第2話【降霊術は程々に】後編
レイラは知っていた。
義弟が自分を疎んでいることを。
レイラは気付いていた。
公爵家の跡取りの座を狙う義弟が、レイラを「悪魔に魂を売った魔女」に仕立て上げ、家から追放しようとしていることを。
「…私の義弟は、この部屋に呪物を隠し仕込んだらしい。それを家族に告発し、実際にこの部屋から見つかれば…私は勘当どころか異教徒として逮捕だ。」
『おいヤベェじゃねーか!急いで見つけて捨てねぇと!』
「いや、呪物自体は既に見つけている。ハウスメイドの霊達が一部始終を教えてくれたからな。」
そう言ってレイラは、ベッドの下から人形を取り出す。
赤い髪に大きな瞳を持った、女の子の見た目をした人形。
フラワーとカーシマはその姿を見て、カハ、と息を呑んだ。
『それは!!人形にとある女子の精神が入り込んで奇妙に振る舞い始め、そのうち悪意のある恐ろしい行動を始めたため悪魔に憑依されていると噂になったアンナ・ベリー人形か!?』
「随分丁寧な説明だな。その通りだ。」
『しかもこの異様な雰囲気…間違いなく本物の、人形にとある女子の精神が入り込んで奇妙に振る舞い始め、そのうち悪意のある恐ろしい行動を始めたため悪魔に憑依されていると噂になったアンナ・ベリー人形よ……!』
「本物なのは確証を得ている。試しにちょっと小突くと」
『キキキ……全員ブッ殺したるわァ…!霊なんだからポリ公なんて怖かねェよクソボケがァ……!』
「こう喋るからな。本物だ。」
『けどおかしいわ。本物の、人形にとある女子の精神が入り込んで奇妙に振る舞い始め、そのうち悪意のある恐ろしい行動を始めたため悪魔に憑依されていると噂になったアンナ・ベリー人形は、国の博物館に仕舞われている筈よ。どうしてここに……』
「お前らそれ毎回フルで言うのか?」
アンナ・ベリー人形。通称アナベリ人形。
可愛らしいぬいぐるみの見た目と裏腹に、一説によれば、目を合わせる事さえ危険とされる呪物である。
博物館で厳重に保管されている筈の呪物を義弟が手に入れた経路は不明だが、とにかくとんだ曰く物なのだ。
『レイラ、それ持ってて平気なのかよ』
「全く平気でないが?」
『だよな』
「今これを持ってる右手の爪が急に剥がれた」
『だよな。置けよ』
「吐血が止まらん」
『何で置かねぇんだよ。置けよ』
王太子の婚約者ともあろう令嬢が部屋に呪物を隠し持っていたら。よりにもよって悪名高いアナベリ人形を。
婚約破棄、悪魔に魂を売った魔女として勘当、追放。世間への影響力を考えれば、下手すれば幽閉……。それはレイラの望むことでは無い。
まぁ義弟の企みを知った今では、ぶっちゃけ人形を事前に捨てておけば良いだけだが。
しかしそれだけでは、今後似たような事を繰り返されるだけである。
二度と義弟がこの様な手段を取らないように、生半可な人間が呪物に手を出すとどうなるか証明しなければならない。
「カカカ。本物の霊媒師による呪術、見せてやろうではないか…!」
『顔怖っ』
『まず人形置いたら?』
「痛い、私今親指付いてるか?」
『付いてるぞ』
『まず人形置いたら?』
「怖くて見れないんだが今私指ついてるか?」
『付いてるぞ』
『置いたら?』
『キキキ、やっと外界に出られたんだァ…!全員ブチ殺して豚の餌にしてやるわ愚鈍で弱くて滑稽な人間と、人間に与する無様な怪異めェ…!!』
