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星屑街の戦  作者: ゆげの
3/4

第1話 星屑街へようこそ!(3)




 翌日は昼も過ぎてから目を覚まし、昨夜ローカルコンビニで買ったパンとお茶で小腹を満たしたところで業者がやってきた。電気ガス水道費も初月無料らしい。謎の好待遇が怖いので大人しく役場に行き、移住者向けプログラムの話を聞くことにした。

 自然の太陽光は得られないはずなのだが町は普通に昼間の明るさがあった。疑似太陽光も能力によるものなのだろう。


 役場では移住者向けの支援の話を聞き、その足でハロワに赴き支援金をもらい、あっという間に一カ月は生活の不安がなくなった。

 町外で調べたときは怪しい情報しか流れていなかったというのにテンポよく手厚すぎて拍子抜けだ。


「異能者のための町かぁ……」


 町のことを知るなら住民と親しくなるのが一番だろう。(そよぎ)は手に入れた金をさっそく酒代に変えることを決めた。



 通りすがりのおっさんにいい店を聞いて、意気揚々と乗り込んだ。

 一件目は駅前通りから裏に入ったところの焼き鳥屋「四番鳥」。穴だらけの赤提灯に味わいしか感じない。まだ午後4時だというのに賑やかな話声が店の外まで漏れ聞こえている。これは良い店だった。

 戦は恐れることなく突入し、カウンターに座してとりあえずビールと串を何本か注文して店主と雑談しつつ杯を重ね、わずか30分もする頃にはその辺の常連のおっさんこと藤本と林田の二人に交じって酒盛りをしていた。


「ええ~戦、昨日来たばっかには見えねえよ~」

「ほんとほんと。嘘じゃないよ」

「いやいや、隠しきれないダメ人間オーラを放ってるよ。これは星屑歴3年は必要な屑」

「その言い方だと住民みんな屑じゃん」

「屑だよ~屑の掃きだめだよここは。最高だよ」

「まあそんな感じね」


 なにせ昨日の夜から今まで、戦は四六時中酔っ払いや喧嘩を目にしている。治安は決して良いとは言えないが、人々の雰囲気は何故か妙に明るく気さく。暮らしやすい屑の掃きだめではあるのだろう。


「"外"じゃあ異能者自体犯罪者予備軍とか言われてるだろぉ? そんなのが集まってるんだから推して知るべしだよ」

「まじでこの町そんなに異能者いんの?」

「おーいるぞ。石投げりゃ異能者に当たるんじゃねーの。実際俺ぁ能力持ちで、林田さんはノーマルだしな」

「あ、そういうのもあっさり言っちゃう感じなんだ。すごいねこの町」


 先ほど林田が言ったように異能者=犯罪者予備軍が世間一般の目だ。普通、能力持ちはそれを隠して生きる。そして、人知れず能力を駆使して法や倫理に外れた生き方をする。だから一般の評が間違ってはいないのだ。


「まあ人に聞くのは失礼だから自重しろよ」


 自分から能力持ちだとふかす輩が多いが、聞くのはNGということだ。


「ふーん。ならいいバランスだね。当然どんな能力なの? とか聞くのはまずいんだ」

「そりゃあおめー、今どんなパンツ履いてんの? ってのと同じだよ」

「うわ、藤本さんのはクソほど興味ない」

「そういうこと」


 実際、戦は能力の有無も言わなかったが二人は特に聞きもしなかった。いい距離感で確かに居心地が良い。

 明確にではないが、戦は聞きたいことに合わせて間接的に自分が異能者であるという情報を出してみる。信用を得るためだ。


「ノーマル的にはなんでわざわざこんな町で暮らしてんの?」


 戦が見聞きしたところ、星屑街では毎日どっかで爆発みたいな騒ぎがあって、異能者の喧嘩が頻発していて、命がいくつあっても足りない無法地帯らしい。わざわざここで生きようとする人間なんて脛に傷持つくらいしか理由が思いつかない。


「商売人には結構いいらしいぞ。人が多くて稼ぎやすいし店が出しやすいんだと。ねえ大将!」

「おう。出店の補助金も申請しやすいし金も借りやすいし、店持ちたい奴にはいい町だぜ。必要なのは度胸だな!」

「ああ、命知らず的な……」


 多少はこの町のノリを理解してきた戦だった。




 その後は2軒目に行き、同じように町の評判を聞きながら酔っ払いと歓談し、3軒目ではもうすっかり出来上がったご機嫌な酔っ払いの仲間入りだ。どこでも酔っ払いたちは一杯おごると気分良く話を聞かせてくれた。ヒモで食いつないでいた戦の人心掌握術は伊達ではなかった。


