第二十二席 車輪備え定まらぬ庵
日差しが分厚い雲の間を抜けて注ぐ午後。
しばらくは晴れ続きであっただけに、くもり空からはいよいよに雨の気配さえ感じられる。
そんな曇天の下のはぐれものの村の一角。森の奥方面にできた小屋を前に、利康とフミニアの姿があった。
「……これで、よし……っと」
利康はその小屋に看板をかけてうなづく。
歪に育った木の断面そのままといった風情の、木目の強い一枚板。
その表面には「浪輪庵」という漢字と、その三字に対応したエルフ文字が黒い筆字で。
言うまでもなくこの漢字は利康の筆。そして絵のようなエルフ文字もまた、利康の手によるものである。
「これでこの「移ろい定まらぬ車輪ある庵」も完成なんですね」
そんな利康の筆による看板と小屋全体を眺めながら、フミニアがエルフ文字を読む。
意味を直接全面に押し出したその読みのとおり、箱形の小屋の側面には、年輪の目立つ小振りな車輪が一対。
中央をくりぬいて軸を通したそれに加えて小屋の一方、看板の反対側からは足のついた取手が伸びている。
つまりざっくりと言ってしまえば、大きな荷車に小屋を載せた形である。
そう荷車である。
この低い箱馬車にも見えるものこそ、利康が老朽化して壊れた荷車を引き取り作った物なのである。
ただ利康が主導で作ったのには違いないが、もちろんアイヒェサクスら木工の術を持つ者の協力はあった。
その上でおよそ一月ほどの時間も費やしている。
「じゃあ中からも見てみましょうか」
「はい、ぜひ」
そう言って利康は荷車小屋の一部、看板の下にある板を横に。
板が横滑りに退いたことで、窓のように小さな出入り口から畳もどきの敷かれた内部が覗く。
つまりこの荷車小屋は、移動可能な茶室なのである。
開いたにじり口の下にあらかじめ置いておいた敷石。そこに履き物を脱いだ利康がまず先ににじり口を潜る。
そしてフミニアも利康にならって、フミニアも金髪の頭から茶室の中へ。
浪輪庵の中は二畳。
ここだけ聞けば、千利休の考案したかの有名な「待庵」と同じ。
しかしその実はまったく違う。
二畳の別には掛け軸か花を飾るにも狭い、浅くこじんまりとした空間のみ。
窓も紙やガラスの入手が難しいため、木板を棒で上げ、ひさしを兼ねさせる形式のもの。
加えて次の間など望めるはずもないので、この二畳余りの空間で完全に結してしまっている。
また同じ二畳でも待庵の畳はやや小さいのに対し、浪輪庵の畳もどきは日本のものと比べてやや大ぶりのもの。
このあたりは地に足を付けた二畳と、元となった荷台の面積ゆえ仕方なしの二畳との違いということか。
そんな真新しい草織と木の香の漂うこの茶室であるが、土台の荷車に元々使われていたもの以外に釘は一切使っていない。後付け部分のすべてが木材を組み上げて作った言わば立体パズルなのである。
金属の貴重な大森林。そんなところで、趣味の家である茶室のため、釘の無心をするのも気が引ける。
ならばいっそ逆に釘など使わずにやってやろうと、利康の遊び心が燃えた結果がこれである。
幸いなことに、村には金属を節約するために木材同士の組み合わせを工夫する工法がすでにあった。そのため利康の浅い知識を補って、小屋部分の強度が不足するようなことはなかった。
「それにしても、たしかに広くはないんですけれど、それでも窮屈さは不思議と感じなくて……なんと言うか、その……」
「圧迫感を感じない?」
「そう、それです!」
探していた言葉を先に示されて、フミニアは晴れやかな笑顔で繰り返し首を縦に。
ダマとなってしつこく溶け残ったものが消えたかのような、すっきりとしたその顔に、利康は垂れ目がちな目を柔らかく細める。
しかしフミニアはそこでふとつっかえ棒を支えに開いた窓へ目を向ける。
「どうしました?」
「雨の精霊がはしゃいでいます。これはすぐに降りだしそうですね」
「一雨きますか」
精霊の動きから天候の流れを予知したフミニアの言葉。それを裏付けるように、窓から入る光が厚みを増した雲によって陰る。
それを受けて利康は明るさのあるうちに、備えていた灯明皿に火を灯す。
合わせてフミニアも窓の支えを外して板を下ろす。
雨と共に外の光を遮り、闇の深まった茶室の中。
それからほどなくして、雨雫の降り注ぐ音が庵の外で。