『すごい悪口言われてる』
呪物には呪術で対抗してやるのだ。
霊媒師を呪物で陥れようなど、二度と思い付かないように。
「コーク・リリーさんで、な。」
●
「義父上、義母上。僕は只今より、とある悲劇の告発をしなければなりません。」
「テラ、それは食事を騒がす程の事か?」
「無論です義父上。そしてこの告発は、更なる悲劇を止める為のものなのです。僕を養子にしてくださったお二人に報いる為……此処にいる魔女から、スピリチュア公爵家をお守りいたします!」
(さて、始まったか。)
レイラはフォークの手を止めて、立ち上がった義弟の姿を見た。彼がレイラを指差すのを後ろで文句を言う元気ハツラツ幽霊①と②を制し、①が義弟に水を当てようとするのを止め、②が母の足を凝視しているのを「せめてこっちだろ」と思い、自身に視線を向ける父と母に気付く。
「……話を聞いておりますか義姉上。いえ、魔女!」
「本当なのかレイラ。公爵家の人間でありながら、呪物を盗み出し隠し持つなど。事実であれば庇わぬぞ」
「レイラ、私達に説明を」
(……おっと、話が進んでいたか)
父と母の説明をするならば、良くも悪くも"公爵家の人間"である。群を抜けて優秀ではないが、決して無能でもない。そして実子であるレイラと養子であるテラに対しても平等。どちらに肩入れするかは常に客観的であり、"正しく"かつ"役に立つ"方の味方。
レイラは彼らを、親らしいと感じたことはない。義務的で、上司みたいだと思う。嫌いではないが好きでもない。
今この場に関しては……彼らがテラの告発を真実と認めれば、レイラを断罪する敵となり得るだろう。
「お父様、お母様、どうかお待ちください。神に誓い、そのような事はしておりません。どうか信じてくださいまし」
「白々しい。そうだ、義姉上の部屋を調べましょう。そうしたらすぐに出て来る筈です……アナベリ人形が。」
「ええ、勿論構いませんわ。ですがその前に、私の無実を証言してくださる女性を呼んでおります」
「……呼んでいる?たった今告発したのに?」
義弟の眉が動く。
この場で、レイラの部屋にアナベリ人形があると知っている…思い込んでいるのは義弟一人の筈。
事前にレイラが証人を呼んだとなれば、義弟は"策略に気付かれていた事"に気付くだろうが……それを口には出さないだろう。互いに。
父と母がどう受け取るかは別だが。
『レイラちゃん、これは流石に怪しくないかしら』
(別に怪しくていい。ここからの展開は力技だからな)
『力技?』
(あぁ、終わる頃にはこんな些細な違和感…父も母も憶えていないさ)
「コーク・リリー令嬢。いらしてください」
レイラが扉に顔を向け、声を掛ける。
しかし返事は無い。当然だ、そんな令嬢はその場にいない。
「……嘘の証言など出来無いと帰宅されたのでは?賢明な女性だ。」
「コーク・リリー令嬢。どうかいらしてくださいまし」
「数少ない味方にさえ裏切られるとは、我が義姉ながら惨めな人だ。義姉上、せめて最後は潔く罪を認めてはいかがです」
義弟がこれ幸いと声を上げる。
証人が突如逃げたとなれば、どう転んでも父母のレイラへの心象が悪くなるからだ。むしろこの時間を「人形を隠すための時間稼ぎ」とでも言えば更にレイラは怪しくなる。
しかしそんなの、レイラはとっくに理解している。理解した上で、それら全てを覆すのだ。コーク・リリーさんで!
