視線を落とす。

 するとそこにはフミニアに抱き着いたまま目をつむり、寝息を立てる利康の姿が。

 つまり、今までの行動すべては寝ぼけてのものであった。

「も、もう! トシヤスさんってば!?」

「ん、んお? どうしました? 寝過ぎました?」

「それは大丈夫ですけど、もぉッ!」

 あくび交じりにたずねる夫に、フミニアは赤い顔のまま小さく腕を振る。

 眠ったままの利康を相手に一人で盛り上がっていたことを恥ずかしがってのことである。

 が、寝てる間でのことを言われても訳が分からないのは仕方がないことで。

 利康としては寝ぼけ眼を瞬かせながら、首を傾げるばかり。

 なお、フミニアを抱えるその腕は依然として妻の腰に巻き付いたままである。


 ※ ※ ※


「なんてことが今朝あったんですけど、どうしたらいいでしょうか?」

 そして陽が頂点を越えた午後の村の社。

 真っ赤になった嫁になぜか叱られたと、寝起きでの出来事を利康が説明。

 そんな相談を持ち掛けられたエルネストは、呆れたようなため息とともに肩をすくめる。

「……いや、たぶんほっといていいだろ。普通にしてなって」

「ですけど……怒らせてしまったのに何もしないというのは……」

「気にしすぎだって。わざとやってないどころか、寝てたんならお前にゃどうしようもねぇだろ?」

 それはそのとおりだけれど。と、利康は眉を寄せて腕組み。

「その辺は嫁さんも分かってるだろうし。お前も寝ぼけて悪かった、くらいはすぐに言ってるだろ? 大丈夫だって」

 そう言ってエルネストはふたたび肩をすくめる。

「それに気を使ってばっかってのは疲れるぜ? 気にかけるのは悪くないが、いつでも疲れるまで相手に気づかう間柄ってのは次第にギスギスしてくるモンだ、お互いにな」

 さらにそう付け加えて、利康の心配を笑い飛ばす。

 なるほどたしかに。と、利康は先達であるエルネストの言葉を飲み込む。

 何もかもを相手に合わせ、見栄えよく飾り立てた仮面を外せないような付き合いは窮屈である。

 それがごく短い期間であるならばともかく、生活を共にするほど深い関係ならなおのこと。破綻は目に見える。

 しかしそれはお互い様の理屈だ。すり合わせて妥協点を作っていけないのであれば、逆に相手に無理を強いる事になる。

 お互いにどうにも出来ないところでやらかすこともあるだろうし、普段どおりに出来ないこともあるだろう。

 そこを相手の自然体として認めて、互いに妥協していけなければ危ないのだ。

「そういうのって、やっぱり経験があるんですか?」

 エルネストという男は、外からは妻を雑に扱っているように見えて、その実深く愛しているのだ。

 思い気づかい過ぎた経験談からだろうかと当たりをつけて利康は尋ねる。

「うんにゃ? 聞きかじりの話からの、そう言うもんだろうなって俺の考え」

 だがそんな利康の評価を感じ取ってか、エルネストは白い歯を見せて笑う。

「うちはもともとが坊っちゃんとそのお付きメイドだったからよ。顔合わせた頃から今のまんま。大差無いぜ?」

 またうっかりと気持ちを漏らすかと思ったらそうはいかんぞ。

 そう言わんばかりに口の端をつり上げるエルネスト。

「はあ。つまりは初めからかけおちできるくらいの思いだったと」

「んなぁッ!?」

 だが利康は腕を組んだまま、感嘆の息と共に首を縦に。

 その思いがけない返しに、エルネストは目を白黒。

「∀◎∃ッ!? ……おま、違っ! 気安い主従がそのままってコトで!?」

 母語である東方語まで飛び出させて否定、訂正するエルネスト。

 利康はその慌てぶりに微笑を浮かべ、頭を下げる。

「そちらも分かってます。驚かせてすみません」

「まあ分かってればいいんだよってちょっと待て「そちらも」ってなんだよやっぱ分かってないだろおい!?」

 利康の言葉にある聞き捨てならない一点。

 それを聞き咎めたエルネストは文字どおりの一息にまくし立てつつ詰め寄る。

 その剣幕に利康は微笑のまま年上の神官を見返して首を傾げる。

 それにエルネストは鼻を鳴らした上で舌打ち。持ち上げた腰を音を立てて椅子に落とす。

 これは完全にへそを曲げてしまったかのようにも見える。がしかし、実際ただのポーズに過ぎないのだ。

 照れくさい思いをしたことと面白くなく感じたのは事実間違いない。だがふたりがこれくらいのやり取りは気安くできるくらいの間柄なのも違いない。

 それが証拠に、改めて利康が苦笑混じりに一礼すれば、エルネストもまた軽く口元を持ち上げて鼻を鳴らして許す。

「それにしても、こんな相談をしてますと、彼女の夫になったんだ、と実感しますよ」

「そういうもんかね。ついこの間、結婚するべきかしないべきか、なんて相談を受けたばっかな気がするけどな?」

 笑みを深めてのその言葉に、利康は困り笑いをひとつ。

「で、そうなるともっとしっかりしなくては、とも思うんですよ。妻とこれから増える家族を養えるくらいには、と」

「まあ、それは……な。分からんでもない」

 利康の続いて告げた考えに、これから父になる予定のエルネストはしぶしぶながら理解を示す。

「というわけで、もっと村に貢献しなくてはとも思うんですが、何をしたらいいのか……」

「炭に風呂に、収穫はまだでも新しい作物とその売り込みも進めてるんだろ? まだやる気か?」

 腕組み唸る利康に、エルネストはもう充分だろうと苦笑。

 たしかに利康は、すでに茶の湯に関わる品々をいくつかこの村を中心にもたらしている。

 加えて森を領土としているエルフと縁戚で、茶の湯作法の指南役としても扱われている。

 利康はもうすでに、村の中でも軽んじられぬ存在となっているのである。

 利康はその指摘に首を横に。

「これまでは僕自身のためのわがままを叶えるためでしたし、これからもわがままを通して家族も養うとなると足りないかな、と」

 結局は利康がそうしたいのだ。

 自分の理想とする茶の湯の実現はまだまだ課題も、広めたい知識も山積みであるし、加えてコガ家の長としての義務もある。

 これまでどおりに欲し望むところを叶えて、周りを豊かにしていきたい。それだけなのだ。

「そう言うなら好きにしたらいいさ」

 そう語る利康に、エルネストは苦笑を添えて肩を上下させる。

「とりあえず売れそうなものって考えたらどうだ? ぼちぼち行商人も来る頃合いだしな」

「なるほど。売れそうな、人の欲しがりそうな……」

 そしてエルネストからの助言を受けて、利康は方向性を定めて次なるモノを絞り始める。

今回もありがとうございました。

ブックマークがじわじわと増えてきてありがたいです。こうして反応があると話を進める気持ちも湧くものですね。

次回の更新も未定ですがどうぞよろしくお願いいたします。

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