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星屑街の戦  作者: ゆげの
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第1話 星屑街へようこそ!(2)




 どうせ(そよぎ)には行く当てもなければ貯金も頼る人もいない。何しろ今夜寝る場所もない。半ば投げやりに誘いに乗ることを決めた。

 広告に書かれていた住所を携帯電話からネットで叩いて地図で見れば随分と辺鄙なところだった。近隣に他の町などありはしない。険しい自然に囲まれて完全孤立した集落。


(こんなの隔離じゃん。めちゃくちゃ怪しい。やっぱ異能者排斥主義のインボーでは? こうやって集めて毒飯食わせて処分して灰は隣の湖に流せば完璧だわ。最悪じゃん行ってみよ)


 何から何まで怪しさしかない"星屑街"も検索してみたが、異能者だらけの犯罪都市だとか屑の掃きだめとか一般人が入ったら死体にならないと出てこられないとか……ソース不明のゆかいな噂話しか引っ掛からなかったのでこれはもう自分で行って確かめるしかない。

 とりあえず行って様子を見て、冷やかしで帰っても良い。詐欺だとしても乗ったところで戦に失うものはない。財産も家族も未来もないのだからもう内臓の一つや二つ換金してもいいぐらいには投げやりになっている。今更彼女らしきものに捨てられたところで痛くもかゆくもと思っていたが、いい加減飽き飽きしていた。

 こんな人生だらだら続けていくぐらいには暇なのだ。だったらこのトンチキな"異能者のための町"とやら、見てやろうじゃないか。死に場所探しの観光のようなものだ。



 そうと決めたら吉日。戦は少ない荷物を質屋にぶち込み、なけなしの金を金券ショップで周遊きっぷに変え、コンビニで食料とビニ傘を買って電車に乗った。

 電車の中は仕事に向かう真っ黒の男たちが多く、都市部を抜けると老人が増えて席を明け渡す。窓の外の人工物が減っていく。目的地は遠い。

 終電で下ろされた駅で駅員に声をかけて駅舎で夜を明かし、始発でさらに進む。乗り継ぎの待ち時間が馬鹿みたいに長くて菓子パンでは時間が余り過ぎて、また乗って、下りて、待って、乗って――


 最後の路線に乗った時はどんよりした重い雲が空を覆っていた。ギシギシ鳴るおんぼろディーゼルの一両車に乗り込むと、他に乗客もおらず暗い線路をぐらぐら進む。窓はすぐにぽつぽつと細かい水滴が付きだした。

 ほんとうにこの先に人が住むところなんてあるのだろうか。そのくせ0時を超える深夜運転の終電だった。線路に沿ったまばらな明かり以外は当たりの様子は全く分からない。真っ黒の窓に映るのは自分の顔だけだ。


 トンネルを超えたところでようやくカーブの先に街明かりが見えた。意外なことに行先は死の国ではなく人の営みと分かる無数の光が雨に霞んでいる。


「次は~終点、星屑街入口……星屑街入口……」

「ああ、遠かった~」


 じわじわと近づく明かりに目を凝らすと、それが何だか、予想だにしない形をしているではないか。通常街明かりは地形に沿って広がっているのだが、あれはそういうのではない。


「なんだありゃ」



 暗闇の中に光る塔だ。縦に縦に、空に向かって光を積み上げている。



 子供が作る不格好な積み木みたいなむちゃくちゃな積み方の巨大な人工物がそびえ立っていた。物理法則を完全無視した立体都市に電車はみるみる接近する。

 近づいてくると街明かりで細かなところが見えてきた。地上の近くは明かりが少なく、中層が一番まばゆい。上の方はまた明かりが少ないのでてっぺんがどのくらいの高さがあるのか分からない。どうやら地上付近は工場が多いようでプラントのような黄緑の怪しい光と煙の合間に鉄鋼ばかり。人の住む暖かな明かりは中層に集中しているようだ。

 そんなものを確認する頃には列車が近づきすぎて上の方はもう視界に入らない。とにかくでかい。空を塞がれてしまうともう視界は工場しかない。


 呆然と固まる戦の肩を運転手が叩くものだから驚いて僅かに飛び上がった。


「お客さん終点です」

「あ……どうも。きっぷです……」


 地獄の片道切符を深く帽子をかぶった運転手に渡して、追い出されるようにホームに立つ。霧雨が鬱陶しくて傘を開いた。


 駅舎すらない無人駅がボートみたいに夜闇に浮いている。崩れかけのコンクリのホームに星屑街入口駅の錆びた看板が刺さっていた。なんとなくそれを写真に撮ってから戦は膝の高さ程度のホームを軽く跳び降りた。

