第4話【巨大イケ滅ンは、悪役令嬢にご執心】前編
第4話【巨大イケ滅ンは、悪役令嬢にご執心】
最近は騒がしかったから、何事も起こらない日は静かで良い。
レイラは特にすることもなく学園の窓から駐車場を見下ろしていた。
別に面白い要素は無いが、車ではなく馬車が止まっているのは前世と違って新鮮で良い思う。
舞踏会や王太子なども異世界らしいと思うが、こういった小さな日常の違いを見る、本当に自分が異世界に転生したと実感するのだ。
ま、そういう機会は割とあるのだが。やり取りはSNSでなく手紙だし、インターネットの代わりに本か新聞だし、焼肉屋に行ったら焼かれた状態で出てくるし。
こっちに焼かせろよと思ったが、保健所の名前を出されたら普通に勝てなかった。郷に入っては郷に従えてである。
(ん…?あれはホーラー…?今日は男達を侍らせていないのか?そもそも何故駐車場に来ているんだ。)
ホーラーが馬車の合間をすり抜けて、駐車場から校内に戻って行くのが見えた。もう次期で放課後だと言うのに、これではまるで逆走だ。それに朝彼女を見かけたのだから、遅刻してい今来たという訳ではないと思う。
何かの為に駐車場まで行って、何か目的を達成したから校内に戻る…という筋書きを考えるのが無難だろうか。
(忘れ物でも届けてもらったのか?)
『しっこ漏らしたから新しいパンツ貰ったんじゃね』
(そんな訳ないだろ。お前じゃあるまいし)
『お前じゃあるまいしって何だよ。アタシはお漏らしするってことか?』
『けれど不思議ねぇ、仮に忘れ物をしたとして…あの子なら殿方から借りてしまいそうだけれど』
(確かにそうだな。…まぁ、他人をあれこれ詮索するのは品が無いか。見なかったことにしよう。)
『それもそうね。この話はお終い』
『なぁ。アタシはお漏らしするってことか?』
レイラは突然横にやって来たフラワーとカーシマを適当に追い払い、彼女たちが全然追い払われずに横にい続けるのを迷惑に思いながらHRを終える。
本来の王太子婚約者ならば放課後は生徒会の活動をしたり、そうでなくてもせめて婚約者が迎えに来て共に帰ったりするのだが……レイラにはそれが無い。
生徒会は追い出されたし、王太子はレイラを嫌っているからだ。スートは頭が弱くて、自分よりも賢くない女が好きなのだ。彼は中途半端で、特筆すべき長所もない。努力も好きでないし、聡明さもない。それなのに地位だけは高いから余計卑屈になるのだ。隣に優秀な女を置けない。ホーラー嬢くらいでやっと自尊心を保てる。
だから生徒会で手腕を振るうレイラを退会させたし、聡いレイラを邪険にする。あわよくば悪女のレッテルを貼る事でレイラの名声が落ち、自分よりも下になれば良いと思っている。
そうなった時、彼は初めてレイラに微笑むことが出来るのだ。
…ま、そんな日は来ないので、レイラは気にせずまっすぐ駐車場に向かうだけである。
『なぁ、また家に連れてけよ』
(行かない。お前自分が何したか忘れたのか)
『……?』
(本当に何でそんなキョトン…?みたいな顔が出来るんだ)
『別に良いじゃねーかよ。トイレ血塗れにしたのまだ怒ってんのか?』
(それは怒ってなかったけと今から怒る事にした。お前そんなことまでしてたのか。出禁だ。)
『でもテラがトイレする時だけウォシュレット馬鹿強くしといたぜ』
(出禁解除だ)
レイラが歩けば、フラワーとカーシマは勝手に付いてくる。
フラワーはどうやら、この前のスピリチュア家が相当気に入ったようであった。デカくて広いので、デカくて広いのが好きな子供にはバカウケしたのだ。
しかし今日は連れて行かない。
普通に御札を持っていないからだ。
(まぁ気が向いたら招待してやる。気が向くまではあっちに行ってろ。シッシッ)
スピリチュア家の馬車は、基本的に校内から一番遠い箇所に停める事となっている。逆に言うと校門に一番近い。
つまり距離を歩きさえすれば、誰よりも早く下校することが出来るのだ。家格が下位の者たちは、公爵家の馬車を抜かして帰ることは出来ない。
