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第二十一席 念願のモノの材料が手に入ったかも知れない

「次に必要なのは、風炉かなぁ……」

 茶畑の苗木に桶の水を柄杓で配りながら、利康は青空を仰いでぽつりと。

 エルフの領土である大森林。その外れにある村の上には何さえぎるものなく、白い雲の悠々と泳ぐさまが見える。

「フロ? この前できあがったお風呂とは別に、また作るんですか?」

 そんな利康のつぶやきに、一緒に真新しく小さな畑の世話をしていたフミニアが顔を上げる。

「んん? ああ、風呂じゃなくて風炉です。ふ・う・ろ。ややこしいですよね」

 なぜ風炉の話から風呂が出てくるのかと、利康は首を傾げるが、すぐに聞き違いを察すると、無理もないと微苦笑。

「そ、そうでしたか、恥ずかしい……」

「いやいや。ややこしいのは確かですから。どっちもエルフ語には無い単語ですし」

 そして聞き間違いの訂正に恥じらいうつむくフミニアに、仕方ないことだと重ねる。

 利康が言うように、どちらもこの世界のエルフ語に無い言葉で、ただ音をひとつ間に増やしただけと言う似通いぶり。勘違いするのも当然のことだ。

 そう。茶道具の名前である風炉だけでなく、エルフ語に風呂という言葉は利康が持ち込むまで存在しなかったのである。

 つまり、エルフには利康が現れるまで風呂文化そのものが存在しなかったということになる。

 しかし、いくら日本語とエルフ語が会話可能なレベルで同じと言っても、実は違う単語で存在する可能性も否定はできない。

 だが実際に利康が風呂について説明する上で、“適切な温度の蒸気と湯を用いた水浴び”と表現したところ、置き換えられた単語はまったく出てこなかった。

 なので利康がエルフの大森林に、茶の湯文化と共に入浴文化を持ちこんだ形になったのは間違いない。

 もっとも近隣の河川を利用した水浴び、沐浴の習慣ははぐれ者の村にももうあったので、それまでがとんでもなく不潔不衛生だったわけではないことを断わっておく。

 少なくとも湯水を浴びれば病にかかると信じて、香水で体臭を誤魔化していたようなルネサンス期の都市よりはよほど清潔だろう。

 衛生の話はさておき、温かな湯につかるのは水浴びとはまた別の心地よさであり、村に建設された公衆浴場は村民に好意的に迎え入れられている。

 気の早いものは、冬に刺さるような冷水で身を清めずに済む期待も上乗せして風呂の存在を歓迎しているほどである。

 話がそれた。が、利康の持ち込んだ風呂文化もまたその名前と共に、スムーズに受け入れられているということである。

 ともかく、馴染みがまるでないよく似た言葉ふたつ。こんがらがり間違うのも仕方のないことだ。

「えっとその……フウロ、でしたか? たしかお茶の席でお湯を沸かすための、持ち運びできる炉、でしたよね?」

 利康のフォローに気持ちを切り替えたフミニアは、稽古で説明された内容を引っ張り出す。

 これでいい? 間違ってない? と、目で確認しての問い。

 その愛らしさに利康は和んだ笑みを浮かべて首を縦に。

「ええ、そうです。よく覚えていてくれました」

 ほめる利康に、嬉しげに照れるフミニア。

 もう少し踏み込んで言えば、春夏に茶釜を火に掛けるために用いるためのものだ。

 欲を言えば、代用品でないきちんとした茶釜も合わせて欲しい利康である。

 が、村の鍛治屋は今あるものを修理するのがせいぜい。加えて鉄は外から買う他ないので、融通の利く分もない。

 小振りのものでも茶釜を作ってもらうには条件が厳しい。

 かの千利休の残した歌の中にも「釜ひとつあれば、心意気と工夫次第でどうにか一席設えることはできるというのに、あれもこれもと山ほど道具をかき集めるのはまったく馬鹿馬鹿しいことだ」という旨の一首がある。

 それほどの肝心要の道具である茶釜。

 だが、いましばらくは別の物で湯を沸かすしかないのである。

 もっとも、鍋でもやかんでも湯沸かしのために使える道具があって、曲がりなりにも茶を点てることができているのなら、まあいいかとも思うのも利康の本音であり。また、異世界で茶を点てて来た上での実感である。