 駅名は星屑街入口だが、実際の入り口はまだ先のようで、真っ暗な砂利道をぶらぶらと進む。迷いようのない一本道は、頭上の工場の明かりで緑色。両サイドに雑に鉄くずやら瓦礫が避けられていて廃墟感が漂っている。町以外の周辺は真っ暗で何も見えなかった。


 ほんの50メートルほどで薄暗闇にぼんやりと町の入り口が現れた。

 背後の『街』の威容に比べてあまりにもおざなりな門は何なのだろうか。


 オンボロの黒ずんだ木製の電柱が二本。その間に渡された錆びた看板には黒字で『星屑街』と書かれている。ひび割れだらけの丸い傘を被ったオレンジ色の電球が看板を照らしているのだが、それすら向かって右側が不定期に点滅している始末。右の柱にスピーカーが付いていて聞いたこともないノスタルジーを誘う曲を音割れした低音質で流している。

 普通入口といったら街の顔と言っても差し支えないはずなのだが、それを軽んじる姿勢はいかにも他者(町の外)に興味ありません、と言わんばかりだ。


(どう見てもホラーです。本当にありがとうございました)


 夜中にここまで来て帰る足もない。戦は毒を食らわば皿までと門をくぐった。

 暗くてよく見えなかったが、この入り口以外はぐるりと有刺鉄線で囲われている。とにかくここを通れということなのだろう。入ってすぐに黒と黄色のストライプのバーに行く手を阻まれて、左手の小屋に自然と足を向けた。


「こんばんは~」

「はいよ」


 意外や意外。きちんと窓口から人が顔を出した。どこにでもいそうな中年の警備員風のおっさんだった。


「こんなチラシ見て来たんですけど入っていいんだよね?」


 狸からもらったティッシュを見せると、おっさんはチラリとそれを確認して受付の中から書類の挟まれたバインダーとボールペンを取り出して戦に向けた。


「初めて町に入る人には書いてもらうことになってんだよ」

「ええー」


 記入欄を確認すると、氏名と年齢、性別、同行者と同行者との関係。あとは職業、入町目的。


「書けるところだけでいいよ」

「そんなんでいいの?」


 苗字は空欄、名前に戦、読み仮名に"そよぎ"。24歳、同行者なし。すらすら書きながら印刷された緑の文字を最初から最後まで目を通した。


・この情報は星屑街町内会が入町記録として使用します。

・町内会以外が使用することはありません。

・商業利用することはありません。

・本書類に記名した場合、以下に同意したものとみなします。


(お、一気に怪しくなったぞ)


・町内では町内会規則に従ってください。

・町内では能力の使用に制限を一切設けません。

・不幸にもトラブル、事故に巻き込まれた場合、原則当事者間での解決をお願いいたします。町内会は一切責任を負いません。


 念のために確認したが裏面は白紙だった。


「ううん……」


 記入した紙を手に唸る戦に、受付のおっさんが訝しげに眉を寄せる。


「書き終わった?」

「これ要するに中で何が起こっても自己責任ですよって言ってるよね」

「ああ、そんなこと書いてあるね。実際この町に限ったことじゃないでしょ?」

「まあその通りではあるんだけど」

「別に取って食いやしないよ。怪我すりゃ普通に病院にかかれるし、こうは書いてるけど町内会は意外としっかり見舞金や補償もしてくれるよ」

「へー」

「まあ、他と違うのはここだけさ」


 おっさんが指さした行は"町内では能力の使用に制限を一切設けません。"

 場所によっては内容によらず能力の使用だけでしょっ引かれるご時世に無制限と来た。入町記録に異能者の確認すらない。異常だった。


「お兄さん、入らんのかい? それを持って来たのに?」


 今度はチラシを指したおっさんがにやりといやらしく笑う。足元みやがって。


「いや、入ってみるよ」


 戦は紙を受付に差し出すと、おっさんはそれをしっかりしまい込んだ。


「移住希望なんだろう?」

「どうかな。見て考える」


 入町の目的に移住希望もあったが戦は観光にチェックを入れた。おっさんはそれを気にもせずに話を進める。


「これ移住案内書ね」


 カラー印刷の冊子を渡され、ぱらぱらとめくるが読むのに少し時間がかかりそうだったので後回しとする。

 おっさんはその間に小屋を出てきて通行止めのバーを上げた。暗くて何も見えない道の先を指して言う。


「この先真っすぐ行くと階層エレベーターに突き当たるから、0番ってのに乗って"中層区町内会役場前"ってところで降りな。目の前のでっけえ建物に入って移住希望です~って言やぁしばらく世話してもらえんよ」


