第8話【文化発表怪と、ヒロインの思惑】
カーシマにはずっと憧れているものがあった。
学園の文化発表会である。
発表会とは名ばかり、学園の女子生徒たちがダンス・楽器演奏・詩歌作成を披露し競い合う競技大会のようなものである。
学園の舞踏室で死んだ彼女は、何よりダンスが好きだった。
レイラはそんな彼女が文化発表会に興味を持っている事に気付いていたが……、しかし、自分から口にするものではないとも思っていた。
『レイラちゃん。レイラちゃんってその……ダンスは好きかしら?』
「ダンスか。好きかはさておき、経験はあるぞ。私も前世ではフラダンスサークルに参加していたんだ。ババアはババアの沢山いる所に集まる傾向があるからな。」
『へぇ……!?フラダンス?想像つかないわ』
「意外と面白いぞババアフラダンスサークル。西のババアから東のババアまで集まりみんなで一緒にアロハオエだ。ババア同士でセンターの取り合いバトルとかしてたぞ。最終的にケツの力で周りを全員弾き飛ばしたババアが勝ちでセンターアロハオエだ」
『いや別にババアのアロハオエバトルを知りたい訳ではなくて』
放課後、学園の空き教室にて。
レイラは暇だったので、彼女の元に遊びに来たカーシマとのんべんだらりで喋っていた。
すると突然カーシマから上記のような質問をされたため、ババアフラダンスでアロハオエしていたことを教えてやったのだが。
がしかし、カーシマの質問の意図は別にあるらしい。
「何だ?何か言いたいことがあるならストレートに聞け。あんまり婉曲な会話は得意じゃないんだ」
『あ、そ、そうよね。ごめんなさい。その……もうすぐ文化発表会があるでしょう』
「あー……あるな。女子生徒は参加必須のやつか。面倒くさい」
『その、だ、ダンス部門だけでいいの。私を憑依してくれないかしら』
眉を顰めて話を促すレイラに、カーシマは俯きながら相談した。
レイラの目頭がピクリと動く。自分の真意を測られている気がして、カーシマはなんだか顔が上げられなくて、表情は暗く、せわしなく指を動かした。
よろしくない相談を持ち掛けた自覚はある。
それに、レイラのくっきりした瞳に無言で見つめられると、なんだか無性に怖いのだ。
「口寄せをしろという事か」
『わ、わたし、ダンスは得意なの!これでも当時は国一番と言われていたのよ。本当に好きで、それに、だから……えっと、レイラちゃんに恥をかかせるような結果にはしないわ。』
ようやく口を開いたレイラに縋るように、カーシマは必死に自身のダンス能力を説明する。
自分だったら、自分に踊らせてくれたら……きっと優勝さえできてしまう自信があった。それくらい彼女はダンスが好きで、彼女の短い人生の中の大部分だった。
もし、また誰かが彼女のダンスを見てくれたら、それほど嬉しい事は無いとさえ思う。
しかし。
『けど、その……前に、貴女は、卑怯な手を使って得た勝利を嫌っていたわ。だからその、この提案も嫌よね。……言ってみただけなの。ごめんなさい、忘れて』
「別にいいぞ」
『そうよね、ご……え?』
「お前が私を勝たせるために憑依するなら、それは卑怯だと思うがな。お前は私の勝利なんかに興味はないだろ。ただ人々の前で踊って、視線を浴びたいだけだ。違うか?」
『……そうよ。』
「それが理由なら口寄せしてやる。総合順位に関しては…まァ、私の楽器演奏と詩歌作成でトントンに下がるだろ。」
自信なく食い下がり切なそうに微笑むカーシマに、レイラはニッと笑った。
悪戯のような笑みである。
カーシマを口寄せすることによって現世の__今を生きる者たちの順位を邪魔してしまうなら話は別だが。幸いレイラは楽器演奏が全くできず、前世ではリコーダーを逆から拭こうとして音が出なくて大泣きしていた(バカ)し、詩歌に関しては本気で才能が無いので、カーシマに以前作成した詩を聴かせた際に「ひとつの小節に何回『ふと』『なんとなく』『思わず』を使えば気が済むんですか?キャラクターの行動に無自覚な免罪符を貼るのをやめましょう。行動には明確な意図か衝動を持たせてください。既存作品のテンプレートではなく、しっかりと人物に自我を持たせることを意識して再度提出してください。一応コンテストには出しておきます。」と編集みたいな事を言われて泣いたことがあった。
こんなに駄目なら、まあダンスの得点だけ良くても眉唾である。
『……あら。レイラちゃん、演奏も苦手なの?』
「わざわざ言うような事でもないがな。家で演奏したら人が死んだ」
『人が』
「窓も割れた」
『窓が』
「あと二度と鼠も虫も出なくなった」
