第二十三席 いつか来るかもと思ってた話だけれども
「トッシー師範、アタシの弟になってもらおうと思うんだけど、どうかな?」
「なんですいきなり藪から棒に」
しばらくぶりに訪ねてきたアイアノの開口一番。それに利康はたれがちの目を見開き、ついでまぶたを半ばまで下ろして返す。
いつもの妹いじりかと、利康はいくらか伸びた茶の苗を辺りにため息をつく。
「もう、姉さんたらいつもいつも……」
その隣には恥ずかしげに唇を尖らせたフミニアが。
似たような冗談を何度も繰り返し放り込まれれば、さすがに固まるまではいかなくなるというものだ。
ちなみにエルフの文化でも、婚姻関係を結んだ相手の家族とは義理の家族として扱われる。
つまりアイアノの弟になるということは、そういうことである。
「むぅん、これは定番のネタ過ぎて飽ーきられちゃったかぁ……って、違ーう違う! 今回は真面目な話だーってばさぁ!」
茶の師匠と妹からの反応に、ノリ突っ込みの形で否定するアイアノ。
だが利康とフミニアは揃って苦笑混じりに首を左右に。
「はいはい、お姉さま。本日はボクに何の御用でしょうか?」
「あんまりトシヤスさんに無茶言わないでね、姉さん」
「グワー! ふたりの反応が真面目に冷たいッ!」
冗談はほどほどにして本題に入って。そう適当にあしらうふたりに、アイアノは頭を抱えてわざとらしくのけぞる。
「いや、今日のはホントに真面目な話なんだって! 父さんから頼まれた話だから!」
しかしすぐに背筋の反り返りを跳ね返すと、いつものおふざけではないと繰り返す。
「ミッテウルさんから?」
「お父さんも……って、どうしてそんな急に」
「うわぁーい。とーさんからな話ってだぁけでこの反応のよーさー」
ミッテウルの名を受けて、にわかに真剣みを帯びる利康とフミニア。
そのあからさまな対応の違いに、アイアノはぐにゃりと体を横に曲げる。
しかしいつものおふざけ調子の喋りが戻ったことから、本気ですねているわけではないと分かる。
「とにかく家に上がって。詳しく話は腰を落ち着けてしよう?」
「お茶も点てますから、まずは一服してからにしましょうよ」
「ふーんだ! お菓子も出してくれなきゃ許さんもんねーだ!」
そんなへそを曲げたふりをするアイアノを宥めながら、利康とフミニアは背を押すようにして家に上がる様にうながす。
「あぁこれ、できたんだね」
そうしてフミニアの家の前。そこでアイアノは家と横並びに建った小屋に目と足を止める。
「うん。つい昨日」
木の車輪と支えつきの持ち手を備えたその小屋は、言うまでもなく移動式茶室「浪輪庵」である。
「へぇー……途中を見てたから小さいのは分かってたけど、こりゃなーかなかどーして……」
前に出たアイアノはぐるりと浪輪庵を一回り。
小さな車輪付き庵の趣に、感心しきりといった調子で繰り返しうなづく。
そうしてふと引っかかりを覚えたように首の上下を止めると、そこから右へ捻る。
「あーれ? お茶での応接間みたいな使い方が本当だーとしても、トッシー師範の部屋がこれで出来たんだよね? じゃあトッシーっていまこっちで寝泊まりしてるわけ?」
首を捻ったまま、まわれ右と振り返るアイアノ。それに利康は弾かれたように横を向いて顔の正面を避ける。
その隣のフミニアも頬を朱に染めてうつむきながら指を絡める。
「えっと……その、トシヤスさんはそうしようって言ったんだけど……私が引き留めたから、あの……昨夜も同じ家で……」
「いや! でも何もしてませんからね!? 今までどおりに泊めて貰ってるだけで……」
「だーいたんだねぇ! やるじゃんフミ!」
「それが実の姉の反応ですかッ!?」
「おねーちゃんだからこそさ!」
サムズアップしながらのアイアノに遮られた利康の言い訳。
ウソ臭く聞こえるかもしれないが、茶室で寝泊まりするを渋ったのは本人の証言どおりフミニアである。
そしてこれまでどおりに利康が欲望に耐えているのもまた事実。
これらは利康の倫理観と理性の勝利の証しとしてここで明らかにしておく。
ただ同時に、あえて悪く言えば好意的な相手にも手を出せないヘタレであることの証明にもなってしまうのだが。
「ま、それはともかくさ。お茶点ててくれるって話だけど、こっちは使わないの?」
「ええまあ。一対一で茶を楽しむのがせいぜいの空間ですので。三人で落ち着いて話をするなら家の方がいいかと」
浪輪庵を指さし話を切り替えるアイアノに、利康は苦笑交じりにうなづく。