『あれ、そういえばホーラーがいたのこの辺じゃね』
『あぁ…先程の?』
(お前意外とそういうの見てるんだな…)
『意外とって何だよ』
(しかし何故ここに…妙だな…)
『なぁ意外とって何だよ。最近お前言い逃げブームだろ』
そういえば確かに、ホーラーはこの方角から校内に戻っていた気がする。レイラは自分が歩いていて気付いたが、この一帯に停まっているのは上位貴族の馬車だ。男爵家の馬車なら、もう少し隅の地帯に停めている筈だと思う。
するとおかしい。彼女がここを通る理由は無い筈だ。
では何故ホーラーは、こちら側に来ていたのか。
こちらにある何に、彼女は用があったのか。
「……まさか、な?」
嫌な予感がする。
何か確信がある訳ではないが、要するにこれは年寄りの勘だ。
彼女がわざわざ迷い込むとは思えないし、あの時間帯ならば御者もいなかった筈だ。
要するに"何か出来てしまう"時間。
レイラは第六感がサワサワ揺れるのを感じ、早足で自身の馬車に向かう。
「お嬢様。おかえりなさいませ。」
「……」
「お嬢様?」
「あなた、馬車は朝からここに停めたまま?」
「? はい。いつも通りに。」
「あなた自身がここに戻って来たのはいつかしら」
「いつも通りにございます。学園の下校の時間に合わせてですので、十五分ほど前かと」
「そう……」
レイラを出迎えた御者に話を聞けば、聞くほどレイラの中で不安が形を作っていく。
つまり、ホーラーがこの付近にいた時間、御者は確実にこの場にいなかった。
例えば、彼女は馬車に何かを仕掛けたりも出来たのではないか。
勿論それだけの理由で人を疑うというのもなんだか道理に反するが……しかしあの女はレイラを陥れようと躍起になっている。違和感があるならば、警戒をして損はないと思うのだ。
嫌な予感というものは、さんざん当たるものである。むしろ高齢者の勘なんて下手な予報より当たる。レイラの心拍は上がっていき、差し出される御者の手を取れなかった。
(フラワー、馬の様子をよく見てくれないか。少しでも様子がおかしかったら言え)
『んぁ?オウ、いいけど……』
(カーシマ、ブレーキを確認してくれ。壊れていたり…いや、少しでも変な傷があれば教えてくれ)
『分かったわ。ねぇレイラちゃん、まさか……』
(急いでくれ!)
とにかく今ここで、普段通りに馬車に乗ってはいけない。
しかしレイラがいきなり「この馬車が怪しくってよ」なんて言っても脈絡がなくて不自然だし、ならば霊に違和感を探させるしかない。何かを仕掛けられている気がしてならない。もちろん、見つからなくたっていい、杞憂であればそれでいい。
しかしここで普通に馬車に乗り込み、もし万が一があれば…。
少なくとも今は御者を上手く誤魔化し、二人に探させる時間を稼がなくては…!
「お嬢様?ご帰宅なされないのでしょうか」
「いいえ、帰りますわ。」
「では手を。段差がありますゆえ」
「ええそうね、手ね、手を、ねー………」
「お嬢様?何かございましたか?手を……」
「あー…えーと…。手……?」
「?」
「手って……何ですの……?」
「お嬢様!?」
『レイラちゃん!?』
『お前本当に誤魔化すの下手だな!?』
「急にそんな知らない単語を出されても困りますわ、まったく何かしら、手って…」
「どうされたのですかお嬢様!」
「手…?人体の…部位…?」
「そうでございます。人体の部位にございます!」
「手って……いったい何なのかしら…気になるわ…解決しないと馬車に乗れませんわ……」
『お前が今カバンを持ってるのが手だよ』
「手とは…道具を使い、生活を行うための…社会と人間を関わらせる為のもの…ですかね…?」
『お前も真面目に答えてやるのかよ』
「へぇ…凄いんですのね…手って…」
『お前らの会話の方がすげぇわ、バグってんのか』
『レイラちゃん!!ブレーキ!ブレーキのボルトが緩んでるわ!』
(よくやったカーシマ!!)
