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星屑街の戦  作者: ゆげの
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第1話 星屑街へようこそ!(1)




 この日のためにしつらえた真っ黒の上下に身を包み、黒の眼帯で塞がれていない右目で隣に立つ彼女の様子を窺いながら、青年は参列者へひたすら頭を下げていた。

 流れが少し途切れたところで顔を上げると、彼女にどこか似た初老の女性のモノクロ写真にどうしても目をやってしまう。読経をBGMに彼女のすすり泣きを聴き続け、そのうち人が帰って二人きりになった静かなアパートの一室。

 さあ彼女を慰めようとその細い肩を抱こうとした瞬間、疲れた笑みにどこかつき物の落ちたような爽やかさを含ませて彼女は言った。


「私たち、わかれましょう」


 多種多様な別れを踏んできた青年にしても、まさかというタイミングだった。

 親族席で彼女の母を見送ったその日に別れを言い渡された彼は、しかし醜く追いすがるどころか呆気にとられたまま「わかった」と、あっさり頷いていた。正直なところ何もわかっていないが、彼女の決断をとやかく言える権利がある立場でもない。


 青年の名前を(そよぎ)というが、彼は現在彼女の経済的援助により生活を繋げている所謂ヒモという存在だった。


 このアパートももちろん彼女の名義のもので、戦はそこに転がり込んでかれこれ1年近くなる。その割には戦の私物が少ない部屋を、彼女はぐるりと見渡して泣きはらした赤い目元のまま柔和に笑う。


「いつかいなくなっちゃうんだろうな、とは思ってた。それが今日か、明日か、なんて疲れちゃった。素敵な夢をありがとう。でも私ももう夢から覚めないと、母さんが向こうでも心配してしまうわ」


 話しながらもこみ上げるものがぽろりと一粒、彼女の黒いスカートに染み込んだ。


「ここには綺麗な思い出が多すぎて寂しくなってしまうから、この部屋も引き払うことにしたの」

「そうか……荷造りくらいは手伝わせてくれる?」

「遠慮しておく。未練が出るもの」


 さようなら、と一言。

 これと決めてしまった彼女に何一つ意見できることもなく、戦は寒空の下に放り出された。右手に香典返しの紙袋。左手に自分の着替えが詰まった紙袋。


 いつの間にかまとめられていた自分の私物を見つけたときからこんなことは分かっていたのだ。今日か、明日かと内心びくびくしていたものだが、なるほどいざ事が起こってしまえばすっきりするものだ。

確かに愛しいと思っていた彼女の部屋を振り返りもせずに、戦はただ今日の寝床について頭を悩ませてため息をついた。







 さしあたり定住などという高望みは捨てて、カプセルホテルにでもと駅前に出た。眼帯に喪服姿の青年が一人、信号待ちをしていても誰一人彼に見向きもしない。そんなものだ。

 それを当然のこととして油断しきっていた戦は、歩道の信号が青に変わった瞬間に声もなく目の前にさしだされたティッシュを反射的に受け取っていた。小さなポケットティッシュに差し込まれた四つ折の広告をなんとなしに引っ張り出して広げる。視界は足元を流れる白黒の横断歩道と手元の広告で埋まる。


 "星屑街新規住民募集!"


 普通アパートやマンションで新規入居者募集!ではないだろうか。街の住民募集ってどんな限界集落なんだ、と素朴な疑問を抱いてティッシュを配っていた人間を見るべく振り返る。


 黄色のはっぴを着た狸の着ぐるみが戦の手の中にあるのと同じティッシュを束で持ってぼんやりと立っていた。

 狸から数メートル離れたところに居る誰彼かまわずいかがわしい割引券を配りまくるバイトの兄ちゃんと違い、その狸は殆ど動かない。戦が長い横断歩道を渡り終えるまでに配ったティッシュの数、ゼロ。

 そのまま狸とは反対側の信号機に背を預けて眺めていること数分、ようやく狸が一個のティッシュを右手に持ち替えながら人ごみをするする滑りぬけて歩き出す。それを一人の少年に向けて、渡すのか――と思いきやそのまま信号待ちの人ごみを抜けて高架下でたたずむ。


 あまりにも不審な着ぐるみに自分だけがティッシュを渡されたという状況に興味を引かれ、戦はしばしその狸を観察することにした。狸を見張れる喫茶店に入って一番安いコーヒーを手に窓際に座して頬杖をついて様子を眺める。張り込みのようだが、戦は単純に時間を持て余していた。

 一見するとやる気がなさそうな狸だ。ところが実際はその真逆で、狸は周囲のどのバイトよりも真剣に業務に取り組んでいることが分かる。

 渡す相手を吟味し、あたりを付けた相手をさらに間近で見て判断してティッシュを渡しそうで、また渡さない。なんなら相手が手を出してそれを欲しがっても首を振って渡さない。数をこなすノルマ制ではなくなんらかのお眼鏡に掛かった人間だけが手にするらしい広告を戦は見下ろした。

 表の文字を眺めて、裏にひっくり返して驚いた。細かい文字がびっしり並んでいる。


 "星屑街は新規住民を募集しています。

 入町した方には生活を安定させるまで町内会から手厚いサポートを行います。

 到着したその日から公共住宅へ入居可能!お住まい探しの間仮宿としてお使いください。24時間対応します。

 入居は本人のサインだけでOK、敷金礼金なし初月家賃無料!

 お仕事お探しの方、あなたに合うお仕事必ず何かしらあります!見つかるまでご支援します!今なら就職祝い金もゲットできちゃう!

 静かな住居お探しの方には向きませんが、賑やかさはピカイチです。寂しさとは無縁になるでしょう!

 貴方の抱える過去、問題、秘密、すべて問いません。星屑街は何者も拒みません。

 偽りのない生と、多少の危険と、退屈しない毎日をお約束します!“


 そして最後に大きいフォントで一行。


 "()()()のための町、星屑街へようこそ!"


「うへぇ……」


これは確かに、戦は選ばれて招かれている。

差し伸べられた手が救いなのか地獄の招き手なのか、さっぱり分かったもんじゃないけれど。





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