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第1話【ドロドロのお茶会】後編

状況を整理すると。

幽霊たちのリーク通りなら、レイラは今からお茶を飲んで腹痛に転げ回るか、あるいはホーラーが仕掛けるのを待って「突き飛ばし犯」にされるかの二択。


前者も後者も、どちらでも今後レイラには悪評が付いて回るだろう。皆がレイラを嘲笑するか詰るかするだろうし、貴族間では爪弾きに合うだろうし、家の玄関に「死ね」って書かれてちょっとションボリする事になるだろう。

下手すれば彼女の「隠居してして本でも読みながらダラダラ過ごしたい」という人生計画さえ狂ってしまう。


……面倒臭い。

王子の婚約者という立場も、それを陥れようとする周囲も。

人間の相手をするより、霊媒を生業にしていた前世の方がよっぽど楽だった。気楽な霊能ババアとしての記憶を引き継いだのだから、今世だって気楽な隠居ババアを目指すのは道理である。

レイラはしばし黙し、この状況を最も無被害に切り抜ける方法を思考した。


(……よし。フラワーとカーシマ、ホーラーの背後に行け)

『おや、背後で良いのですか?』

(あぁ、問題ない。むしろ背後の方が良いんだ)

『アタシの霊力なら、奴らの顔面マップタツに出来るぜ?』

(なるほど、絶対にやめろよ)

『背骨とか抜けば良いのか?』

(やめてね)


「スート殿下。そこまで仰るなら、私がホーラー嬢を害したという明確な証拠をくださいまし」

「ほう、しらばっくれるか。こうも往生際が悪いとは救えない女だ。さぁホーラー。君の口から、愚かな女が犯した罪を伝えてやると良い。……」


スートがホーラーに話を振ろうとした、その瞬間。


(今だ!押せ!)


「っ、ん゛、ぎゃっ!?」

「え」


唐突に、ホーラーの身体が前のめりにブッ倒れた。

不自然にバランスを失った上半身は崩れ落ち、スートの座る机に顔面から激突する。巨大な衝撃音と、勢いよく突っ込まれた凄まじい反動。

レイラが飲むはずだった下剤入りの紅茶カップが跳ね上がった。それは頭上より遥か上へと昇り、宙を舞う。


カーシマがホーラーのドレスの裾を霊力でガシッと床に縫い付け、更にフラワーが後ろからホーラーの背中に水を当て、水圧の勢いで突き飛ばしたのだ。

実態を持たない幽霊とて、霊力を使えば多少の物理干渉は可能である。それを最大限活かしたコンボ。


「まぁ!」


レイラは呟くだけで、それ以上は動かない。

後から余計な言いがかりを付けられないためだ。


直後。放物線の頂点を迎えた紅茶は重力の法則に従い、見事にスートの頭頂部へと落下した。


「ァ゛ッッ……つ゛!?」


熱い紅茶を頭からモロに浴びた王子の口から、か細く悲鳴が上がるのが聞こえる。人は本当に驚いた時、絞る様な僅かな声しか出なくなるのだ。

慌てて振り上げた右手、振られる首、赤い顔、白い顔、青い顔。駆け寄る侍従達の隙間から、スートの顔色が次第に変色していくのが見えた。


「……殿下、大丈夫ですか。火傷で御顔が傷付いたらたいへんです。急ぎ医師の所に確認へ行かなくては。まァ、顔色も酷いわ。きっと動揺で青ざめてらっしゃるのね。……それにしても、凄い音が鳴っているのは、何処からかしら。」

「あっ、たて、た、たてないっ」

「大変、腰が抜けてしまわれたの。どなたか殿下を抱えて医務室に運んで差し上げて」

「ま、まてっ、いま、いまは、さわるなッ」

「錯乱までしてらっしゃるのですね、どなたか疾く支えて差し上げて。……」

「くっ、このッ、性悪ッ……!レイラ……っ! 覚えて、いろ……ッ、ぐ、ぎゅっ!」

「私が?なんの事です。今はそれよりも殿下を……」


(…お手洗いに連れて行ってやるべき、だな)

『そろそろ離して差し上げます?』

(そうだな。こんな所で催されては、そこにあるチョコが食べ辛くなりそうだ)

『…こんな事があったのに、まだ食う気なのか?』

(せっかくのチョコが勿体無いからな)

『本当に?私だったら連想しちゃって無理よ…』

(せっかくのチョコが勿体無いからな。善意だ)


そう。スートが被ったものは、熱湯だけではない。

ご存知だと思うが、その紅茶の中にはホーラーが仕込んだ下剤が大量に入っていたのである。

彼はそれを頭から被った。だけでなく、垂れてきたものを少なからず飲み込み、摂取してしまった。

つまり今、それにより便意を引き起こされ、最大級にトイレに行きたくて仕方がないのである。


カーシマが何かを離す仕草をした途端、スートは抑えを失った様にガク!と跳ねて立ち上がった。それからヨロヨロと歩き出し、手を貸そうとする侍従を必死に避け、内股になりながら庭園を脱出していく。