 すっかり深夜に突入した3軒目で戦は酒におぼれる思考の中でとても重要らしき情報をもらった。


「戦はまだ見たことねえかな」

「なにを~?」

「アニマルマスクだよ」

「ああ、それは教えといてやらないとな」

「役場で狐面にあったけど、あれのこと?」


 聞けばアニマルマスクというのは町内会の職員の一種らしい。能力使用に規制がない星屑街で好き放題やらかす異能者たちをとっちめる自警団のようなものだという。

 闇討ち防止なのか分からないが正体は不明。どいつもこいつもやたら強いことだけは確かだそうだ。

 要するに最後は実力に物を言わせて最低限の治安を守っているのだろう。暴力による圧政である。


「いいか、戦。酔っぱらっててもこれだけは忘れるなよ」


 一緒に飲んでいたギャンブル好きで嫁と子供に逃げられてやさぐれて星屑街入りしたという飯田さんは、そんなダメ人間のくせにやたら真剣な目をして戦に言った。


「アニマルマスクには喧嘩を売るな。とくに"うさぎ"に目を付けられたら死んだと思え」


「はあ」


 よく分からないが、アニマルマスクなるものは過激めに市民を守る存在なのだな、と戦は認識した。






 久しぶりに思う存分に酒を入れてご機嫌に歩いていたのも束の間、今や戦に余裕の笑顔など消えて久しい。なぜならば――


「どこだよここ……」


 渡された地図を頼りに公共住宅を目指していたが完全に迷子になっていた。

 別れ際に飯田さんから教えてもらった通り、最初の角を曲がってタバコ屋の裏の階段を上って二つ目を左、二股の階段を右に下りながら四番目の横道を……


「分かるか!!!」


 酔っていて気付かなかったが、地図の端にメモした教えてもらった情報はカオス極まりない。そして地図そのものが見方すらよく分からない。

 ただでさえ細い道が入り組んで迷路状になっているというのに、加えて立体都市なものだから地図の中に複雑な階層という概念が存在する。三次元情報を二次元に表現するなど無茶だ。

 自分の現在位置も分からないが、分かったところでこの地図をどう辿れば目的地に着くというのか。


(鼻紙以下だなこれ)


 いつの間にか人通りも殆どない裏道に迷い込んでいた戦は、深々とため息をついて地図をポケットに突っ込んだ。見るだけ無駄だ。せめて人がいそうなところへ出たいと闇雲にうろうろしているうちにすっかり冷えて酔いも冷めた。


 30分以上は彷徨っているだろうか。落ち込む気持ちに合わせて俯いていた視線をあげると、擬似満月の人工灯に目を焼かれながらも前方の階段の先に何か見えた気がして、眼帯を額に押し上げて両目で目を凝らす。

 弱弱しい夜光の中から伸びた長い影が怪しくゆらめいている。


「人か!? すみませーん、ちょっと道を聞きたいんですけどー!」


 助かった、とばかりに大きく手を振って声を掛けると背中を向けていたらしいそれがゆっくりと振り返る。

 一見大柄な人に見えたそれは、よく見ればふっくらとした輪郭に頭から長い耳が二本立っている。こんなひと気のない道端に突然の着ぐるみである。


(ん? 耳の生えた着ぐるみ……?)


 飲み屋で聞いた言葉が戦の脳裏をよぎる。



『アニマルマスクには喧嘩を売るな。とくにうさぎに――』



 やけに真剣な顔で教えてくれた。

 意味はさっぱり分からなかったが、アレがそうなのだとしたら確かにアニマルでうさぎだ。ピンク色のうさぎの着ぐるみを着た男……たぶん大きさ的に男だ。何の変哲もない住宅街の細い路地を闊歩している。


 近づいてくるそれの、あまりに不気味なプレッシャーに、戦は手を上げた形のまま固まってしまった。


 ただの変質者として笑い飛ばせたら良かった。しかし、今やハッキリと輪郭が分かる距離になって背筋が凍った。



 こちらを向いたうさぎの着ぐるみは夜闇の少ない灯の中でなお赤い。

 ピンクと白の毛皮がところどころ赤黒く染まっているのだ。

 右の手に、デカイ斧を引きずり、しかもそれにも赤い何かが付着している。

 左手は正直、右手以上に見なかったことにしたい。

 しかしどう見ても、


 腕だ。

 人の腕。肘から先。


 糸の切れた人形のようにだらりと掴まれたそれが本当に人形の物なら良かったのに。そこからも何か粘度の高い液体がしたたっているのが見えてしまえば、急激にあたりに立ち込める匂いにも気付く。