馬車の裏から、カーシマが這い出てきた。
地べたを蠢く姿は普通に怪異そのもので、レイラは一瞬除霊しかけたが。どうやらカーシマは異変を発見したらしい。
衝動的に馬車の裏を覗きそうになってしまったレイラを、慌てた御者が引き留める。
「お嬢様!手は!手はそこではございませんぞ!」
『手が馬車の裏にあると思ってる人だと思われてる』
流石に公爵令嬢が地べたにしゃがむ訳にはいかないので踏みとどまるが、しかしトテツモない事を知ってしまった。
ブレーキのボルトが緩んでいるらしい。
つまりブレーキが効かなくなり、乗ったが最後スピードが緩められず突き進む事になるのだ。おそらく道中のカーブで曲がりきれずに衝突する辺りがオチである。
(……まさか、命まで狙うとは。)
勿論、ホーラーが犯人だという証拠はない。
あくまで憶測であり、彼女が一番行動が怪しく・動機があるというだけである。
身分差を越えて愛し合う、王子と男爵令嬢の仲を引き裂く悪役令嬢が不慮の事故で亡くなる…まさしく天罰かのように。
彼女達はその死により妨げるものが無くなり、とうとう結ばれるのだ。
物語の筋書きとしては悪くはない。ご都合が良いとか、詳細とか、実際そんな上手くはいかないだろという現実面さえ捨て置けばだが。
(その為に…邪魔者であれば…人の命さえ奪うのか…?)
『レイラちゃん!とりあえず御者の方に教えましょ。直してもらうのよ。』
(…駄目だ)
『は?何でだよ。せっかくカーシマが見つけたんだぜ』
(私はボルトが緩んだ所を見ていない。そんな中私が、ブレーキが壊れていると声を上げたらどうなると思う?)
『別に、普通に直してくれるんじゃねーの?』
(まぁ、直してはくれるだろうがな。だが本来なら壊れない筈ものが壊れたんだ。そして私は、"表向きには"確認もせずにそれを突き止めた。)
カーシマのハ、と息を呑む声が明瞭だった。
『…自作自演だと思われる?』
(その通り。奴め、やってくれたな)
『待てよ、ホーラーが怪しい動きしてたって言えゃいいだろか』
(私以外に、誰かがこの付近を歩くホーラー嬢を見ているとは限らない。そんな中で彼女と敵対している私が、迂闊に彼女の名前を出せない)
『…まぁ、陥れようとしている、とは見えるかしら…』
つまりレイラに残された手段は、
・自作自演を疑われながらブレーキを直させるか。
・ブレーキを修理させず追突して軋轢死体になるか。
この最悪横丁のカスカスの二択という訳である。
『…え、ど、どうすんだ、アタシらの仲間とか、なるか…?』
『ケーキとか、供える……?』
(葬式パーティー開くのか?)
『待てよ、学園外で死んだらそこで地縛霊になんじゃね?』
『え、会えなくなるじゃない!じゃあ今…』
(今ここで死ぬ?にはならないだろバカ。怖いわ)
まぁ上記の最悪横丁のカスカス二択というのは、あくまでレイラが「普通の令嬢」であればの話である。
もしここに、「その令嬢が霊能力者であれば」という前提があれば、話は変わるのだ。
舐めた小娘の浅知恵と、年季の入ったババアの霊能力では、勝負にすらならないと教えてやる。
「お嬢様?」
「……あら、ごめんあそばせ。なんでもありません。今乗ります。」
『レイラ!?』
『ちょっと、レイラちゃん!?何考えてるの!』
レイラは馬車に乗り込んだ。
ブレーキが壊れたままの、スピードが落とせない欠陥の馬車に。外からフラワーとカーシマの焦る声が聞こえてくるが、コイツらはさっきちょっと怖くて嫌だったので無視である。
進み始めた馬車の中で、レイラは一つ息を吐いた。
なに、ブレーキが故障中という情報があるだけ充分だ。それなら事故が起こるであろうタイミングは凡そ想像がつく。
おそらく十分後に訪れるカーブの道。そこで曲がりきれずに、馬車は横転するのだろう。
「…まぁ、生き延びる方法なら思いついているがな。」
なんたってレイラ・ヴァン・スピリチュアは天才霊能力者なのだから。