【コーク・リリーさんのやり方】
①全員で同じ硬貨を触り、硬貨を紙の上に置く。
レイラが忍び持ったコインを机の上に置く。全員同時に同じ硬貨を触るのは不可能だが、この際硬貨を置いた紙に触ってさえいれば、儀式に参加させる事のみは可能だ。
そして紙の役割をするのが、全員の触れているるテーブルクロス。
②「コーク・リリーさんおいでください」と呼びかける
(おい、何の為にお前達を呼んだと思っている。私と一緒にリリー嬢を呼べ)
『え?あ、コーク・リリー令嬢。来いよ』
『コーク・リリー令嬢?おいでくださいな。』
頭上のシャンデリアが点灯を始めた。
部屋が明暗を繰り返し、次第に温度さえ冷えていく。
パチ、パチ、とラップ現象が起こる。レイラの顔が、薄暗い中で恐ろしく朧浮かんだ。
「コーク・リリー令嬢。ここにいらしてください」
「レイラ。もうよい、証人はいないのだな。」
「……義姉上、往生際が悪いで……、あ?」
そして、呼びかけに必要な条件は……、参加者の半数以上がコーク・リリーさんの名前を呼ぶこと。
そう。多くの読者は前話で違和感を持ったことだろう。偶数で実施したいだけならば、別にフラワーとカーシマを参加させる必要は無いのだ。
霊達をわざわざ呼んだ理由は、参加者を過半数以上にする為。
レイラ以外がコーク・リリーの名前を呼ばない可能性の為に用意しておいたが、どうやら正解だったようだ。
「ん?あ、ぁ゛ぁ…う゛……ッ」
「テラ?どうしたのかしら、突然呻いて」
『レイラの義弟どうした?しっこか?』
『……』
『ア、アタシを見んな!冤罪だ!!』
(黙っておけ①と②。ここからが本番だ。なんならお前達はもう帰って良いぞ)
全員で呼び出せば、コーク・リリーさんは実体を持たずに降霊する。
しかし「もし唱えない者」がいたとしたら……コーク・リリーは、唱えなかった誰かに憑依する。今回の該当者は父・母・義弟の三人。
家族が唱えるか否かは賭けの要素だったが、誰も唱えなかった。
そしてコーク・リリーさんは、唱えなかった三人の内、義弟に取り憑く事を選んだ様である。
これならば、どうやら一番楽なプランで進む事が出来そうだ。
「ぐ、あ、ぁ、……」
「テラ、様子がおかしいわ……。」
「さて、何故か私の証人は見当たらないけれど…切り替えて、テラに質問をさせてくださいな。……私の部屋にアナベリ人形はある?」
「イイエ」
「なに?どういう事だテラ。レイラの部屋に呪物があると言ったのはお前だろう」
「私は、呪物を自分の力で入手をしたかしら」
「イイエ」
「テラ、先程から言っていることが……」
「テラは……私を陥れようとした?」
「ハイ」
「テラ!!お前その言葉に偽りは無いな」
「ハイ」
こうしてサクッと解決である。
レイラはテラに憑依したコーク・リリーさんに質問をする形で、テラ自身が自白するように仕向けたのだ。
父や母に取り憑いたら都合の良い証人に仕立ててしまおうと思っていたが、陥れようとした本人に取り憑いたのでラッキーである。
おかげでスピード解決。後から義弟が自白を取り消そうとしたところで、発言が二転三転しては信用は得られまい。
「まぁ。テラ、やはり貴方は善心を捨てられなかったのね。嘘をつくのに耐えられなかったなんて、清らかな心を思い出してくれて嬉しい。……テラは私を陥れようと私の部屋に呪物を隠した。合っていて?」
「ハイ」
『おぉ…上手く誘導した』
「テラ。お前には追って沙汰を下す。レイラも今日は自室に戻りなさい。」
「はい。そうさせていただきますわ。」
「……そういえばコーク・リリー令嬢とは…」
「ゲホゲホゲホゴホゴホゴホゴホオロロロロ」
「吐いた!?」
『誤魔化すのは下手なのか…』
『下手すぎないかしら?』
「ゲボボボボ、あと足も骨折したし皮膚も捲れ上がったし胃とかも…なんか…胃とかも消えましたわ」
『消えるわけねーだろ』
『誤魔化すの下手すぎません?』
「これ以上は身体が持ちませんわ、あぁ、急いでお部屋に戻らなければ……」
こうしてレイラは上手に追求を躱し、自室へと戻って行った。
『本当に誤魔化し方を練習した方がいい』『怪しくなくなったのを怪しく戻してた』という声は普通に無視し、『何でスッキリした顔が出来るの?』『勝ちを引き分けにしてた』という声も本当に無視し、捨てたアナベリ人形がうっかり戻ってきていないかも確認する。
完璧で、かつ抜かりがない。
これぞ霊媒師流・冤罪の晴らし方であった。
第2話【降霊術は程々に】完