(とんでもないものに声をかけちまった……)


 もっとこう、慌てふためいてわけも分からず叫んで逃げ出したいくらいなのだが、あまりにも唐突だったのでどこか現実味を感じられずに呆然と観察してしまった。

 しかし、それはそれで幸運だった。チカチカと不自然に頭を過る画は、戦が背を向けて逃げ出した瞬間、凶刃が背骨を砕くものだったのだから。

 だからと言って、執行猶予がほんの数十秒ついたにすぎないのではないか?

 目と鼻の先まで近づいたうさぎに乾いた笑いしか出てこない。


「あ、あの……俺、この町に来たばっかで、公共住宅に行きたくて、迷っちゃって……」

「………」


 怪しいものじゃありません、とアピールするが、うさぎは不気味なほどの無言を貫いてじっと戦を見つめてくる。

 左手の肉片をペッと投げ捨て、僅かに体を傾けたうさぎが道の奥を指す。通りの先が目に痛い黄色と黒のテープで封鎖されていた。

 ハッと自分の背後を見やれば、同じテープの残骸があるではないか。千切れたそれが階段の手すりに引っかかっている。断じて戦が千切って乗り越えたわけではない。千切れていたから気付かなかったのだ。


「もしかして入っちゃいけないとこ……?」


 ゆっくりとうさぎが頷く。


「あ、す、すみません、気付かなくて、すぐ出て行きますんでぇあ!?」


 大人しく立ち退けば良いのかとほっとしたのも束の間、視界の隅で禍々しい斧が振りかぶられるのが『ブレて見え』、戦は咄嗟に飛び退いた。

 瞬間、さっきまで戦のいた場所に振り下ろされた斧がコンクリートを砕いて地面にめり込んでいた。これが当たっていたのなら……頭蓋骨粉砕どころか頭部が無くなっていそうだ。

「なんで?!」

 なんで俺が? なんでこんなことに? なんで攻撃されなければならない?

 分からないことだらけで何に対しての『なんで?』と叫んだのか。しかし戦は自分が命の危険に晒されていることだけは分かって血の気が引いた。


(やばいやばいやばいしぬしぬしぬ!!)


 斧を引き抜きながら首を傾げたうさぎが、再び戦に向き直って無造作にそれを振りかぶる。極度の緊張からぎゅーっと視野が狭まり、黒い視界に斧だけがはっきり見える。

 窮鼠猫を噛むなんて嘘っぱちだ。現実には指一つ、呼吸一つ出来ずに固まっている。恐怖で膝が震えて今度こそ逃げられそうにない。死ぬってのはこんなあっけないものなのだろうか。

 目を閉じることも出来ずに振り下ろされる斧が焼きつく。


 なんてろくでもない人生だ。

 フラッシュバックする走馬灯にも吐き気がする!



 ――その瞬間、ピタリと世界が静止した。



 それを不思議に思う間も無く、直後地面に白いポールが突き刺さり、足元を揺らした。


 戦は目を丸くする。

 戦とうさぎの間に突き刺さるポールは駐車禁止の道路標識だった。あのまま戦に斧を振り下ろしていたら、標識はうさぎの手に直撃コースだっただろう。


「は……?」


 なんだか分からないが二撃目の斧も奇跡的に当たらずに済んだようだ。


 うさぎがぬらりと戦に背を向け、頭上を仰ぐのに釣られて見上げれば、夜空を細く切り取る対面の雑居ビルの上に偽物の月を背負った人影があった。

 よく見えないが、全体的に赤いシルエット。首元の長いマフラーがはためく。


 まさかあの人物があそこからこんなものを投げて突き刺したというのか!