『害獣対策にもなってるのね』
●
それから文化発表会当日まで、レイラはダンスに関してはカーシマに任せていた。素人がごにょごにょ口を出しても煩わしいだろうと思い、あえて深く関与しないでおいたのだ。
柔軟練習の指示だけは出されていたので言われるがまま体を伸ばし、肉を潰され、伸ばされ、時には「死」を覚悟し、なんか捏ねくりまわされていたが、その程度である。
楽器などは自分でやらなければいけないため練習していたが、付き合っていたフラワーに「お前はもうアレだな、マラカスだな」とマラカスを渡されていた。
マラカスは駄目だと抗議するとカスタネットを渡されたので、レイラはシャカシャカカチカチ陽気なババアになるしかなかった。
そんな感じである。
ダンスと演奏のギャップで人を殺しそうな仕上がりになったレイラは、発表会用のドレスに身を包み舞台袖に待機していた。
自分の前の番にダンスを披露するのは、奇しくもホーラ―。
この順番は偶然だとは思うが、もしかしたら王子達がわざと仕組んだのかもしれない。可愛らしいホーラ―のダンスの後にレイラが踊れば、きっと嘲笑されるからだ。
彼女は髪色に会った桃色のドレスを着用し、己の可愛さを武器にしたダンスを披露している。ところどころ躓いているが、それすらも愛嬌でカバーしている。
気になる点があるとすれば、目が合うと睨まれるくらいだが。
『あああ、緊張してきたわ。こんな気持ちになるの、久し振り。』
「なんだ。怖いか?」
『怖い……とは違うわ。ドキドキしてるけれど、同じくらいワクワクしてるの。』
「そうか。なら良い。__口寄せ!」
レイラの体に、カーシマが憑依する。
舞台用の強いライトに目をしばたかせ、カーシマは舞台上のライトが反射してきらめく床を見た。霊体と肉体では、全く見える景色が違う。鮮度が違う。
実は違いは無いのだが、カーシマは無性にそう思った。人々の前で踊れる高揚感が、彼女に世界をまばゆく見せたのだ。
「__続いて、レイラ・ヴァン・スピリチュア公爵令嬢」
声を呼ばれるままに、体が舞台上へと駆け上がっていく。
嫌われ者の悪女の出番に、観客は白けた反応ばかりである。先ほどが学園中で愛されるホーラ―のダンスだったからこそ、反応の落差はより大きい。
おそらく大半の人間が、レイラのダンスに興味が無い。興味があったとしても、きっと無様を晒すのを楽しみにしている人間がほとんどだ。
でも、カーシマはそれでも構わなかった。
流れる曲に合わせて踊るのが、足が滑らかにステップを踏むのが、死にそうなほど楽しいから!
キラキラ光るライトの下で踊る彼女から、客席の顔はほとんど見えない。
代わりに、スポットライトの下に照らされる自分の手先を見る。跳ねる足を見る。肩から美しくこぼれる髪を見る。
その視線の流れが、人々にとっては女神の様に映ることを、ダンスを熟知した彼女は何よりも知っている。
客席がどよめくのが聞こえてくる。
その声が女神の踊りを褒め讃える声であり、「あれが噂の悪女?そうは見えない」「王子は彼女を蔑ろに?」とレイラを賞賛する声であることが嬉しい。
美しいスポットライトの煌めくしたで、自分に夢中になる観客の顔が見えるようになった気がした。
「楽しい、楽しいわ、レイラちゃん。そうか、それは良かった。……けれど、だからこそ、この体験を、死者が生者から奪うのは違うわね。」
カーシマは思った。
この眩い景色は、本当はレイラが体験するものだった。それを自分が奪うのは、とても酷い事なのではないかと。なのでもう、返さなければならない。
実際全くそんなことは無くレイラへの賞賛は九割カーシマのおかげなのだが、彼女はそんな事に気が付かないのでレイラの体から出ていこうとする。
レイラはその意図が分からなくて体に彼女を引き留めようとするが、しかしカーシマはまるで羽化でもするかのようにレイラの体から抜けていった。
「えっ、待て、私本当にダンスの練習してないぞ、え?マジで出て行くのか?今?え?今お前が出て行くとアレだぞ、おいカーシマ、私の手札フラダンスだけだぞ」
……という事で、レイラのダンスの最後の方は突然のアロハオエである。
突然始まったワイキキの世界に観客は余計どよめいたが、むしろこの世界にフラダンスは普及していないので新鮮で若干ウケた。
レイラがよく分からないままシャカ・サイン・ユーをして退場していくのを見ながら、ホーラ―が呟く。
「……小説通りの悪役に徹しろよ」
その声を聞いた人間はいなかった。
第8話【文化発表怪と、ヒロインの思惑】完