「ほぉーん……それは残念。まあこっちでのはまた今度ってことで」
素直に茶室体験はまたの機会におあずけとしたアイアノは、浪輪庵と並ぶ妹の家に。
「まずは足を洗って労らないと。森の都からの行き来ってやっぱり疲れるでしょ?」
「あーあんがとね、フミ」
そして家に入ればすぐに、フミニアが瓶の水を移したたらいを用意する。アイアノはそれを板間に座った状態で受け取り、裸足になって足を洗う。
「あぁー……冷えた水がしみるねぇ……」
森歩きに疲れた足を水を張ったたらいの中に揉み解して、アイアノはつま先のみならず、口からもこびり付いた疲れを落とすような声を。
合わせて利康とフミニアもそれぞれに野良仕事での足の汚れを落として板の間へ上がる。
「そーれにしてもフミの家って、もーともと片付いてたけどさ、トッシーが居つくようになってらよけいにきれいになったよね?」
「ありがとう姉さん。実はトシヤスさんが凄く掃除上手で……近頃は私の方が毎日の掃除を手伝ってるだけの感じになっちゃってて」
家の中を見回しながらの姉の言葉に、フミニアは微笑みながら清潔さは同居人の手柄であると返す。
「そーなの、トッシー師範?」
「居候の身ですし、茶の道を歩む者としては基礎でありますから」
そう言いながら利康は足音もなく板を踏んで家の奥へ。
そして茶道具に被せた覆いを取り、板に乗せた歪な鍋の様なものをまず持ちだす。
「およ? なにそれ、それもお茶の道具?」
アイアノは興味しんしんと前のめりに、これまでの教えの中で見なかった新顔の道具をまじまじと見つめる。
よく削り磨かれた板に乗った金属の器。
しかしその側面には大きく穴が開いており、先に鍋の様と表しはしたが、とてもその用法には応えられそうにない。
「ええ。修理のしようがないほど割れて潰れた鍋をもらって作ってもらった、風炉です」
浪輪庵の土台に壊れ荷車を利用する事を思いついた利康。
それから風炉も廃材を元にすればよいと思い、村の鍛冶屋に作ってもらったものだ。
湯を沸かす道具には違いないが、中に入れるのは炭であって水では無い。だから鍋としての使い方など元より求められていないのである。
「強引に改造流用したために出来たこの歪みが、また中々に味わい深くてですね……」
壊れるまでに使いこまれた上に、新たに命を吹き込まれ甦った風炉。
見る人によればこれはただ、古い道具を拙い工作で延命させただけのみすぼらしいものにしか見えないだろう。
しかしまた別の人が見たのならば、逆にこの面白みに腹を抱えて笑うなり、寂びた味わいをじわりと味わうなりするのだろう。
「失礼しました。仕度に戻ります」
そんな風炉の趣を愛でていた利康は、苦笑交じりに風炉から手を放し指付き一礼。炉の中に炭を熾して鍋に湯を沸かし始める。
「茶菓子はどうしましょうか?」
「蜜漬けにした果物がありましたよね? あれがいいと思うんですが」
「ああ、いいですね」
利康は蜜漬けと呼んだが、砂糖を使ったものではない。
使っている蜜とは、以前に練り菓子を作る時に甘味付けに使った樹液由来のシロップである。地球で言えば由来する品といい、メープルシロップ漬けが近いだろうか。
この大森林の近隣地域では伝統的な、保存食を兼ねる菓子である。
今日茶菓子として出したのは、桃に似た果物を加工したもの。
「おぉーいいじゃん、いーじゃん」
蜜に漬かったことで、さらに甘味を深めたその果実を、アイアノは頬を緩ませながら木へらで小さく切り分けて口へ。
そして舌にまったりと広がる二重の甘味に、頬は蕩けるほどにまで緩んで、目尻も柔らかく垂れる。
「それで、なんでまた急に僕とフミニアさんを……その、結婚、させようと?」
そんな菓子に舌鼓を打つアイアノを正面に、利康は今日持ちこまれた話に水を向ける。
話の内容が内容だけに恥じらい、うつむき加減に。しかしたどたどしくも問いの言葉をかける利康。
その利康のすぐそば。鍋の掛った風炉の反対側には、正座に座ったフミニアが同じく照れに縮こまりながらも、上目づかいの視線で姉にうながして。
するとアイアノは味わっていた蜜菓子を呑みこみ、蕩けて緩みきっていた顔を戻す。
「第一の理由はトッシーを、アンタら二人の今の暮らしを守るためかな」
「は?」
「へ?」
利康とフミニア。アイアノの告げた二人を結ばせようと言った理由に、当事者の二人は呆けた声を返し、次いでそのままお互いに顔を見合わせた。
今回もありがとうございました。
次回もまたよろしくお願いします。




