第9話【霊媒師の前で、古典的な技は無意味】前編
スピリチュア家、レイラの自室にて。
夜突然ドアをノックされた思うと侍従が入ってきて、レイラに手紙を渡し去って行った。
どうやらつい先程、配達員がレイラ宛に手紙を届けに来たらしい。
『何が書いてあんの』
「知らん。どうせ大した内容では無いだろ」
横からフラワーが覗き込む。
最近家に行きたいと騒がしかったので、仕方なく連れてきてやっていたのだ。その騒ぎ用は本当にうるさくて、ずっと横でギャーギャー言われ、マラカスをポルターガイストでチャカチャカして踊りだし、「学校に囚われた子供たちに"愛"を!」とユニセフになられていたので最悪だった。
だから一度連れてきてやった方が早いと思って、部屋に招待したのである。
さておき。
レイラに手紙を出す者は少ない。基本的に友達がいないし、あとはたまに婚約者からレイラをなじる文章が届く程度だ。「婚約破棄をしろ」だの「ホーラーを虐めるな」だの「今度茶会を開催する。ただしレイラ、てめーはだめだ(ボーボボ)」だの、ロクな内容を受け取ったことが無い。
マァ、それかもしくは……。
レイラは無表情に手紙の封を切った。
──私メリー。今、学園の正門の前にいるの。──
「お、これは……」
もしくはの方である。
手紙の主は、故・メリー・フォン令嬢。
レイラにたまにちょっかいをかけに来る幽霊達の中の一人。金髪に縦ロールという華美な見た目に反して、何故か現在の居場所を手紙で伝えたがるという不思議な性質を持っていた。
横にいたフラワーが、『もう一枚あったぜ』とレイラに声をかける。そちらも開封してみたところ、同様にメリーからであった。
──私メリー。今、貴女の家の前にいるの。──
彼女はどうやら、学園の正門からスピリチュア家の前まで移動しているようだ。レイラの居場所に近付いている。
これも彼女の特性だ。怪異が徐々に近付いてくる恐怖を味あわせたいというのが、彼女の十八番のようである。
がしかしそもそも真横に既に怪異がいる状況なので、徐々にだろうがいきなりだろうが来たとて「ふ〜ん」である。なんなら騒がしいのがもう一匹増えるから「困るな〜」くらいである。
『手紙で家の前って事は、じゃあもう近くにいんじゃねーの?』
「そうだな。」
レイラが立ち上がって、自室のドアを開けてやる。
するとそこには金髪縦ロールに豪華なドレスを着た、西洋人形のような美少女幽霊……その名もメリー・フォンが立っていた。彼女は怨霊特有のドスの利いた声で、レイラを指差して叫ぶ。
『私メリー!!! 今、お姉様の部屋の前にいるの!!!』
「知っている。手紙で予告されていたからな」
『全然怖がってない……』
「うん、怖くない……」
『全く怖くない……?』
「怖くない……」
『徐々に近付いてくるの怖いでしょ……』
「怖くない……」
メリーは様式美を崩されて半泣きである。
すごすごと室内に入り、力無き小動物みたいな表情でショボ…と俯いた。
「無理を言うな。手紙というアナログ媒体を使っている以上、タイムラグが発生するのは必然だ。その隙に大抵の人間は冷静になる。私みたいな奴は特にな」
『よぉメリー!!久し振りじゃねーか!』
レイラの背後から、フラワーがにゅっと顔を出す。
『……ッ、ス、あ、よ、陽キャァ、っ……!!!』
途端、メリーがか細い悲鳴を上げた。
彼女は『ふへ、ふ、ふぃ…ッ』と命が終わる寸前の様な呼吸をし、それから腰が砕けてへちょ…と潰れた。
『あ、ゆ、ゆるじでぐださい』
『何を?』
『な、何も持ってないれ゛す、』
『いや何の話だよ。通じねーって』
『あひっ、ひ、ごめんなさい、人権を差し上げるので許してください』
『いらない……』
メリーはフラワーが怖いのだ。
オタクに優しくないタイプのギャルだからである。
ネットミームが通じないから『何語?』と返してくるし、『この前驚かせた人が知人で横転』と言っても『転んだのか?幽霊なのに?』と真面目に返してくるし、ノートの落書きに『ウメーじゃん。お前ら見に来いよ!』と言って周囲を呼ぶし、メリーが喋ると『聞き取れないからもうちょいゆっくり喋れよ笑』と言ってくるからである。
このせいでメリーは、フラワーと会うと拒絶反応が出るのだ。
『お、お姉様。メリーだけが、いま、こ、怖がってるよぉ。メリーはお姉様を驚かせに来たのに』
レイラは彼女らが騒がしかったので無視していたが、縋られてしまったので冷めた目でメリーを見つめた。
「フラワーに関しては知らん。それに手紙についても、私は前世から霊媒師の筋金入りだから怖がる訳がないだろ。今更お前の古典的な怪談演出では驚かない。どうしても誰かを怖がらせたいなら、例えばもっと……怪異耐性のない人間をターゲットにしたらどうだ?」
『か、怪異耐性のない人間……?』
メリーがピクッと眉を動かす。
どうやら釣られてくれたらしい。レイラはフンと鼻で笑って、勿体ぶったように指を動かす。
「例えば、学園の男爵令嬢ホーラーとか。噂によると私に泥棒の濡れ衣を着せるため、今夜は夜の図書室で一人、熱心に自習をしているらしい。完璧なアリバイ作りの為なのだろうが……不用心だな?何が襲ってくるか分かりやしないのに。」
わざとらしい口調で教えてやれば、メリーはその場で勢い良く立ち上がった。煌めきを取り戻した強い眼力は、獲物を見つけた怪異のものである。
『決めたわ。お姉様がそんなに冷たいなら、私は今からホーラーのところに行く! 私、あの子を知ってるもん。きっと私の上質なホラー演出に、淑女らしからぬ悲鳴を上げて驚いてくれるはず!』
そうしてドレスの裾を翻した、その時。
メリーはふと思い出したように立ち止まって、レイラに向かい首を傾げた。
『そういえばお姉様、"悪役令嬢"って知ってる?』