粒は細かく、しかし密度は濃い。
壁越しに聞こえる雨音の自己紹介。
利康はそれに耳を傾けながら、やんわりと唇を緩める。
茶室の中で聞く雨音という風情。それが利康の心を自然と深く和ませている。
しかもその茶室が自分が設計のみならず、作り上げるところから手がけたものともあれば情緒もひとしおというものだ。
その風情とあわせて利康の胸のうちに思い出されるのは地球、日本でのこと。
茶の道の手ほどきを受けておよそ10年。その日々の中、茶室で雨を聞くことだけにこれほどまでに風情を感じたのはいつ以来だろうか。
思えば、日本では作法と技術を身につけることばかりに力を注いでばかりで、茶室の外の音になどろくに注意を払ったこともなかった。
それほど早くから風情を楽しむことを見失っていたということだろう。
しかし言われたままに習いはじめて、退屈を感じながらも上達しようとしてきたのは楽しさを忘れてはいなかったからだろう。
異世界に飛ばされて、請われたのがきっかけとはいえ、それから常によりよい茶席をと模索していることからも、利康が茶の湯を楽しみ愛していたことを疑う余地はない。
ここまでの目覚めを得たのが日本での修行の中ではなく、茶の湯に馴染みのない異世界への伝道を始めてからというのが、利康としては少々情けなくも思うのだが。
茶の道を導いてくれていた師匠も、利康が心を鈍らせて退屈を覚えていたことには気づいていてくれていただろう。
その上で自力で目覚めることが必要だと考えて、またそれがいずれ成されることを信じ、何も言わずに指導を続けてくれていたのだろうと言うことは、いまに至って振り返れば想像に難くない。
そう思えば、ますます心を曇らせたまま日本を去ることになったこと。あわせて失踪した形になって心配をかけたことが心残りに。
さらにつけ加えれば、そんな未熟者があれやこれやと頭を捻って茶の湯伝道をしているという事実に、むずがゆささえ感じてしまうものである。
「……あの、トシヤスさん?」
「あ……は、はい! なんでしょう?」
師のことからこみ上げた望郷の思い。それにふけっていた利康であったが、ふとフミニアからかけられた声に、脳裏に浮かんだ景色を慌ててしまいこむ。
声を上ずらせて用件を聞けば、灯明の小さな明かりの中に緑色の目を彷徨わせるフミニアの姿が。
「あの? どうかしましたか?」
頬を染め、もじもじと所在なさげにするフミニア。
そんなハーフエルフ娘へ向いた利康の足は、正座のまま不動。しかしその目は揺るがない足と背筋とは対照的に、フミニアにつられて落ち着きなく揺らぐ。
「えっと、その……こんなに暗い中に、こんな近くで二人っきりだとなんだか、緊張しちゃいますね」
恥ずかしげに、伏し目がちになりながらおずおずと告げられた言葉。
それに利康の顔が固まる。
まるで出来の悪い彫刻のように。
面積はわずか二畳。
二人の間には、ほんの僅かにでもにじり寄れば膝が触れあってしまう様な距離しかない。
そんな距離で若い男女が一対一で向かい合っている。
フミニアに指摘されて、改めて現状に気がついた利康は、そのまま固まり続けてしまう。
その固まり方はまるで、呼吸すらも忘れてしまっているかのように。
対してほのかな明かりの中に浮かぶフミニアは、頬を朱に染めて緊張半分、期待半分といった様子でちらりちらりとうかがっている。
姉のアイアノよりも肉付きの良い、まろやかな肢体をよじるフミニア。
それに利康は音を立てて生唾を飲み込む。
だがどうにか深呼吸をひとつ。ぎこちなくも笑顔を浮かべる。
「……じゃあせっかくですから、気が紛れるように茶の稽古でもしましょうか。道具は家に置きっぱなしなので、手順のおさらいくらいしか出来ないですけど」
「そ、そう……ですね」
利康の提案した雨宿りしている間の暇つぶし方法に、フミニアは小さくため息をつきながらも首を縦に。
「じゃあ、場所を変わりましょう。正座のまま点てる手順をなぞってください」
そんなフミニアの反応に触れないように流して、場の流れを稽古へと固める利康。
その顔からは、先ほどの望郷の思いからの陰りがすっかりと吹き飛ばされていた。
今回もありがとうございました。
次回の更新もやはり未定ですが、どうぞよろしくお願いいたします。