 というわけで、湯を沸かせる釜になるものはある以上、先に挙げたもろもろの状況も合わせ、優先すべきは畳の上で湯沸かしをするための炉の方ということになる。

 風炉も銅や鉄など金属製のものが多いのであるが、限定されているわけではない。

 土、または木と、様々な素材の炉が茶道の歴史上に存在しているのである。

 材料としては森だけあって木は回りに大量に。しかし耐炎性を含めて考えれば、望ましいのは土の方であろうか。

 陶器茶碗を焼くのを試すためにも、いい具合の粘土を探さなければならないので、土風炉の材料もそのついでに調達できるだろう。

 また風炉とは別に整えたいものはまだまだあるのだが、それらはより厳しいことが予想される。

 なので今の段階でも現実的なところからということで、風炉である。

「土の精霊様に聞いて、近くに粘土の採れる場所があるか分かります、か……?」

 そういうわけで、利康は粘土探しに協力してもらえないかとフミニアに。

 だがその目はフミニアの肩ごしに見えたものに留まり、問いかけた言葉も途切れながら空に溶ける。

「埋まってる深さとか、土質とか、細かく詳しいところは分かりません、けれ……ど?」

 土精霊から聞き取りの出来る範囲を答えるフミニアであるが、一点に釘付けになっている利康に首かしげ。同居人の視線をたどって振り返る。

 それと同時に、利康は水入りの桶を置いてフミニアの横を走り抜ける。

「あ、トシヤスさんっ?」

 フミニアもあわてて道具をその場に、利康を追いかける。

 ふたりの向かう先にあったのは古い大きな荷車は一台。

 それは枠の無い板だけの荷台に、引き手と木車輪を付けた簡単なものだ。

 あいにくと右の車輪は外れていて、この場で傾いているが。

 そして支えを失くして右肩下がりに傾き晒された板だけの荷台。その広さは畳にしておよそ二畳余りといったところ。

 荷が乗ればいいというのか、すのこのように板と板の間が開いている。

「この間壊れた丸太用の荷車ですね。いい加減古くなったから新しいものを作るから手放すと言う話でしたけど、次の受け取り手はまだ決まってないんでしょうか?」

 壊れた荷車を腕組み眺める利康の斜め後ろで、フミニアが野ざらしになっていることに首傾げ。

 この荷車の所有権が宙に浮いているらしいというその話に後押しされたように、利康はさらに一歩前進。荷台のサイズを間近で確かめる。

 そしておよそ二畳分と少しという見立てに間違いがないことを確信すると、鼻息も荒く拳を握りしめる。

「これだ! これですよ!」

「ひゃんッ!? ど、どうしたんですか?」

 喜び昂ぶるに任せての利康の叫びに、フミニアは驚き半歩後に。

「す、すみません。驚かせるつもりは無かったんですが……」

 利康はそんなフミニアの様子を振りむき確かめると、苦笑を浮かべて喜びの先走りを誤魔化す。

 そして軽く咳払いをひとつ。フミニアを見たまま古ぼけた荷台の板に手を置く。

「さっきの風炉の話とは別ですけれど、この荷車を使わせてもらえれば、欲しかったものが作れそうなんですよ」

 務めて気を落ちつけて、説明する利康。しかし荷台とそれを利用した未来図を見てか、その目は漏れ出た歓喜に強く輝いている。

「ところでこれ、丸太運搬用だったってことは、前の持ち主はアイヒェサクスさんですよね?」

 確認する利康の勢いに圧されて、フミニアは首を縦に。

「こうしちゃいられない! ばらされて薪に使われる前に話を付けて、修理と改造用に端材ももらってこなくてはッ!」

「と、トシヤスさん!? ま、待ってください!」

 念願の品が手に入るかもしれないという抑えきれない喜びに突き動かされて、利康は再び走り出す。

 そしてフミニアもまた同居人の背中を追いかけて再び。

今回もありがとうございました。

次回も更新は未定ですがよろしくお願いいたします。

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