 この町に来てからおかしなことの連続で、そんな突飛な発想がたぶん合っているのが恐ろしい。何故ならビルの上の人物は片手にもう一本棒状の物を掴んでいるのだ。

 それを掲げて『彼』は叫んだ。


「天知る地知る人が知る、正義を叫べと僕を呼ぶ!」


「エエー?!」


 口上にも驚いたが、次の瞬間さらに度肝を抜かれた。彼がビルから飛び降りたのだ。とう!と軽やかに。

 ずだん、と道路標識が降ってきたのと同じような振動を起こして彼が路地に降り立つ。跳躍したその高さ、約10メートル。彼は平然と二本の足で立っている。


「正義のヒーロー、コメットスター参上!!」


 ビシッと鉄パイプを向けてポーズを決めるコメットスターなる人物に思わず小さく拍手を送る。

「おおぉ……」

 戦とうさぎの視線の先ほんの数メートルだというのにゴーグルを着けていて顔は分からない。おまけに全体的に赤いと思ったのは赤い芋ジャーと赤いマフラーのせいだった。声と姿から言って戦と変わらないくらいの青少年なのは間違いないだろう。

 男の子なら誰もが幼い頃に通るヒーローごっこを大きくなってもやってる痛い子。で済めばまだ可愛いのだが、本当にヒーロー番組顔負けの人間の域を超えたアクションが可能で、かつ戦を助けてくれたのだ。この自称ヒーローにごっこ遊びなどと言っては失礼だと戦は思った。


「見ない顔だな。こんなところに迷い込むなんて、新入りかい?」

「あ、はい」

「そうか。ここは僕が引き受けるからさっさと逃げな」

「えっ?! でも、あの、いいの? 『アニマルマスク』の『うさぎ』だろ?」


 しっし、と軽くいなすコメットスターに戦はオロオロするしかなかった。

 アニマルマスクには喧嘩を売るな、とくにうさぎに目を付けられたら死んだと思え。そう忠告を受けたのは記憶に新しい。彼も尋常でないように見えるが、本当にお任せして良いものか。

 しかしすでにうさぎは戦を完全無視でコメットスターに向き直っている。二人の間で見えない火花が散らされ、緊迫感で息が詰まる。

 自分など軽く刈り取れる化け物二人の一触即発。それが戦がこの街で始めて肉薄した異能者同士の戦いだった。


「問答無用に禁止区域をほいほい設定して、慣れた人間だって苦労してるってのに新入り相手に随分な挨拶してるじゃないか。いきなりお前が出て処刑するようなことか?」

「……」


 ぎゅっと眉を寄せて不快感を露わにするコメットスターにもうさぎは無言だった。そして斧をゆらりと持ち上げて挑発的に顎をしゃくる。明らかに煽っている。


「うさぎに正義を説いても無意味だったな。お前はただ力を奮いたいだけのバケモノなんだ……っ!」


(やば!)


 コメットスターが地面を蹴り、戦が逃げ出す。どちらが先だったろうか。


 数メートルを一歩で縮めたコメットスターが振り抜いた鉄パイプとそれを受け止めたうさぎの斧。

 戦は咄嗟に背を向けて踏み出したのでそれを見ていないが、背後から無数の鉄くずがパチパチと地面に弾けながら戦を追い抜いた。頬を掠めた大きめの破片に残る血錆はまぎれもなくうさぎの血斧の欠片である。ほんの数センチずれていたら後頭部に直撃死亡だ。また九死に一生体験をしている事実にぞっとした。

 それ以上に、鉄製の武器を互いに粉砕する彼らの異常さに恐怖した。


 後ろでは双方が折れた獲物を投げ捨てて派手な破壊音を立てながら本格的な殴り合いが始まっている。とても生身の殴り合いで出るとは思えない、解体現場のような重い物が何かを壊す衝撃音が響き、地は揺れ、視界は煙に巻かれる。

 最初の一撃から生命の危機を感じた戦は、今度こそ一度も振り返ることなく無我夢中でそこから離れるべく駆け続けた。多少の擦り傷は負ったものの、無事にそこから離脱できたのは本当に奇跡だったとしか言いようがない。

 少し離れたところからようやく振り返り見れば、彼らの戦いと破壊の軌跡がくっきりと刻まれ、なお建物をいくつも崩して行く光景があった。

 ジェンガのようなこの街で、あんな中抜けを作ってしまって天井まで落ちてこないかと嫌な想像をしてしまった。心配だ。


 戦の前を幾人かの町人が慌てた様子で避難していく。しかし彼らは逃げながらも面白おかしく写真を撮ったり、あまつさえどちらが勝つかと賭け事までしているのだから慣れたものなのだろう。呆れて声も出ない。



 これが異能者のための町、星屑街。


 よほど引きが良いのか、戦は1日目にして最大の危機に遭遇した。

 辛くも命を拾ったが、この先この街に根を下ろせるとは到底思えなかった。



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