第1話【ドロドロのお茶会】前編
霊媒師とは。
霊を見ることができ、意思疎通さえ可能な能力者の事である。
前世の日本で霊媒師として活躍したした最強ババアは、公爵令嬢レイラ・ヴァン・スピリチュアとして転生した。
それも、前世の「霊能力」を引き継いだまま_____。
カチ、と上品な磁器の音が、初夏の爽やかな風が吹き抜ける王宮の庭園に響く。
第一王子ともなれば、主催する懇談会は豪華絢爛である。学園内で定期的に茶会が開かれるのだが、今まですたびれた事は一度もない。色とりどりのドレスに身を包んだ貴族たちが談笑し、鳩が飛び、聴こえるのは緩やかな演奏のワルツ。
そんな中、彼女──公爵令嬢レイラ・ヴァン・スピリチュアは、目の前の紅茶を無表情で見つめていた。
「「さて、レイラ嬢。 自分の胸に手を当てて、悔い改めるのだ。」
「……そんな。心当たりがございませんわ。」
「ホーラーがこれほど怯えているじゃないか。さぁ、自分の胸に手を当てろ。レイラ嬢、貴女が彼女に陰湿な嫌がらせをしているのは知っているぞ。今日も既に卑劣な行いをしたのだろう?記憶が無いとほざくならば、自分の胸に手を当てて尋ねるのだ。」
「三回も胸に手を当てさせてどうするんですか。めり込みましたけど。」
場を静まらせたのは、レイラの婚約者である第一王子・スートの怒声だった。彼は立ち上がり、容赦なくレイラを指差している。その背後では、男爵令嬢のホーラーが小刻みに震え、潤んだ瞳でレイラを見つめていた。
その姿はまさしく、虐められた小動物。
周囲の貴族たちが「またスピリチュア様の嫉妬か」「なんて恐ろしい方かしら」とヒソヒソと囁き始める。
実はこれ、いつものやつであった。覚えのない罪を着せ、レイラを悪人に仕立て上げて婚約破棄に追い込もうとする、彼らの浅はかな罠。
身分差の恋に燃えてしまった彼らにとって、レイラは卑劣な障害物なのだ。
本来であれば傷付くべき場面なのだろうが、彼女の心は一ミリたりとて動かない。悲しくもなければ、怒りも湧かない。
なぜならレイラの視界──霊媒師の視界は、彼ら以外の「先客」で大渋滞しているからであった。
『おいレイラ、騙されんじゃねーぞ!そのお茶、さっきホーラーが怪しい粉をサラサラ入れてた!』
(ほう、怪しい粉をサラサラ?ということは少量で効く種類と考えるのが無難…。嫌がらせで洗剤?苦味粉?いや、最悪のケース、死なない程度に毒でも盛られた可能性も……)
『てかホーラーが入れてるやつ、なんか見たことあるんだよな。水面からこんもり出ちゃってるし。観察して何を盛られたか当ててやるよ。』
(ならサラサラじゃなくてドバドバだろ。何でちょっと抑えて報告するんだ。所感がかなり変わるだろうが)
『あ!』
(もう分かったのか?まぁドバドバ入っているからな。流石に観察しやすかったか)
『下剤だ!飲んだらうんこ止まんなくなるぞ!』
(別の意味でドバドバなのか。ふざけるなよ)
レイラの椅子の真後ろで、ドレスの裾を揺らしながら激しく身振り手振りで叫んでいるのは、この学園の個室トイレに住み着く地縛霊。故・フラワー・シュレッド令嬢。
ゴシックの赤いドレスを着た、黒髪の美少女。妖艶と幼さを兼ね備えた容姿と対象的に口が悪く、他人のプライバシーを覗き見するのが得意。
基本的にモラルが無くやりたい放題で、よくその辺をパーッと走って「犬のうんこかと思って触ったら…!ちげぇ!人のうんこだ…!この国はもう野糞しかねぇ!うんこキングダム、ウンコダムだ」と野糞を発見したりしているが、それを差し引けば一応良い奴である。
『レイラちゃん!それだけではありません。ホーラーの足元を見てごらんなさい。自分で自分のドレスの裾を踏んでるわ。スートが合図を出したらわざと転んで、「レイラ様に突き飛ばされた」って言いがかりをつける気よ。』
(なるほど。随分とあざとい真似をしてくれるじゃないか)
『もう!せっかく足があるのに、こんな使い方するなんて信じられない。レイラちゃんも勿体無いって思うわよね?』
(まぁそうだな。概ね同意だ)
『私なんてダンスに使う足さえ無いのに……』
(急に重い話に舵を切るな。扱いにくいだろ)
『自分で自分のドレスの裾を踏むなんて、足はそんな事の為にあるものじゃないのにね。もっと上手く使いこなす…私だったら…もっと…。…あの足…どうせなら…。私に、くれればいいのに。』
(一話に持ってくる重さじゃないぞ。扱いにくいだろ。)
スートの背後から、不気味なほど美しい顔を歪めて解説してくれているのは、学園の舞踏室に這い出る、故・レイ・カーシマ令嬢。
生前ダンスでは右に出る者がいない程の実力だったらしく、片足がない代わりに身のこなしが妙にしなやかな女性だ。
特筆すべき点としては、人の足を凄い顔でガン見している時がある。彼女は足を失ったから、代わりの足が欲しいのだ。本当に欲しいみたいで、舐め回す様に見てくるし、なんならたまに実際舐めていた。物凄く気まずいが、それを差し引けば良い人である。
『やられっぱなしでたまるかよ。レイラ!反撃だぜ』
(待て、手段がない。下手に行動すれば揚げ足を取られる)
『アタシらが憑いてんだから平気だよ。ボコボコにしたらぁ』
『そうね。私もフラワーちゃんに同意です』
(落ち着け、血の気が多すぎるぞお前達)
『? 死んでるのに血とかないですよ』
『アタシ出血過多で死んじゃったし』
(さっきから扱いにくいんだよな、お前らの自虐)
……情報過多だ。と、彼女はポツリ思う。
頭をカリカリ掻いて、煙みたいな深い息を吐いた。
この世界の人間には幽霊が見えない。だが彼女には、前世の霊能力のせいで、そこら中にいる幽霊たちが鮮明に見えるし、会話もできる。
「言い訳はないのか、レイラ嬢! 黙っているということは罪を認めたな?」
スートが勝ちを確信したとばかりにほくそ笑む。
正直、第一王子の婚約者なんて面倒臭いし全然負けでも良いのだが、それで投獄される可能性もあるなら話は別だ。このトラブルは全力で回避させてもらう。
レイラに人間の味方はいないが、霊の味方はいる。
この状況をいかに切り抜けるかは、つまり、霊媒師の腕の見せ所と言う訳だ。