実はカーシマが、霊力でスートを【金縛り】していたのだ。

せっかく下剤を振りかけても、すぐ逃げられてしまっては面白くない。だからちょっとしたお仕置きである。王子がこの様な場所で漏らしては体裁が悪いし、きっと後世までの笑い者だ。僅かな刺激でさて決定打になりそうなあの状況で、トイレに行きたいのに身体が動かないのはさぞ恐ろしかっただろう。


……と、先ほどフラワーがホーラーに水を当てていたように、霊は己の霊力で人間に干渉することが出来る。

がしかし皆全く同じ能力かと言われると、そうでもない。

例えばカーシマは金縛りを使えるが、水を出す事は出来ない。

逆にフラワーは水を出す事は出来るが、金縛りは不得手。

そのルーツは不明だが、レイラはこれを霊の個性ということで納得していた。


『レイラ、レイラ、見てろよ。』

(何だ?)

『すげーモン見せてやるよ、今らアタシの念…"意識"を、トイレの全個室に繋ぐ』

(見てなきゃ駄目か?そんな姿)

『そして王子がトイレに辿り着く前に、全個室のトイレットペーパーを……切らせておく!』

(本当に見てなきゃ駄目か?)


そして何故かフラワーは、トイレットペーパーを操る事も出来た。

理由は全く不明である。


残されたホーラーは、頭から下剤を被って内股で消えていった最愛の王子の姿に萎えたのか、あるいは顔面から机に突っ込んだ衝撃のせいか、呆然と白目を剥いて泡を吹いていた。


「カカカ」

『ビックリした。お前笑い方すげっ。今時誰もそんな不気味な笑い方しねーよ』

(なんだよ、悪口か?)

『レイラ顔つえーんだからその笑い変えた方がいいぞ。アタシがそれ見かけたら犯人お前だなって思うし人間に何か怨みを抱えていて苦しめたいのかなって思うし世の中の戦争って全部お前が黒幕で裏で武器を売って儲けてるんだろうなって思うしお前を影で13日の金曜日って呼び始めると思う』

(悪口か?)

『お前の笑顔は残忍極まりねぇ!』

(悪口か。もう隠す気ないな)


レイラは席に戻り、まだ誰も手を付けていないチョコを口に運んだ。フラワーもカーシマも何も言わないのだから、安全は保障されている。王族の茶会なだけあり、口溶けが濃厚で素晴らしい。


『レイラちゃん。』

(何だ?やはり食べたくなったのか。供えてやるよ)

『ホーラー嬢の片足…食べても良いかしら……』

(怖っ)

『そうよ、食べて私のものにすればよいのよ……。』

(駄目に決まってるだろ。おい待て舐めるな。執拗に舐めるな。執拗に舐めた上にちょっと浅めに舐め直すな。上から下まで丹念に舐めるな。そこまでしたら流石にヘイトがこっちに向くだろ)

『けど白くて綺麗…細くて…滑らか……きっと本当は私の足なのよ……。ねぇ返して頂戴……』

(じゃあお前は自分の脚を舐めてたの?)


「あー…。えー…殿下はきっと、そのうち戻って参りますわ。どうか皆様、殿下が戻られるまでしばしお待ちくださいまし。ほら、お嬢様方も殿方もテーブルの上のお茶菓子を手に取ってくださいな。お食事をして、歓談を楽しんで、そしたらいつの間にか時間も経っておりますわ」


公爵令嬢のレイラが声をかければ、周囲は形だけでも収まってくれるだろう。各々雰囲気はぎこちないものの随分と落ち着き、喧騒は嘘だったみたいだ。まさか先程までの話題を掘り返す者はいないし、王子の失態を改めて口に出せる者もおるまい。


『いやスートの奴トイレ間に合ってねーのかよ』

(まだ意識繋いでたのかお前)

『足…私の足……』

(噛むな!)


レイラはこの続きに興味がなかったし、なんならコイツら怖いしグロいしちょっとヤだなぁと思ったので完全に無視する事にして侍従に新しい紅茶を淹れさせる。

今回は彼女達に助けられたが、とは言えこんなに騒がしい日々はレイラの本意ではない。彼女の目標はゆったりスローライフなのだから、今世は一生霊が見え続けるなんてごめんなのだ。

だからまずは穏便な婚約破棄。次に霊力の枯渇。いや、その前に、彼女達の成仏。……


しかしまだ、公爵令嬢レイラの世知辛い日常は続く。




第1話【ドロドロのお茶会】完


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