第4話【巨大イケ滅ンは、悪役令嬢にご執心】後編
カーブに到達するまでの猶予は約十分。差し迫った状況ではあるが、実施する事が決まっているレイラは冷静だった。
彼女は風通しの為に開けられていた窓を閉じ、それから鍵をかけ、カーテンも隙間が無いようにピッタリ閉める。厚手のカーテンの記事からは外の明かりが入り込まず、レイラは暗闇の密室空間を作り上げた。
そんな中で果たして彼女は何を目論むのか。レイラは目を伏せ、深く呼吸をし、意識するように静かに瞳を開く。
「全然見えん。最悪だ。」
自分で作り上げた密室にびっくりしていた。
真っ暗で何も見えないので普通に困ったのである。しばらく目を閉じれば暗闇に慣れるかな~と思っていたのに、全然暗いままだった。
となってしまうと仕方が無いので、彼女は鞄の中から手探りで筆箱取り出すと、中身の万年筆を手に握る。
「えー…破邪顕正……」
それから馬車内の壁に、手当たり次第にマジナイを書き始めた。
『ぽ、ぽ……』
「ん。もう来たか。早くてよろしい」
『ぽ、縺ゅ↑縺溘r蠕?▲縺ヲ縺?◆ぽ、ぽ…縺ゅ↑縺溘↓莨壹∴繧句万縺ウぽぽぽ……』
「てか自分で書いてて全然見えんな。私ちゃんと書けてるのか?今馬車の揺れでペン先ピーーンって跳ねたぞ。私今どこに何を書いてるんだマジで」
『ぽ、ぽ、諢帙@縺ヲ縺?∪縺吶?ょヵ縺ョ逋ス逋セ蜷』
「……」
この国に存在する怪異の一つ。ポポ・ハーシャク様。
白いスーツを着用した、八尺ほどの慎重を持つ麗しき男性。
魅入った子供や若い女性を騙し、自分の元へ連れ去ってしまう有名な悪霊である。
彼は圧倒的な害性の代わりに、お札や神聖なマジナイに封された密室に入る事は出来ない。しかしその特徴として、そこに彼が魅入った人物がいるのであれば……引き寄せられるのだ。自分を認知してくださったのだと、嬉しそうに。
つまりレイラは、自分をマジナイに封された密室にわざと閉じ込め、自らハーシャク様の標的になった。
『…縺ゅ↑縺溘?縺昴?縺ォ縺?k莠九′縲∝ヵ縺ョ蝟懊?ぽ、れ、レイラちゃん、助けにきたわよ』
「ふ、カーシマに成りすますか。上手いな」
『うんこ爆弾!』
「……それはフラワーの真似か?」
『しっこをかけてやるぜ!』
『お前のフラワーの解像度どうなってるんだ?』
ハーシャク様がレイラを呼んでいる。
彼女が扉を開き、おびき出されるのを待っている。
カーテンの向こうの窓が力強く叩かれて、馬車の壁を、底を、天井を、ペタペタと這うような音が聞こえた。フラワーとカーシマの声色が時たま混ざり合い、低い男の声が壊れたように鳴る。
室内の温度は低いのに、背中にはじっとりと冷や汗が流れていった。
(揺れの様子から察するに、おそらく今は、学院前の通りを抜けた辺り…)
『れ、レイラ、ちゃん、開けて』
(まだだ、まだ、あと少し……)
……今だ!