 移住するかどうか決めていないというのに。これで受け付けは終わりとばかりにおっさんは戦を送り出して小屋に戻ると、帽子のつばを押し上げてにやと笑った。


「星屑街へようこそ」


 雨で錆びきった、電気も切れ切れな看板を振り返って戦は苦笑いを浮かべる。薄い唇から吐き出される吐息は白く、傘を持つ手はかじかんでいた。


 ここに来るのは戦のような者ばかりなのだろう。行く当てもなくて、どこにも馴染めない、生まれた瞬間に社会不適合者の烙印を負った全人類のたった0.002パーセント。あの狸の着ぐるみは、超常の能力を有する【異能者】だけを選んでティッシュを配っていたのだ。





 受付で言われたままに突き当ったどでかいエレベーターに乗った。もう町の内側に入っており、外が見えないのでどれだけ昇って来たのか分からない。

 この町自体が何者かの能力で作られているのだ。そうでなければこんなバカでかいバベルの塔が地上に立つわけがない。戦は気圧変化で痛む耳に息を飲んだ。


 深夜帯のせいか他に乗客はいなかった。中層区町内会役場前という階で降りると、"星屑街入口駅"よりよほど駅っぽい駅舎になっていた。縦に長い町の構造上、エレベーターが電車替わりのようなものなのだろう。

 無人の改札を抜けて建物から出ると、上へ下へとんでもなく入り組んだだまし絵みたいな町が広がっていた。上下左右、360度人工物。古びたショッピングモールの中みたいな光景が際限なく続いている。

 深夜1時過ぎではあるが、飲み屋の赤提灯がついているのでぽつぽつ人通りはあった。

 目の前のレンガ風タイル張りの建屋が役場なのだろう。明かりが点いているのでとりあえず入ってみたらなんと窓口が1つ開いている。24時間対応とそういえばチラシに書いてあった。


「こんにちはー移住希望なんですけど~」


 正直、まだ希望はしていないがそう言わなければ住処がないので仕方ない。


「はいはい。チラシか紹介状お持ちですかね~」

「え、ティッシュでいいのかな……っ!?」


 奥からやって来た職員を見て戦は度肝を抜かれて固まった。

 狐面の男だった。不審者が受付を担当するのかここでは。


「あ、初めて見ると驚きますよねぇ。深夜帯は危ないのでアニマルが詰めてるんですよぉ。今日は私のワンマンでっす」

「ど、どゆこと……? 顔バレしないように……?」

「単純に武力ですねぇ。まあそのうち慣れますよ~」


 やたらゆったりした喋りの狐の言っていることは1ミリも理解できなかった。

 まともな町ではないのは既にお腹いっぱいで突っ込むのも面倒くさい。戦はとにかく今日のところは早くどこかで休みたかった。


「狸の着ぐるみからもらったチラシがこれっす」

「は~い。オッケーです~。えっとー、お疲れみたいですしとりあえず公共住宅にご案内して詳しくは明日にします?」

「ぜひそうしたいです」

「へへ~星屑街に来るの大変ですもんね~。公共住宅は1カ月はタダで借りられますから安心してくださいね~」


 狐が身軽にカウンターを飛び越えて戦の隣に立った。高身長の不審者に見下ろされて腰が引ける。


「初心者は迷子になっちゃうからご案内しますね~」

「ここ無人でいいんすか?」

「お兄さん終電で来た人でしょう? もう他に初めての人いないならちょっと抜けても大丈夫だいじょーぶ」


 どうやら表玄関しか開けていないらしく、狐は電気を落として玄関に「少々席を外しております」の札を下げて施錠すると戦を連れて深夜の町へ繰り出した。


「朝は9時から空いてますんでー、近くの人に道を聞きながら適当に来てください~」

「今道覚えるから大丈夫だよ」

「そういうのはね、最初から無理しなくていいんです。慣れないうちはとにかく人通りのある道を選んで人に聞きまくるのを推奨します」


 狐の言い分は戦もすぐに理解した。

 この星屑街とかいう立体都市、とにかく狭い道がごみごみとした継ぎはぎで全然道が整理されておらず、見通しが全く効かない。開けたところがないので安定して目印になるものがないのだ。さらにくねくね階段をいくつも昇って降りてするうちに方向も見失う。迷路そのものだ。


「公共住宅ですけどー、電気ガス水道は明日業者来て通しますからぁ、今日は畳に転がって寝るしかできないんです~。すみませんねぇ」

「十分でーす」


 狐の後を歩いて10分で道を覚えることは諦めた。明日のことは明日考えることとする。

 途中コンビニによったりしつつ、役場を出てから20分程で公共住宅とやらに着いた。古めかしい団地はやはり縦長だった。


「えーと、1319号室使ってください。これ鍵なので~」

「あざまーす」

「じゃあ私はこれで~」


 そして狐は役場に戻っていった。ちなみに1319号室は13階で、建物自体は21階層。エントランスが1階と10階にあるようなのだが、戦が連れて来られたのは1階の方だった。中にエレベーターはない。無慈悲だ。

 戦はへとへとになって部屋の畳にそのまま転がって眠った。





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