レイラはカーテンを掻き分け、走行中の馬車の扉を、勢い良く開いた。
車内に風が吹き込み、彼女は反射的に目を瞑る。
それは巨大な車が空気を切り裂き進む突風であり、もしくは人工的な胸騒ぎの具現化。
レイラは咄嗟に腕で顔を守り、その強風に耐えていたが。
『諢帙@縺ヲ縺?∪縺吶?蜒輔?蟋ォ蜷?ぽ、ぽ、ぽ………』
「ケホ、」
目を開けた時、扉の外に風景は無かった。
代わりに暗闇が広がっている。
その無機質な空間から、白く細い腕が飛び出した。
レイラの肩を掴み、指が肉と骨の隙間に入り込むほど力が籠められる。逃がさないとでも言うかのように。もう間に合わない。入り込まれた。
馬車の中から、自分ではない声が聞こえるのだ。
『ぽ』
「口寄せ!」
レイラが叫んだ。
口寄せ__、つまり霊を自身の身体に憑依させる霊媒師の能力の一つ。霊に身体を貸してやる事が出来る能力だが、それは真価の発揮では無い。
口寄せの真骨頂は、口寄せた霊の能力が、霊媒師自身にも引き継がれることである。
レイラはハーシャク様をおびき出し、口寄せしたのだ。彼を利用してこの事故を防ぐために。
「使わせていただこうか、ハーシャク!お前の人知を越えたパワーと、この圧倒的な…超体躯をな!!」
外はもう暗くなかった。
レイラが馬車を飛び出す。
それは普段通りの彼女の姿であったが……、レイラが望めばその身長が伸び、女性らしいしなやかな体つきが、男性の肩幅へと変わる。
そしてその身長はいつしか馬車の高さを越え、二メートルなど容易に超える様な大きさとなり、馬車を背後から覆い掴んだ。
「おお、危ない。思ったよりカーブが目の前だった、なぁ……っ!!」
足を踏ん張り、腰に力を入れる。背後から引っ張られた馬車のスピードが緩まるのを感じながら、レイラの足跡が引きずられるように地面を抉っていた。
タイヤが空回りする音が聞こえ、御者の戸惑う声が聞こえ、それから完全にスピードを押し殺すために、レイラは身長に丁寧に、馬車を横向きに倒す。
馬車は横転した。これはこれで事故だが、誰も死なずに、大怪我もせずに済んだ。
出来得る限りの最良の結果と言えよう。
『レッ、レイラ嬢!!その麗しい御身に男などをいれてはなりません!なんて破廉恥な、僕を紳士でいさせてくださいませ』
……と、同時に自分の体から男が飛び出す。
故・ハーシャク・ホワイト令息。この国で有名な都市伝説、「ハーシャク様」と呼ばれるその本人である。
黒い髪の下に白く重厚な睫毛とホワイトの瞳を隠した、ミルクの美男子。
その姿はおおよそ八尺もあるほどの長身であり、彼のスタイルを不気味にも美しくも際立たせていた。おとぎ話の王子様には不向きだが、ダークロマンスには向いていそうな傾国の怪異。
彼は過去にレイラに魅入っており、しかし霊媒師の彼女を連れ去る事が出来ず……こうして恋焦がれているのである。
ハーシャクはレイラから飛び出した直後、転がったり顔を赤らめたり照れたり「ぽぽぽぽ」言ったり「この場合訴えられたら負けるのって僕か…?」と疑問を抱いたり「女の子ってカレーの香りがする……(昼食)」と戸惑ったりしていたが、しかしハッとして立ち上がり、服に付着した汚れを払う。
横転した馬車に寄りかかるレイラの前に膝をつき、腕を伸ばした。
『レイラ嬢、貴女の騎士です。可憐なる白百合の前でこの様な不作法、どうかお赦しくださいませ。もしも御慈悲を頂けるなら、この手を取っていただけませんか。』
「謝るな。私が無理やり呼び出したようなものだ。力を貸してくれて助かった」
『あなたの機転に僕が役立ったならば、これ以上ない至上の喜び。レイラ嬢が頼る相手が僕だったこと、光栄に思います。』
「歯が浮くようなセリフをまあペラペラと……」
『ぽぽぽ、真実ですよ我が白百合。』
レイラがブレーキの壊れた馬車に躊躇なく乗り込んだのはこれが理由だ。
ホワイト・ハーシャクを憑依させ、その能力で馬車が事故を起こす前に必要最低限の被害に留める。彼女が天才霊能力者だからこそ可能にした、命をかけた逆転劇。
まだまだ、甘い小娘に負ける程耄碌してなどいないのだ。
レイラはフッと前髪を掻き分け、画面の外を見る様な視線で__あるいはそれは、学園でレイラの安否を気にしている友人に向けてかもしれないが__微笑んだ。
「な?つまりはこういう事だ」
『……ぽ?』
第4話【巨大イケ滅ンは、悪役令嬢にご執心】完




